【ノンフィク】神様を名乗る男が『ここを天国にする!』と言ったので小6の私はドン引きする
注意:私の子供の頃の体験談(実話)なので、胸のすくような結末は特にありません。あらかじめご了承ください
1、神と名乗る男
「俺は神様だ。ここを天国にする!」
男がそういった時、小学6年生になったばかりの私はドン引きした。
そのイカれたことを言いだした目の前の男は、新しい担任教師だったからだ。
(またか、またなのか……)
私は、絶望でポニーテイルの頭を抱えた。
それはそうだ。小学生最終学年もハズレ教師であると、宣告されたようなものだからだ。
も、と言うのには訳がある。
昨年の担任教師は非常に問題が多かったからだ。
一言で言うと、前任の教師は暴力で生徒を支配する悪人だった。
私も、漢字テストの成績が悪いと言う理由で数回ビンタされた。
そして、そいつは懲戒免職ではなく定年退職でやめたのだった。
不満は募るが、もう過ぎたことだ。
その話は、いずれここではない場所で語りたいと思う。
ようやくそんな問題教師から解放され、新しい担任が来たと思ったら、あのセリフだ。
私のがっかり感は理解してもらえると思う。
私の口からは、大きなため息しか出ない。
(冷静に冷静に……。前任よりはましなはず……。だよね?)
心を落ち着けて、もう少し目の前のいる神を名乗る担任教師の自己紹介を聞いてみよう。
*
「俺はお前らの担任で神野仁だ。かみちゃんでもじんちゃんでも好きに呼んでくれ!」
キマったとばかりにニカッと笑う神野先生に、私は再び顔が引きつる。
「…………」
緑のジャージ姿に、なぜかエレキギターを抱える男は、疑わしさ満点だ。
親よりも若いが、おにいさんと言うには無理がある感じだ。
残念ながら美形ではない。
けれど、お笑いタレントの様な面白く温厚そうな印象は受ける。
最初のセリフがなければ、担任としては申し分なかったと思う。
私は絶望感でいっぱいになったが、クラスの大半は歓迎ムードが漂っていた。
神野先生は、もともと校内では人気があるようで、クラスメイトの男子生徒たちからは『やった、かみちゃん先生じゃん』と、うれしそうなざわめきが聞える。
いつもは小学生とは思えないほどの静かなクラスが、今日はそわそわと落ち着きがない。
(おいおい、だまされちゃダメだよ。
自分を神様だなんていう大人は、詐欺師だけだよ!?)
4カ月前に東京から転校してきた私は、東北の田舎に住むこの純粋なクラスメイト達のことが心配になった。
ただ、私がいくら心配をしても、この神様を名乗る男が一年間担任であることは、揺らぐことのない事実だった。
2、精霊のお守り
6年生の初登校の前日。
私はひとつのお守りを作った。
『ひみつのどきどき精霊おまじない』という本の中のから選び抜いたおまじないだ。
困ったことがあると開く、私にとっては聖書だ。
嫌なことがあったときに忘れるおまじないや、元気のでるポプリの作り方や各種効能があるお守りの作り方などが載っている。
私がその日作ったのは、『人気者になれるお守り』だ。
黄色のフェルトを星型に切り抜き、『人気者になれますように』と願い事を書いた紙を千切りにして詰め物にして縫い合わせる。
そうして、出来上がった星型のマスコットをいつも身に付けて歩くと願いが叶うという。
ただ、中に詰める願い事を考えることに少し迷った。
たくさん願いすぎてもいけないと精霊の注意書きがあったからだ。
私が最終的に書いた願い事は『いつも元気で明るいクラスの人気者になれますように。バスケで大活躍できますように』というものだった。
まだ、だいぶ欲張っているような気もするが、このくらいは許容範囲だろう。
(妖精の力が足りなくても、私ががんばればカバーできるはずだ!)
私は気合を入れて、願い事を書いた紙を細長く切り刻んだ。
小学5年の二学期の終わりに転校してきた私には、まだ友達がひとりしかいなかった。
バスケ部にも入ったばかりで、まだめぼしい活躍もない。
人気者とは程遠い状態だ。
でも明日からは、小学校の最終学年。
クラスの人気者になって、楽しい思い出をいっぱい作って卒業したい。
大人からすれば、精霊だの人気者だのというのは馬鹿馬鹿しいことに見えるかもしれない。
いや、クラスメイトにだって知られたら馬鹿にされるだろう。
けれど転校後、友達がひとりしかいない私にとって、それは切なる願いだった。
私は制服の胸ポケットにその星型のお守りを忍ばせ、両手を組んで光の精霊に祈りをささげた。
3、神野先生の命令
私は、決意を胸に六年生になった。
その直後、担任の先生が『自分は神様だ』と名乗ったのだから、その絶望は察してもらえるだろう。
神野先生は、第一印象とそう代わらず変わった先生だった。
授業はそれなりにだったが、すぐに横道にそれて笑い話が始まる。
あまり宿題は出さない。
朝の会の時間に、教室に持ち込んだ自前のアンプとエレキギターに合わせて、笛の練習をさせる。
(エーデルワイスとエレキギターの組み合わせはどうなんだろう………)
私は、あまりの奇行にクラクラしたが、クラスメイトの顔は5年生の頃と比べると、とても明るく楽しそうなのであまり深く考えることはよした。
正直、クラスは『天国』というよりも『混沌《カオス》』と化していたが、それまでの『地獄』よりははるかに良かったことは事実だった。
*
神野先生が『我がクラスで、委員会を制覇しようぞ。がはは!』と神様どころか悪の支配者のような命令を言ったので、各種委員会でみんなが委員長の席を確保してきたこともある。
私もそのお祭り騒ぎに浮かされて、新聞委員会の委員長に立候補した。
しかし、転校してきて4カ月程度の私の知名度はなく、さらに委員内の男女比率も均等でないため、男子に負けて結局、書記になった。
通常、2名の決選投票で負けた場合、負けた方が副委員長に決まるところだが、新聞委員会の顧問の先生は『副委員長になりたかった人もいるかもしれないから』とその席も決選投票にした。
結果、私は2回も男子に負けて、3回目の手を上げる気力はなく、誰も立候補がなかった書記の座を譲られた。
顧問の先生の仕切りの悪さにも納得がいかず、お守りの効果も感じられず、私は泣きたくなった。
新学期からあまりいい出だしではなかった。
ただ、新聞委員会で2回の決選投票で男子に負けて、書記になったことを人づてに聞いたらしい神野先生は、いつになく真顔で褒めてくれた。
「本当に立候補して委員長をとってきた奴は池田と鈴本だけだ。他は手を上げられなくて推薦してもらったそうだ。
天城、お前は自分で手を上げて書記を獲って来たんだから、それはとてもすごいことだぞ」
先生に褒められたくてしたことではなかったし、3回目の手を上げる勇気はなかったのだからすごくもない。
それでも私が2回も勇気を出したことを認めてもらえたことは素直にうれしかった。
別に、神野先生の命令はきっかけに過ぎなかった。
だから、先生を恨むことはない。
私は、制服の胸のポケットにあるお守りに触れる。
人気者になれるというお守りを心の底から信じているわけではない。
けれど、それは注目されて、友達を増やしたいと言う私の決意の塊であった。
4、キャプテンのアキちゃん
放課後、私は週に2回バスケ部に通うようになっていた。
唯一の親友、久美ちゃんことくーちゃんと一緒だ。
「蘭ちゃん、今日はミニゲームやるって~」
「やった!同じチームになるといいね」
私とくーちゃんは、パンとハイタッチをする。
私は、走ってばかりの練習はあまり好きではなかったが、色々な駆け引きがある試合はとても好きだった。
私は、人の先を読むのが上手くパスカットが得意だったし、普段は正直者なのになぜかフェイントで出し抜くことに長けていた。
転校前の学校で、ケイちゃんと言う子がその技を私に散々叩き込んでくれたからだ。
(ホント、ケイちゃんに感謝。じゃなかったら、今ごろまだ友達もできずに泣いていたところだよ)
そう、クラスでの友達はまだくーちゃんだけだったが、バスケ部の部活内には違うクラスの友達がたくさんできた。
バスケは、5人でやるスポーツだ。
女子バスケ部の部員は、下級生も含めて13人ほどいる。
入部して2か月だったが、名前を覚えなければ試合にならない。
私はくーちゃんに教えてもらって、チームメイトの名前を憶えて、試合でも活躍できるようになった。
ただ、スポーツは信頼関係が大切だ。
入部したての私は、キャプテンにはなれない。
それは十分理解していたので、私は6年生の中で誰がキャプテンになるのかを見守った。
キャプテンになったのは、一番背が低くて走ることが苦手なアキちゃんだった。
ちょっと意外だった。
アキちゃんは、とてもやさしく、気配りの出来る子だが、バスケはあまり上手ではない。
正直、私が入部したことでアキちゃんはスタメンを外されることも多くなっていた。
(もしかしたら、アキちゃんにうらまれているかもしれない……)
私は、時々心配になることがあった。
けれど、それはアキちゃんのことをよく知らない私の思いすごしだった。
*
あるときキャプテンになったアキちゃんが練習の合間に私をこっそり呼んだ。
もしかしたら、恨み言を言われるのかもと思い、私は内心びくびくしていたがそうではなかった。
「蘭ちゃん。私、蘭ちゃんが入部してくれて本当にうれしいんだ」
アキちゃんは、にこにこと丸い顔をさらに丸くして言う。
「私、心臓の手術をしたことがあってあまり走れないのね。どうしてもフルでは出場できないからさ、6年生は足りないし蘭ちゃんが来てくれて本当に助かってるんだ」
私は耳を疑った。
いつも、元気にしてるアキちゃんが心臓が悪かったなんて知らなかった。
(そんな、漫画の悲劇のヒロインみたいなことがあるのだろうか?)
私は、騙されているような気がしてアキちゃんをまじまじと見た。
アキちゃんは、信じられないよねと笑って、Tシャツの襟首を少し下げて胸元を見せてくれた。
(―――!?)
私は息を飲んだ。
古い傷なのだろう、もう皮膚の色はそう変わらないが、確かにそこには縦に長くやけどが治ったようなつるつるとした傷跡があった。
「ごめん、アキちゃん。私、何も知らなかった……」
そうして、私はスタメンのラストナンバーである8番を背負った。
そしてそれは、私を最後まで試合をあきらめない8番にしてくれた。
5、楽しい学級新聞
バスケをがんばり、学級新聞を月に1、2回発行する私はもう、クラスで浮いている存在ではなくなっていた。
クラスで流行っていることやおすすめの本を紹介したり、イラストを描いたりして楽しく新聞づくりをしていた。
そうして、同じ新聞委員のヒロ君とも名探偵ホームズのことで盛り上がれるようになっていた。
ヒロ君は、新聞委員になりたくてなったわけではなかった。
放送委員にジャンケンで負けて成れずに、仕方なく余っていたところに入っただけだった。
新聞づくりなんて興味なさそうにしていたのに、それでも委員長選の時には私に手を上げてくれた。結構いい奴だ。
だからなるべく、ヒロ君も楽しく新聞作りに携われるようにと、私はよく話し合ってみた。
結果、ヒロ君は名探偵ホームズの大ファンだと私は知った。
ホームズのことならいくられもしゃべれるのだ。
だから、新聞の三分の一を『ヒロ君のホームズコーナー』として任せた。
なかなか好評で、ヒロ君のホームズ布教は順調に進んでいた。
神野先生が担任になったことで、クラス全体が明るく少しお馬鹿になったことが、私が友達を増やせるようになった要因なのだろう。
神野先生は、新聞委員長選の一件以降、意外に私を評価してくれていた。
作文のコンクールや陸上大会の学校代表に選んでくれた。
成績は振るわなかったが、学校代表に選ばれると言うこと自体が誇らしい気持ちになったし、クラスメイトの前で褒められれば、一目置かれるようになる。
(最初は、ドン引きしたけれど神野先生はいい先生かも知れない)
そう思っていると、今日も朝からエレキとたて笛の合奏のエーデルワイスだ。
(前言撤回。これは、ホントに慣れないから……)
エレキギターとたて笛の奇妙な演奏。
しかし、その響きは日増しにそろってきた。
6、私の為ではないから
いつも通りバスケ部で練習をしていると、市の陸上大会の校内の代表メンバーに選ばれたことを知ったバスケ部の後輩が話しかけてきた。
妹と同じクラスの4年生のサクラちゃんだ。
4年生の中では一番うまいと思う。
生意気な妹と違い、サクラちゃんは素直でカワイイ。
どんなアドバイスも『はいっ!』と返事をしてすぐ実践する。
もっとも、家では生意気な妹の凛ちゃんも外面は良いようで、サクラちゃんにとって凜ちゃんは頭のいい優等生にうつっているらしい。
「らん先輩は、どうしてそんなに足が速いんですか?」
サクラちゃんは、ここのところハードルの朝練に駆り出されている私を見て、とても足が速いと思ったらしい。
実際には、クラスで一番足の速い私も学年で見ればさほど早い方ではなかった。
せいぜい、女子で5、6番目だろう。
本当の速い子は、短距離走の50mや100mに振られている。
80mハードルというのは、そこそこ早い子に練習させて、競技項目に欠員を出さないための間に合わせだったりする。
私自身もそれは分かっていたのだが、それでも選ばれたからには全力を出すのは当然だろう。
あわよくば、入賞したい気持ちもある。
「サクラちゃん、私は走る練習はしてないんだ。その代わりにバスケの練習だけは一生懸命やってるよ」
「じゃあ、私もバスケの練習をがんばったら、足が速くなりますか?」
「うんうん。6年生になる頃には私より早くなってるかもね」
サクラちゃんは、きらきらと目を輝かせながら、気合を入れてコートに走って行った。
「蘭ちゃんはうまいこと言うね。私もバスケがんばってるんだけど?陸上選手には選ばれなかったよ」
「くーちゃん。だって、ホントに私バスケしかやってないんだもん。それに私、短距離は得意だけど、長距離はボロボロだよ?」
「そうなんだよね。ボールを追ってるときはいくらでも走れてるのに、どうしてマラソンだとへばるのよ?」
「知らない。目の前に誰かボールを転がしてよ。そしたら走るよ」
私は、長距離走は苦手だ。
いつも後ろから数えた方がいいくらいの順位だ。
バスケの時に走れるのは、それは私の為ではないからだ。
私のパスを待っているチームメイトがいる。
私のシュートを期待してくれる仲間がいる。
だから、私はコートにいる間は苦しくても声を出し、走ると決めた。
ただ、それだけだ。
「くーちゃん、らんちゃん。試合やるよ早く来てーっ!」
『はーい!キャプテン』
私たちは、今日もバッシュを鳴らしてコートへ駆けて行く。
7、創作仲間と出会う
毎月1、2回も学級新聞を発行することで私がイラストを描くことが好きだと言うことがクラスメイトに知れ渡った。
別に恥ずかしいことではない
私の夢は、漫画家か声優になることだからだ。
みんなに、絵が上手いと褒められることが多くなり、ちょっと得意になっていた時にクラスメイトのチカコちゃんに『蘭ちゃんより、ミユキちゃんの方がうまいよ!』と言われた。
別に自分より絵がうまい子がいても構わないが、比べられて優劣をつけられたことはあまりいい気分はしなかった。
チカコちゃんは、ミユキちゃんとは幼馴染で親友だから、急に絵のことでちやほやされ始めた私のことが気に食わなかったようだ。
絵のことなら、自分の親友の方が私よりもずっとうまいとライバル心を燃やしたのかも知れない。
(自分のことでもないのに、どうしてドヤ顔ができるのか……。まあ、売られたケンカは買うけど)
私は、本当にミユキちゃんが絵がうまいのか確かめることにした。
「ミユキちゃんの絵、見たいな」
私は、回りくどいのは嫌いだ。
だから、ストレートにそう言った。
すぐに、ミユキちゃんは承諾してくれた。
彼女は、ぽっちゃりしていて運動はまったく得意ではなかったが、絵には自信があったのだろう。すぐさま目の前で描いてくれた。
確かにとてもうまかった。
私よりもずっとだ。完敗だった。
そして、その絵は私の好きなアニメのキャラクターに似ていた。
「もしかして、美少女戦士ポラリス好き?」
「好き好き。あと勇者少年ナイトとか毎週見てる」
「おおーっ!仲間だ!」
かくして、私は創作仲間を得ることとなる。
そして数か月後、彼女と一緒に初めての同人誌《コピー本》を作ることを、このときの私はまだ知らない。
8、私たちのお楽しみ会
なんだかんだと、6年生になって友達が増え私は、バスケに学級新聞に大忙しだった。
この頃、漫画を小説にしたようなキラキラしたイラストの少女向けライトノベルと言うものが爆発的に流行し。
私も漫画と並行して読むようになった。
それを真似をして、自分で漫画や小説を書いたり、バスケで青春をしたりと私は充実した毎日を送っていた。
その間、神《かみ》ちゃん先生とは割と仲良くやっていた。
まったく宿題は出さないし、授業中も脱線っしてはお笑いネタばかりで、もう少しまじめにやって欲しいと思わなくもなかった。
神野《かみの》先生は、文化祭や運動会もクラス対抗戦の様に煽ることが良くあった。
それがいいことかどうかはよくわからないが、少なくともクラスを一致団結させる原動力になっていた。
文化祭の演劇のセリフのある役に、積極的に立候補するように勧めたり、運動会の前は体育の授業も運動会の秘密練習にあてていた。
そうすることで、リーダー不在のクラスにおいて、人前に立つことが得意になってくる子、クラスをまとめることが上手い子など、個性が際立つようになった。
神野先生は、夏休みには有志のサイクリングにも引率してくれた。
元気があふれて来たクラスが、先生の声で静かにならないこともしばしば出て来ると、神野先生は大人げなく怒って、職員室に引きこもってしまうこともあった。
良いところばかりではない。大人げない困ったところもある先生だ。
ただ、それでも憎めないのは神ちゃん先生が担任になったことで、教室には大きな笑い声が絶えなかったからだ。
*
あるとき、神野先生が秋の学習発表会の『打ち上げ』をしようと言い出した。
(打ち上げってなに?)
よく分からない私は先生の説明を聞き『おつかれさまの会』だと理解した。
具体的には、何らかのパーティーができる時間を半日くれるのだと言う。
それを小学校では通常『お楽しみ会』と呼ぶのだが、このクラスはお楽しみ会という物がどういう物か知らないようだった。
説明すると、お楽しみ会というのはグループに分かれて出し物をして楽しむ、手作り宴会のことだ。
私が前の学校でやっていたものは、人形劇、手品、クイズ、合奏、合唱などだ。
それらをするために、教室内を紙のお花や折り紙の輪っか飾りで飾ったりもする。
「じゃあ、やりたいことを上げて下さい」
委員長の島田君が言うと、ぽつりぽつりとそれらしい候補が上がって来た。
・ドッヂボール大会
・おにごっこ大会
・クイズ大会
どれも、パッとしない。
というか、お楽しみ会を知っている私からすると、的外れな案にどこから提案していいのか悩む。
(お楽しみ会というものは、こういう物であるとみんなに説明した方がいいのだろうか?)
しばし悩んだが、本当のお楽しみ会を知っている私は別にお楽しみ会でなくてもいいような気がしていた。
「神野先生、おやつや飲み物も持ち寄っていいんですよね?」
私が確認すると、神野先生は、
「いいぞー。給食が食べられる程度にしろよ。あと、先生も何か持ってくる」
『わぁぁ!』とクラスが期待にわく。
けれど、なかなか具体的に何をするのか決まらない。
ぐだぐだなクラス会を見かねて、私はひとつ提案してみる。
「先生。私、ディスコ?クラブ?っていうのがやってみたいです」
「は?え、天城、何を言って……」
先生がひくっと頬をひきつらせた。
この案が通らなくても構わない。
先生の想像を超える案が出せたことに、私は満足してにやりとした。
「大人がお酒を飲んで、曲をかけて踊って遊ぶ場所なんですよね?マネしたいです」
もう、神野先生が怒るラインを知ってしまった私は、ぎりぎりを責めてみる。
すると、クラスのみんながのって来て、次々と案がでてくる。
「いいね。それ!」
「おもしろそう~。派手な私服とか着たらどう?」
「神ちゃんいいアンプ持ってるんだから、曲かけてよ」
「アニソン!」
「美少年ユニット曲!」
完全に流れは、その方向に乗り始めた。
真面目な委員長の島田君は、ちょっと引き気味だがそれでも、多数決をとって締めてくれた。
こうして、一班1曲好きな曲を持ち寄りディスコもどきをすることになった。
*
当日、それは意外なほど盛り上がった。
みんなで話し合い、制服の学校だったが、なるべく派手な私服を持ち込んで着替えた。
教室は暗幕のカーテンをひき、ペンライトや懐中電灯を持ち寄った。
ミラーボールがあればなぁという無言のプレッシャーに応じ、神野先生が調達してくれた。
少しのおやつを食べてシュワシュワするジュースを飲んで、アニソンでぴょんぴょんと飛びはね踊ると、笑いが込み上げてくる。
「くーちゃん。なんだか、馬鹿みたいだけど楽しいね!」
「そうだね。蘭ちゃん。馬鹿みたいだけど楽しい!」
それは本物のディスコでも、クラブでもない。ただのごっこ遊びだ。
でも、もう6年生にもなるとごっこ遊びもできやしない。
だから、この本気の大人のごっこ遊びが、楽しかったのだ。
私たちは、卒業を前にして心を一つにして笑った。
9、神様の本心
楽しかった1年はあっという間に過ぎた。
5年生の二学期に転校してきた私は、教師に暴力を振るわれ、友達もいなく長く苦しい4か月を過ごした。
それを取り返せるくらいには、六年生は遊んだ。
友達がいなかった4か月が、あれほど長く感じたというのに、友達のいる一年は遊び足りない事ばかりだった。
親に『勉強しなさい』『勉強が足りない』と言われながらも、バスケと遊びばかりだった。
神野先生は、保護者会で勉強が足りないのではないかと責められることもあったそうだが、それでも自主性と遊びを尊重した。
私も、神野先生は遊んでばかりだと思っていた。
でも、その本心を卒業文集で知ることになる。
卒業文集に寄せられた先生のメッセージは、とても抽象的な童話のようなものだった。
柄にもない少し真面目な雰囲気さえある。
それはこんな内容だ。
***
長い冬を耐え忍び、ふるえる種の声が聞こえていたのに、何もできなかった神様をどうか許してください。
やっと春が来たにもかかわらず、芽吹くことを忘れた種に無力な神様ができることは、自由という光をあたえることだけでした。
厳しい冬を乗り越えた、種たちは素晴らしい花を咲かすことでしょう。
神様はそれを信じています。
***
(ああ、これは私たちのことだ。神野先生はすべてを知っていたんだ……)
それは同時に5年生の時に、担任の暴力教師になぐられて一番苦しい時に助けてくれなかった大人たちの一人でもあるということだ。
正直、裏切られたという気持ちも湧いた。
しかし、何度も読み直すうちにその罪滅ぼしが、この一年間の自由な時間だったと理解した。
(『ここを天国にする!』という馬鹿げたセリフは、先生の決意の表れだったのか……)
複雑な気持ちになったが、この一年楽しかったことは事実だ。
だから、もう卒業と共に嫌な気持ちや、もやもやした気持ちは忘れようと思った。
記憶に残すのは、この一年の楽しかったことだけでいい。
10、おまじないからの卒業
私は、卒業式で泣いた。
一年前は、転校してきたばかりで友達もいなく、暴力教師にしばしば殴られていた。
だから、卒業の別れを惜しんで泣くことなどないと思っていた。
しかし、クラスメイトと仲良くなり、友達も多くでき、バスケのチームメイトもできた。
(ほとんど、中学へ持ち上がりなのになんでこんなに涙が出るのかな?神ちゃんクラスがバラバラになってしまうことが寂しい……)
私の目からは、涙があふれ止まらなかった。
*
気がつけば、いつの間にか人気者になれる星型のお守りが入っている胸のポケットを触らなくなっていた。
お守りは、もう役目を終えていた。
私は、卒業式が終わると校門の脇にある金木犀の木の下に、白い封筒に入れてそのお守りを埋めた。
冬なので、花はないものの緑の葉は残っていた。
おまじないを終えるときは、白い封筒に入れて川に流すか、土に埋めると本に書いてあった。
私はお守りに土をかぶせた後、手を合わせた。
それは感謝の気持ちからだった。
6年生というのは、おまじないを信じるほど子供ではないが、おまじないにすがりたいくらいには子供なのだ。
けれど、私はもう中学生になる。
私は、金木犀を見るたびに思い出すだろう。
一人だった自分を。
そして、一人ではない自分を。
おわり