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超短編小説|天国と地獄

 世の中には、ゴーストライターという職業がある。ゴーストライターとは、小説などの作品を著者になり代わって執筆する者のことである。

 小説家にとって、ゴーストライターを使うことは、生命線を失うことを意味する。ばれると大変なことになる。世間を騒がすことになる。そして、一度それに手を染めたら、抜け出せなくなる。
 これは、小説家にかぎらず、粉飾決算でごまかした経営者や万引きを覚えてしまった少年少女と同じだ。人間は一度ラクを覚えると、後戻りができない生き物なのである。

 男は、まさにその狭間にいた。ゴーストライターを使えば、また良い小説が書けるようになるかもしれない。ふたたび過去の栄光を取り戻すことができるかもしれない。しかし、世間にばれたら出版社から見放され、一生小説が書けなくなるかもしれない。男の心の中で、天使と悪魔が同居していた。

 昔は控えめに言って、凄まじかった。若くして新人賞を受賞し、その後も数々の文学賞をほぼ総なめにした。しかし、5年ほど前から小説が書けなくなった。世間では消えたと言われ始めている。
 ネットの掲示板にも、酷いことばかり書かれていた。才能がないだとか、悪文の名手だとか、運だけで昇りつめたとか、誹謗中傷の言葉が絶えなかった。そんな悪口でPC画面が埋めつくされていた。しかしそんな中で、明らかに異質なバナー広告が、ひときわ目立っていた。

ゴーストライターやります!!
400文字の短編から10万字を超える長編まで、あなたの代わりに文章を書きます。

 いかにも怪しい広告だが、男の心理状態も正常ではなかった。ひと目見ると、クリックを押して、応募フォームまでたどり着いた。自分の個人情報をすべて入力したあと、「送信ボタン」を押す勇気だけが出ずにいた。
 すると、男の中にいる天使と悪魔が喧嘩を始めた。

「起死回生のチャンスは今しかない。これを逃したら、もうおしまいだ」
「でも、ばれたら大変なことになるわ。お願いだから、悪魔の言うことは聞かないで」

 こういう時、いつもは天使が勝つ。しかし、今日にかぎっては悪魔を応援していた。そして長い攻防の末、男は「送信ボタン」を押した。

 それから数日が経って、小説が送られてきた。男はおもむろに、届いたメールを開封する。すると、そこにあらわれたのは、いかにもプロの小説家が書いたような巧妙な文章だった。
 これは凄い。男は出来栄えに感心しながら、安堵の笑みを浮かべていた。これで、世間に最新作を発表することができる。

 小説を発表すると、瞬く間に世間で話題になった。その後も、ゴーストライターとネット上で幾度となくやりとりをして、次の小説を執筆してもらう準備を進めていた。
 しだいに、男はゴーストライターが何者であるかに興味を抱くようになった。これだけの名文を書けるのだから、作家志望なのだろうか。小説を出したいのなら、出版社に口をきいてあげることもできる。そのことをメールで訊いてみると、奇妙な返事が返ってきた。

 私も、かつてはプロの物書きだった。しかし、今は文章が書けなくなったのだ。だから、しょうがなく、ゴーストライターをしている。

 プロの物書きで文章が書けないのであれば、自分と境遇は同じである。しかし、作家の代わりに小説を書いているくらいだから、文章が書けなくなったはずがない。
 その後も、質問を交わしたが、彼のことを知れば知るほど、その人物像は見えてこなかった。彼に返すメールの返事を考えているとき、とつぜん電話が鳴った。
 男は、電話に出た。電話の主は警察だった。男は眉をひそめて、警察の話に耳を傾ける。

 「亡くなっている赤松さんの口座に、あなたからの身に覚えのない入金が確認されています。赤松さんとは、どのような関係なのでしょうか?」

今日は、『ゴーストライター』をお届けしました。まさか、依頼したゴーストライターというのが、本物のゴーストだったとは。ちょっぴり不思議な話を書いてみました。読んで良かったと思ってくれた方は、スキをくれると励みになります!!

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