♯13 自己内対話を促す手立て
13回目の投稿となりました、天治郎です。お忙しい読者のために、以下が本稿の要旨です。
対話の中の一つである「自己内対話」について、「振り返り」、「教師の言葉掛け」、「時間の確保」という3つの視点から手立てを考えます。
私の「振り返り」の手立ては、「小刻みな振り返り」と「振り返りの視点の提示」です。教師の言葉掛けの手立ては、「思考、表現している児童を価値付けるとともに、周りに広げる言葉掛け」です。「時間の確保」の手立ては、「児童が時間を設定する」、「1人1台端末の文房具化」です。
前回のnoteでは、対話について書きました。対話といっても、「自分との対話」、「他者との対話」、「先人との対話」等、様々な対話があります。
今回は、自分との対話…つまり、「自己内対話」を促す手立てについて、「振り返り」、「教師の言葉掛け」、「時間の確保」の3つの視点から考えます。
(1)振り返り
振り返りって何でしょう?また、振り返りとまとめの違いって何でしょう?皆さんも、一度は考えたことがあるでしょう。振り返りとまとめについては、研究者によってとらえ方が微妙に違います。
私は、二宮(2006)が提唱する「学習の成果は、『知識・技能を獲得した自分(たち)を認識していること』」という立場に立って考えています。この立場で考えると、振り返りは「随時行われる児童の診断的評価活動」であり、まとめは「学習の総括活動」となります。二宮(2006)は,算数科における振り返り・まとめについて、以下のように述べています。
元筑波大学附属小学校副校長の田中博史先生も、「振り返りは小刻みに」とおっしゃっていました。似たような考えです。そして、二宮(2006)は、「振り返り」と「まとめ」とは表裏一体の活動であると結論づけています。
ここまで、「私の振り返りとまとめ観」について述べてきましたが、上述したことから私が実践していることは、以下の2つです。
①は教科によるかもしれませんが、②はどの教科でも可能な手立てです。また、振り返りは1単位時間だけでなく、単元末の振り返りも重要です。一方で、「何のための振り返りか?」ということを、教師だけではなく、児童もしっかり理解していることが望ましいと考えています。
(2)教師による言葉掛け
私は、算数の時間(特に自力解決時)では、子どもへの言葉掛けをかなり意識して授業をしています。よくする言葉掛けは、以下の通りです。
思考、表現している児童を価値付けつつ、周りの児童に広めるように少し大きな声で言います。(もちろん、その子だけに聞こえるよう小さな声で言うときもあります。)そうすると、悩んでいる児童や友達と対話したい児童(子ども主体がポイントです!)は、その子のところに歩いていくこともあります。この自由交流は、どちらかといえば「他者との対話」の手立てです。しかしながら、自由交流後、自席に戻ったところから自己内対話(自己内対話にも、レベルというか階層があると考えています。本来自己内対話は、かなり難しいことです。)が、再度始まります。友達と対話したことを通して、考えを表現するわけです。私は、常に「ただ交流するだけでは意味ないよ。交流した後に、自分で書くことが大事だよ。」と言っています。だからこそ、上述した言葉掛けは欠かせません。どの教科でも汎用性はあると思います。
(3)時間の確保
すごく当たり前の手立てかもしれません。しかしながら、どれだけの時間を確保すれば十分なのでしょうか?
私はよく「どれくらい必要?」と子どもに聞いてから、時間を設定します。子どもに決めさせることが大事です。時間が迫ってくると「そろそろだけど、どうする?」と確認します。「もうちょっと考えたいから伸ばして!」という児童が少なからずいる場合、少し伸ばします。もちろん、観点別評価Aが予想される児童への手立ては講じた上で、です。すごく小さなことですが、子どもが意思決定することこそが主体的な学びの第一歩です。
他方、一昔前のことですが、算数における「自力解決」では、全員が答えを出して終わりにするという考え方が当たり前でした。しかしながら、以前より多様化した子どもたち全員が一応の解決をするのにかかる時間は、どれくらいなのしょうか。また、教師の教え込み?による解決は、本当にその子の個別最適な学びなのでしょうか?
誤解を恐れず言えば、私は「『わからない』ことがわかった」でも十分だと思っています。そのわからなさに寄り添って授業を展開していくことは、協働的な学びの在り方の1つだと考えているからです。一方で、わからなかった子への対応も考えなければなりません。だからこそ、全体での話合いや評価問題等を通して、自らの力で問題解決ができるようにすることも大切だと考えています。
ちなみに、自力解決って1回だけでないといけないのでしょうか?問題や単元によりますが、私は2・3回とることもあります。
さらに別の角度から考えていきます。それは、「1人1台端末を文房具化する」ことです。「端末の文房具化」については、以下のように捉えています。
1人1台型端末が文房具化されると、子どもの表現(自己内対話も他者との対話も)はより多様化します。しかしながら、文房具化するためには、「教師の計画的・意図的な指導(時間の確保)」と「児童にとって自由に使える環境を整えること」が欠かせません。他方、デジタル・シティズンシップ教育の視点も必要不可欠です。
(4)最後に
いかがだったでしょうか?今回ご紹介したことが正解ではありません。1つの手立てに過ぎません。日々目の前の子どもたちの実態に応じて様々な手立てを講じていくことが大切だと思います。だからこそ、学び続けていきたいですね。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。御意見等お待ちしております。
【引用・参考文献】
二宮裕之(2006).算数・数学学習における評価とその成果に関する一考察-レポート形式の評価の事例を手がかりとして-.日本数学教育学会誌 算数教育,88(10),12-21.
二宮裕之(2017).算数の授業で育てたい資質・能力を考える.日本数学教育学会 授業づくり研究会シンポジウム資料,pp.1-2.
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