与える男
ある男は大きな袋を抱えていた。
その優しそうな男は、いつもいつもキラキラとした「それ」を袋からとりだしては、街角に座り込んでいる人々に与えるのだった。その座り込んでいる者たちは、男からそれを受け取ると、嬉しそうにしていた。ある者はそれを自分のためだけに使い、ある者はそれを悪いことに使い、ある者はそれをまた別の者に分け与えたりしていた。
ただ、男がそれを与えるときには皆笑顔になるのだった。
毎日その近くを通り過ぎる者たちは、男が実際に何を与えているのかはわからなかったが、皆が笑顔になるのだからいいものに違いないと思っていた。しかし、男に声をかける勇気もなく、ただ通り過ぎながらそれを横目に見るだけであった。
ある日、その座り込んでいる者の一人が男にこう聞いた
「毎日毎日、お前さんがこれをわたしらに与えてくれるが、大丈夫なのかい?」
すると、男はこう答えた
「これは私の畑で年中育っているので、皆にもらっていただかないと私も困るのです。」
すると、質問をした者は
「それなら、これを売ればいい。なのに、どうしてそれをしないんだ。まぁ、わたしらはタダでもらえるんだから、こんなことを言うもんじゃないが…」
座り込んでいる者たちは、男がそれを売りもせず皆に分け与えることに疑問を抱いていたのだった。
「そういうものではないのです。ただ、私が愛情を込めて育てたものを、皆さんに受け取ってほしいだけなんです。それから、私が皆さんにお渡ししなくては、畑で腐って死んでしまうのです。」
これをたまたま聞いていた別の街角の者は、いつもの通り皆に配り終わった後の男の後をついていき、夜になると畑の「それ」をたくさん盗んでいった。
街角で売り出しそうと企んでいたのである。
次の日、盗人は驚いた。不思議な事に男が配るときにはいつもキラキラしているはずの「それ」は既に輝きを失くしていた。当然そんなものを買う者は誰もいなかった。
「収穫の仕方が悪かったに違いない」
と盗人はまた夜な夜な畑に行っては、色んな方法で盗みをしたのだが、やっぱり男のようにうまく収穫できなかった。
「うまく収穫できないのなら、種から自分の家で育てればいい」
そう思った盗人は、今度は種から育ててみようとしたが、そんなに簡単に育てられるようなものではないのか、一向に芽は出てこなかった。
何をしても上手くいかず、策を考え尽くした盗人は、今度は「その種」を売ろうとしたが
「なんの種かもよくわからん」
と軽々と通りすがりの客にあしらわれてしまった。
男はそんな盗人を見ていたが、それ程気にはしていなかった。男にとってはどーでもいいことだった。
そしてまた、男は街角の人々に与え続けるのであった。
するとその中から、畑仕事を手伝いたいと言う者が現れた。男は喜んでそれを承諾した。
今度はそれを見た盗人が
「俺にも畑仕事を教えてくれ」
と声をかけてきた。すると男は盗人がしてきたことに怒ることもなく、畑仕事の方法を見せてやった。男から「それ」の育て方を学ぼうとした盗人だったが、最後の一仕事がどうしてもできなかった。男は盗人を見て、可哀そうに思ったが、こればっかりはどうすることもできないので、ただその仕事ぶりを遠くから眺めていた。
ある日、例の盗人が、我慢しきれず男を押しのけて袋を奪おうとした。ただ、その袋は大きくて重く、簡単には奪えなかった。
そうこうしているうちに、街角の人々がやってきて、袋を奪おうとした者を真っ裸にしてしまった。それを見て、街角の人々だけでなく、街じゅうの者は指をさして大笑い。
ワ~ハッハッハッハッ!!!
盗人は、袋の中身を見ることもなく、いそいそとどこかへ逃げていった。
そして男は今日も皆に与え続けるのであった。
不思議な事に、男の畑が枯れることもなかった。
蠍凛子