誰かの日常は誰かの非日常~北九州の“港”に学ぶ新しい「貿易」のカタチ~
天ヶ瀬温泉コンセプトワークと並行して行う天ヶ瀬温泉未来創造勉強会。全五回にわたり毎度各分野のプロフェッサー達をお呼びして天ヶ瀬温泉の未来を共に考えます。
記念すべき第一回目のゲストを飾るのは福岡県北九州市の門司港に佇むゲストハウス「PORTO」の経営者である菊池勇太氏。
人口の40%以上を高齢者が占める超高齢化社会と呼ばれるこの街で果たして一体どんな戦略を打ち立てているのか。ここにはきっと天ヶ瀬温泉の未来に繋がる大きなヒントが隠されているはず。それでは早速参りましょう!
◆《6102⇒4000》
はじめまして。合同会社PORTOの代表を務める菊池勇太と申します。北九州の門司港という町で築70年の古い遊郭を改装したゲストハウス「PORTO」を経営しています。今日は講師と生徒というよりは、むしろ同じ一事業者として天ヶ瀬の皆さんと対話を重ねていけたら嬉しいです。
…早速ですが、この数字は一体何だと思いますか?
まずは6102円、これは僕がPORTOを立ち上げた時の預金残高。そして赤字の4000万円というのは…今の僕の借金総額になります。
一同;「笑」
このまま1億円位までは今の調子でどんどん攻め続けようと思っています。…さて、そんな僕が故郷であるこの街を盛り上げたいという想いだけでどうやって今日まで生き延びてこれたのか、それを今から皆さんにお伝えしていけたらと思います。
◆“コンテンツ”と“物語”
ご存知の通り、この門司港という町は人口の4割以上を高齢者が占めるいわば超高齢化社会が進む地域です。そんな場所で一体どうやってお客さんの心を掴むコンテンツを生み出していくか。結論から言えばそれはもう「物語」しかありません。
iPhoneの価値は何か?それはハードそのものではなく、iPhoneによって手に入る体験です。観光地もそれと全く同じで、人々が本当に心を動かされるのはモノやサービスそのものではなく、それらを通して得られる心地よい時間━━━つまり「物語」なんです。
アニメや映画、そのコンテンツが何であれ、その全てにおいて共通して売っているのはこの「物語」です。だから僕は観光地における真の競合というのは他の観光地ではなく、ネットフリックスやアマゾンプライムのような楽しい体験を提供するその他全てのサービスなのだと思います。
“物語を作る”という切り口で観光地を再度編集し直していく、きっとそれこそがこれからの観光地に求められていく能力なのではないでしょうか。
今の天ヶ瀬温泉でも一つの大きなテーマである「泊食分離」。これも街全体を一つの“物語”として考えるともしかしたらわかりやすいかもしれません。
PORTOでは開業当時から素泊まりのみの営業を続けてきました。泊食分離にしたことの大きなメリットの一つに、お客さんの満足度をPORTOだけでまかなわなくても良いという点が挙げられます。
例えばあるお客さんの満足度がMAX100点だとして、PORTO(宿)での満足度が仮に30点にしか満たなかったとします。でももし仮に、近所のごはん屋さんで残り70点の満足度を得られたら…もはやトータルではそれでOKなんです。場合によっては自分の施設のみで100点を目指すよりも町全体で120点を狙う方がやり易いことすらあり得ます。
街の物語の一つにPORTOという宿がある、そんな考えなのかもしれません。
◆誰かの日常は誰かの非日常
ではどうやって人の心を動かすコンテンツ=物語を生み出していくのか。そのヒントはずばり日常に隠されています。
「この街に来ても何もやることがないよ」
…これは当時この門司港という観光地で誰もが言われ続けてきた言葉です。でも僕はPORTOに来てくれたお客さんに「こことここであのおばちゃんにこんな風に話しかけてみて下さい」と伝えています。その人と話したりすること自体が物語になりうるからです。
日常を切り売りするだけでもお客さんにとっては目新しいということは多々あります。僕がやっている日常と天ヶ瀬の皆さんがやっている日常が全然違うように、誰かの日常というのは裏を返せば誰かの非日常なんです。
この「誰かの日常を体験しに行く」ということは益々近年の観光の傾向となってきており、なんでこんなものをわざわざ見に来るのか?というような皆さんにとってはごく当たり前の景色が外の人達にとってはもしかしたら実はすごく良いものなのかもしれません。
僕は日々ここ門司港において日常の交換━━━いわば貿易をしているような感覚になります。イチゴやバナナを交換するように、日常や物語を交換する時代がもうすぐそこまで到来しているのかもしれません。
ただ勿論、日常を当たり前のまま置いといてもほとんどの人が気づかないので、目線を変えて楽しませる工夫━━━素材を編集する必要性は最低限あるのでしょう。
◆日常の「当たり前」に気づく方法
「街の日常に佇む物語」というのは何よりも重要です。では果たして一体どうやってその物語に気づくのか、それは大きく分けて二つの手段があります。
一つ目は外の人の力を借りること。外から来た人とコミュニケーションを取り日常の当たり前に気づかせてもらうとういうものです。このやり方はシンプルで比較的分かり易いものだと思います。
そしてもう一つの手法、それは自分がやっていて楽しいと思うもの、心地よいと思うものを深堀してみて、なぜそれが良いと思うのかを徹底的に考えてみるやり方です。
…つまりは自分を内向的に観察してみることで生まれるケースと言ってもよいでしょう。
自分がこの街の中で本当に好きな景色や本当に好きなものというのはきっと誰しも一つは持っているはずです。
それは仮にその辺で川を眺めながらコーヒーを飲んでいる時間でも、お風呂に浸かっているその瞬間であろうと何でも構いません。本当に何だっていいんです。
もし自分の体が少しでも良いと思っているなら、きっとそれを同じように良いと思っている人も必ずいるはずです。
なんで自分はいつもこれをするのだろう、なんで自分はここにいると居心地が良いのだろう、そういった日常の当たり前を分解して、よく観察してみることが重要なんです。
◆そこにはお金に換算できない“価値”がある
僕はPORTOでも基本的に自分がしていて楽しいと思えることをお客さんにおすすめしています。門司港の場合はそれがたまたま街に暮らす人々だった。この街は間もなく人口の半分が高齢者を占めるといわれているけど、逆に言えばこんなに世代問わず故郷のような温かさを感じられる場所はないと思います。
…まあ、カッコつけずに言えばみんなただ単にヒマなだけなんですが。笑
一同;「笑」
…でも僕はなんだかんだでそんな街の皆が大好きなんです。地域に暮らすおじいちゃんおばあちゃんが外から来た観光客の人たちと話している時、本当に楽しそうなんですよ。
観光客の人たちはここでお金を生むっていうことだけじゃ決してなくて、お世辞抜きでこの街の人々の生きがいや楽しみを生んでいる、僕はこの事業をやりながらつくづく心からそう感じます。これは決してお金じゃ変えられない価値です。
だから、この先たとえ何があろうとPORTOをつぶすことは絶対にありません。PORTO(ポルト)とはイタリア語で「港」という意味。これからも、僕らの“港”をどうか見守っていてください!
〚2021年1月30日〛
Special thanks !
━━━written by 桶の旅人