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美観(三)

友人にもらった珈琲のパッケージが視線の端に映り、彼らが今何しているのかに思いを馳せる。
微かに鼻腔を掠める香りの予感がある。

この二、三日風邪気味で鼻が効かなかったので、いつもの珈琲が少し新鮮に感じる。鼻が効かないと味もぼやけてしまう。味のしない食事は生活から精力をあっさりと消し去ってしまう。

コンロに火をつけ、沸騰するまでのまにフィルターをセットし、カーテンを開ける。

今日の大阪は曇り、名古屋も長野も曇りだろうか。自分のことで精一杯な春には考えもしなかった友人の朝のこと。朝食は摂るのだろうか、几帳面な性格の彼らのことだから、もう済ましたかもしれないが、わざわざ聞くことはない。SNSが発達した今でも、いちいち全てつながるのは野暮というものだ。必要最低限、元気でいるか、それが知れたらそれだけでよい。

沸騰したらフィルターにお湯をかけ、紙の風味を飛ばす。豆は冷凍庫に入れておくと長保ちするとマッチングアプリで知り合った子に教えてもらった。本と珈琲、yonigeが好きな子だった。

珈琲豆を入れたら、お湯を注いで二十秒、待つ。
この工程が大事だと何かの本で読んだ。米も、豆もなんでもそうだけどタメが大事なのだ。かめはめ波ですら、カメハメのカウントが圧倒的な攻撃力には必要なのだ。

湯をそそぐと、豆は膨らむ。豆を冷凍庫に入れておいたおかげでこの膨らみは守られるのだ。これを知らなかった自分は、かつて豆の様子がおかしいことに気付いていながら見なかったことにしていた。

この膨らみが落ちきってしまう前に二湯目を注ぐ。落ち切ると嫌な苦味が珈琲を台無しにするからだ。落ちきった珈琲を飲んだことがないので実際のところは知らないが。

カフェインで体を壊した先輩は、胃が空っぽのままで珈琲を飲んでいたらしい。朝ごはんはカフェイン中毒者には緩衝材の役を果たすのか。確かに朝ごはんを食べた日は眠い気がする。
白飯を食べるほど、朝余裕はないし、かといって食パンの腹持ちは言わずもがな悪い。結局、珈琲だけ飲むのが良いのだというのが今のところの最適解

一杯の珈琲を飲み、一杯の水を飲む。これで準備完了。あとは歯を磨いて家を出る。
秋の涼しさは、湿度を感じさせない。この冷気が両肺を満たして、身体中をめぐり、胃を撫ぜるころ、さっき飲んだ珈琲が10ポンドボーリング玉みたいに感じる。この重量が仕事を飛ばないように地面に僕を留める。




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