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超短編小説|むすめの観察日記

短編小説『むすめの観察日記』を書きました。大切な人との別れから、生きることに疲れてしまった主人公の私がある日、"むすめ"に出会う。"むすめ"とはいったい誰なのか?

 きいて、わたしね。寝なくても生きていけるの。お日様があって、お水があって、新鮮な空気があれば、それでいいの。だから、おいしい食べ物なんていらないし、ぜいたくな洋服もかわいい人形もいらないの。お外で日向ぼっこするのが生きがいなの。

 おかしなことを言う子だった。でも、私はそんなむすめを愛おしく思った。我が子のように愛した。
 いつも同じ場所で、同じ時間を過ごした。朝起きると、コップ1杯のお水を彼女に飲ませ、お昼はいっしょに日向ぼっこをする。夜になると、ねんねを共にする。ねんねといっても、彼女はふとんに入るのを嫌がるから、いつも隣にいた。音を立てずに静かに眠った。
 手のかからない子だった。ふだんは無口だし、わがままは一切言わない。だから、彼女といるのは楽だったし、なにより私の気持ちを和らげた。そして、むすめは、近所に咲く野花のように強くたくましくもあった。

 私は1年前、実の娘を亡くした。とつぜんの出来事だった。交通事故に遭ったと電話で知らされた時は、気が動転した。それでも、まだ信じられなくて、自分の娘であるかを確認しに行ったとき、疑念が確信にかわった。
 それから、私は心がしおれてしまった。誰とも口をきくことができなくなった。そんなときに出会ったのが彼女だった。彼女は私の前にとつぜん現れた。ひと目見て気に入った私は、自分の家に迎え入れることにした。それから、彼女は私のむすめになった。

 プルルとふいに電話が鳴った。スマホを見ると、電話の主は姉だった。心配してくれているのかもしれない。
 けっきょく、私はそれでも出ることができず、無言をつらぬいた。静けさにつつまれた部屋にスマホが鳴り響いていたあいだ、私はそれが何時間にも感じた。
 まるで自分のいる場所だけが、時間が遅くなっているかのように錯覚した。私とむすめが過ごす時間はゆっくりと流れ、それまで慌ただしい日常を過ごしてた私の精神を癒した。

 私は、今日もお水をあげた。大きく育ったむすめは、私を上から見下ろして、綺麗な赤い花を咲かせていた。これからも、ずっと育てていこうと思う。そう心に決めて、彼女と一緒に外の新鮮な空気を感じながら、今日も日向ぼっこをした。

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