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黄色い家

活字や言葉、それらの持つ力は侮れないと常々思っている。


鼓舞する事もできるし、一生消えない傷を作ることもできる。


文字を書き、表現することがたくさんのツールの発達により容易になった。

それに平行して、胸に響く文芸に出会うことが減ったと最近は感じることが多くなった。


それにはもちろん、自身の加齢とともに新鮮味を失った感性によるとこも否めないとは思っているのだけど…。


しかし、『黄色い家』は、物凄い。

拙い言葉でしかないのが悔やまれるが、全方位に向けて素晴らしいと感じた。


その要因は主人公と自分とに共通項が多くあったからだと思う。

どこからも浮いていて、あまりしっかりしていない母親を持つ女児ということで、同世代から浮いてしまっている多感な時期を過ごす。


こちら側の世界を知っている人間が嫌気が差さないような丁寧な心理描写をしてあって、読んでいてもやっつけ仕事ではない、作家の本気を垣間見る事が出来た。


昨今、不景気が続き、昔に比べると非正規雇用を親に持つ子供が多く、『毒親』等と言う言葉を聴く機会が増えているように思う。


そうなれば、そういった作品が多く世に出ており、自分もそういった作品を良く読むのだが、読後感がなんとも軽い印象を浮けるものも数少なくない。


当事者でなければ、他人の見ている景色や眼差しなんて言うものを共感するのは大変難しいと思う。

しかし、テーマを絞って書くぞ!と選んだのであれば、もう少し複雑で多角的な記述をしてほしいと思うことが多い。


今回のこの一冊は、スナックで働くシングルマザーの母とボロボロの家に住む『花』が主人公。

母親は男をとっかえひっかえするし、帰ってこないこともしばしば。


寂しさを常に抱えた花の前に、母の友達の『黄美子さん』が現れ…というような話。


母から与えられたことのない愛情や関心を黄美子さんが自分に向けてくれたことが花は何より嬉しくて、黄美子さんのために頑張ることを決める。



職場となるスナックの描写も全てにおいて、緻密で丁寧に描かれており、すらすらと読むことができた。



後々登場する花の友達となる2人の性格もバラバラなのだが、優しいが、ぼんやりのらりくらりの『蘭』と実家は金持ちだが親のアイデンティティーのためだけに良い子ちゃんを演じさせられることに辟易している『桃子』。


その桃子が好きバンドとしてX JAPANの描写も出てきて、hideが亡くなり桃子がうちひしがれる姿が、私の母と重なり余計にしんみりしてしまった。




黄美子以外の若い女の子3人は、どこかみんな心にうら寂しさを抱いており、今までとは違った分かち合える存在を得て、スナックでの仕事に邁進する。


それが、とあるアクシデントをきっかけに全ての事が悪い方へ崩れていく。



中盤を読み終えた位に、他の人はこの本をどう評価しているのか気になってレビューサイトを検索してみた。


すると、『暗くて気分が落ち込む』、『救いようがない』、『辛い』、『終盤にかけてものたりない』などなど、様々な意見があった。

(あえて厳しい感想を羅列した。もっと好評なレビューもあります。)


それを念頭に後半に読み進めると、前半よりも、個人的にはものすごく詰まった内容であり、花の一人の対話の熱量であるとか、切なさ、自責の念だとか、やるせない哀しみを秀逸に表現がし尽くされていると感じた。


個人的に、胸が詰まってしまい、本を伏せ、今でも目尻に涙が浮かぶ描写が一説ある。


花の母親は踏んだり蹴ったりなとき、良くしてくれた矯正下着屋にビジネスを持ちかけられる。

200万で購入した後、売れた分のバックを浮けとるのだが、全く売れずに闇金で金を立て替えたのだが首が回らない。


久々に母親から連絡だと、娘は心を踊らせて母にあったのだがそれが金の無心であったこと、ちょうど貯めてあった額がそれくらいであったこと等と重なり、花は母親に抱いていた期待を裏切られてしまう。



『絶対に返すからね!ありがとうっ』


母とはそれから5年ほど会っておらず、少し生活を共にした後、離れて暮らすこととなった。


それから母が亡くなったと連絡が来て、母の部屋に花は遺品整理で向かう。


その時にふと、目についたひとつの封筒。

『花ちゃんにかえすよう』


その中には7万ちょっとの金額が入っていた、と。


細々とした稼ぎのなかでも、娘に借りたお金のことを忘れずに居てくれたことに、花は様々な気持ちを抱いた筈。



この一説を読み、私の身の上のことが様々重なってしまった。

最近自分の気分が低迷していたこともあり、溜めていたものが一気に放出されるかのように止めどなく、涙が溢れた。


分かる人には分かる描写が緻密に繊細に、当事者を傷付けないように丁寧に描いてある。

物語だけであってくれたらいいのにと、思う。
地続きで先の見得ない虚無を人知れず抱えて生きる人々の可視化をしてくれたように思う。

少なくとも私はその一人。

『普通』を手に出来ず、でも、もがきながら歩き続け、でもいつだってボロボロになって、弱音も吐けない人々をじんわり包んでくれる一冊。

作家さんは偉大だと、本当に思った本です。

読後感の重厚感がこんなにもあるということは、執筆もさぞかし疲弊されたことだと思います。



『親が子供にお金を借りるなんて(苦笑)』

私が20才くらいのときに職場の人に言われた言葉、忘れることはない言葉。



そういった感覚の『普通の人』はこの本を読み終えることは難しいかもしれない。

記述されてることは現実の理想や『~するべき』から逸脱した人が多く登場するから。



限られた『普通』の枠に、たまたま居られた人たちの狂暴性は、対岸の身になってみなければ知るよしもないだろう。


その人たちの特権は失くなることはほぼ無く後世へ受け継がれるので、どんどんとその溝は深まっていく。

その人の普通なんて、その人その人で違うんだよ。


母親と会っておかないといけないかなと、少し思った。

川上さんありがとう。


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