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やまとの短編小説集

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自作の短編小説をまとめています。 どれも短いお話なので、手軽に読めます。
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記事一覧

短編小説|ありがとうカフェ

 ある日の夕方、近所を散歩していると、見慣れないお店を見つけた。そこは、赤いレンガ造りの外観をしていた。看板には「ありがとうカフェ」とだけ書かれている。  店の前の庭には、見たことのない花がいくつか咲いていた。それは、五つの花弁のついた白くて小さな花だった。何の花だろう。小さな花は「こちらへおいで」と、手招きをしているような気がした。僕は吸い込まれるように、花に近づいていく。気づいたときには、僕の顔は花壇を見下ろしていた。ジャスミンのような甘い香りがした。  顔を上げると

超短編小説|縦書きの文章を投稿します。

 今回は、縦書きの文章を投稿します。 おそらく、この記事を読んでいる方々は、タイトルを見て驚いたことでしょう。  もちろん、noteには縦書きで投稿する機能はついていません。けれど、縦書きで文章を投稿する方法はあります。  きっかけは、イラストレーターのミムコさんの記事を読んだことでした。  ミムコさんは縦スク文庫という企画をされています。「縦スク文庫」というのはミムコさんの造語で、次のように説明されています。  今回の記事では、過去に書いた僕の小説『未来人』を縦スク

超短編小説|プレゼント

 プレゼントは、決して贅沢とは言えなかった。 とても大きな箱に入っていたから、中身を見るまでは、期待に胸を膨らませていた。僕は「勝った!」と心の中でガッツポーズをした。けれど、包み紙を剥がし箱を開けたとき、僕の期待は紙飛行機のごとく急降下した。  箱の中身は、本だった。 大きな段ボールには、ぎっしりと詰め込まれた何十冊もの本が息を潜めていた。ふだん本なんてほとんど読まない僕にとって、そのプレゼントは苦痛だった。  試しに一冊手にとって、パラパラとめくってみても、難しい漢字

超短編小説|偉大な魔法使い。

 父は、魔法使いだった。 その言葉の通り、父はマントを羽織っていた。いつも僕の寝ている時間に帰ってきた。父が他の人にはできない仕事を任されていることも、魔法の力で多くの人々を救っていることも、僕は密かに知っていた。  けれど、不可思議な点はあった。 それは、父のマントが絵本に出てくる物とは、少し異なる色をしていることだった。絵本に出てくる魔法使いは、黒のマントを羽織っていた。けれど父の場合、それは白のマントだった。  母は毎晩、僕に絵本を読んでくれた。僕が眠りにつくまでの

超短編小説|あいさつ運動

 あいさつを返されなかったのは、商店街の裏通りにある和菓子屋さんの前を過ぎたときだった。そんなことは、初めてだった。わたしは怒りを抑えきれずにいた。 「あなた達は、なんであいさつを返さないの?」  わたしは不機嫌そうに質問をすると、彼らは一言も発さず、不思議そうな目つきでわたしの顔を覗き込んだ。  わたしは戸惑ってしまい、皮肉まじりに「ねぇ、あいさつって知ってますか?」と訊いた。すると彼らの一人が少し考え込んでから、「あいさつって何ですか?」と返した。あきれた。

超短編小説|非常ベルが鳴ったとき。

 非常ベルが鳴り始めたとき、僕たちは算数の授業を受けていた。先生は素早くチョークを置き、僕たちに指示を出した。 「この学校で火事が起こりました。みんな、落ち着いて」  クラスメイトたちは、初めての出来事に取り乱していた。周りを見回すと、男の子たちは「火事だー」と叫んでいるし、突然の出来事に怯え、泣いている女の子もいた。それから地震と勘違いして、机の下に隠れている友達もいた。  しばらくして、先生は「みんな。ハンカチを出して、口に当てなさい」と言った。先生の指示通り、

超短編小説|透明人間になった少女

 いい? そんなことばかりしていると、いつか透明人間になるわよ。透明人間になると、みんなとおしゃべりできなくなるわ。外で鬼ごっことか、かくれんぼとか、とにかくみんなで遊ぶ楽しいことはできなくなるのよ。  母は昔、そんなことを言っていた。 幼かったわたしにとって、母の言っている言葉の意味なんて、まるで分からなかった。けれど母がわたしを叱るとき、いつもこの決まり文句を唱えていたことだけは、今でも鮮明に覚えている。  それから何年か経って、わたしは中学生になった。学校生活は決し

超短編小説|大切なのは、つづけること。

 僕は石を積み上げていた。 それは、大きな石を大きな石の上にひたすら積み上げていく、緻密な作業だった。金槌でトントンと叩きながら手作業で形を整えて、石を積み上げていく。  石を積み上げる動機や目的はさっぱり分からなかった。大きな報酬が得られそうな作業でもなかった。それでも、僕の手は忙しなく動きつづけていた。  今すぐ投げ出したいくらい嫌ではなかったし、むしろ完成していく石積みを見るのは好きだった。僕はこれをつづけていくうちに、誰かに自分の石積みを見てもらいたいと思うように

超短編小説|未来人

 僕が未来人にはじめて会ったのは、下校時の靴箱だった。僕は自分のシューズの片方だけないことに気づいて、辺りを探していたときに彼は現れた。  未来人はなぜか僕のシューズの片方を持って、僕の目の前に立っていた。彼は「どうぞ」と言って、靴を渡してくれた。僕は「ありがとう」とお礼を言った。  その日、僕は未来人と一緒に帰った。 未来人は雨靴を履いていた。僕が「なんで雨靴なの?」と聞くと、彼は間髪入れずに「もうすぐ雨が降るから」と答えた。まもなく雨が降ってきた。  それからも、彼

超短編小説|翻訳アプリ

「世界中の人と会話ができるアプリです」  ネットサーフィンをしていると、わたしはそんな文言のバナー広告を見つけた。広告をクリックすると、すぐに公式サイトへ飛んだ。  公式サイトには、「リアルタイム翻訳機能で、海外の人とかんたんトーク」と書かれていた。すごく魅力的なアプリだ。しかも、最近、アプリの会員は100万人を突破したらしい。ミーハーなわたしは、それが欲しくてたまらなくなった。  アプリの会員登録を済ますと、会員ページが表示された。とてもシンプルなデザインで、いつ

超短編小説|宝の地図

「25年前の宝の地図が見つかったぞ」  昨晩、父からそのことを聞かされて、僕は期待に胸を躍らせていた。なかなか眠りにつけなかった。遠足の前日の夜よりも、クリスマス前日の夜よりも、それはずっと興奮した。  そこには、どんなお宝が眠っているのだろう。きっと、地図を頼りに穴を掘ったら宝箱が出てきて、そこにはキラキラと輝く宝石とか金貨が入っているのだろう。僕の妄想はどんどん膨らんでいった。    結局、僕は一睡もしないもまま朝を迎えた。僕はスコップを持って、父は大きなシャベ

超短編小説|昔の作文

 ぼくが1才ときのお話です。 得体の知れない何者かがぼくをつけていました。それは触ろうとしても通りぬけてしまい、つかむことができませんでした。近所の公園に遊びへ歩いて向かうあいだも、砂遊びをしている最中も、それはつねにぼくの側にいました。  家に帰ろうと思ったとき、それが少し大きくなったことに気づきました。ぼくはだんだん怖くなってきました。ぼくは全速力で走りました。それでも、それはぼくをずっと追いかけていました。追い抜くでもなく、ぴたりと僕にくっついて、ずっとついて来るので

超短編小説|人工知能

 人間にそっくりのロボットを買ってから、3年が経った。いわゆる人工知能というもので、姿かたちだけでなく、話し方や考え方まで人間そのものだった。  ロボットの年齢は25才くらいで、背がものすごく高かった。だから、彼と話すとき、わたしはいつも見上げていた。彼はロボットの癖にとても不器用で、掃除や洗濯が苦手だった。けれど、重い荷物を運ぶときに手伝ってくれるのは、男性ロボットを選んで良かったと今は思っている。  人工知能は、どこまでも人間に近かった。 「それがこの商品のセールスポ

超短編小説|白紙の小説

 わたしが初めて白紙の小説を見たとき、びっくりして言葉も出ませんでした。だって、あまりにも可笑しいんですもの。  少女はそう話すと、おじいさんの方へ顔を向けた。おじいさんは、「まぁ、それはびっくりですね。世の中はお嬢様が思っているよりずっと広いですから、そんな本があっても不思議じゃありません」と言った。 「でもね」  少女はつづけた。  「パラパラとページをめくっていると、1ページだけ文字の書かれたページがあったの。それを読むのがとても好きなの」  不思議な本がある