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江戸時代の日本の首都

明治2年まで1100年近くに渡って日本の首都だった場所は?
暗黒の戦国時代以降、260年間も天下泰平の安寧をもたらしたあの江戸時代も日本の首都であり続けた場所は?

もしかしたらわからない人もいるのでしょうか?w
そう。
京都ですね。
改めて思うに、江戸時代まで京都は首都だったんですよね。w
いうまでもなく、江戸が首都になり、冠されたその名前は東の京都。
東京都というわけですね。

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794年(延暦13年)の桓武天皇の平安遷都以降、
1869年(明治2年)の東京奠都まで1100年近くに渡って
京都は日本の首都であり続けたわけです。
正確には途中、
平清盛の福原遷都(1180年)の半年間だけ首都ではなかったけれども。
平家物語が「平家の悪行の極み」と評する暴挙。笑
野望だけは壮大やけどもまったくいらんことしよるな。平清盛。笑

しかし平安京って半端ないですね。笑
1100年の都。
もちろん泰平ではなかったけれど、
それでもやっぱり1000年続く都というのは
想像するだけでとてつもなくすごいと思うのです。
そこに生まれた文化や多種多様な価値観は、
間違いなく現代の日本人の礎になるものですからね。

そういうこともあってか、
京都の西陣や祇園、東山辺りに暮らす人々にとって、
彼ら(というか特におばちゃんやおばあさん)の常識は、彼女らにとっては京都の常識こそが世界の常識と思ってるんだな、ということが度々散見されるのですね。笑
それほどまでに、京都は日本の中心であり続けたわけで、
ある意味いたしかたないとは思いますが。笑
でも、世がこれほどまでに情報化が進み
みんながグローバル化の洗礼を受けて久しい時代、
さすがにそうも言ってられないわけでもあります。笑

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僕自身京都生まれ・京都育ちではありますが、
母親本人と我が家で同居していた母方の祖母が東京・千葉方面の人間だったこともあり、
さらに実家である京都の中心とはかけ離れた
大阪との国境らへんの父親の地元で過ごした僕の家庭には、
京都人のそれらとは少し違った文化が存在していました。

家の中は関西弁と関東弁のチャンポン。
その影響もあり僕自身も同級生や同僚たちとはほんの少し違うニュアンスの関西弁が混じるといった風情で生きてきたわけです。笑
なので、僕もそんな「都人」である友達の親御さんや
地域的な「京都っぽい」文化にいじめられた記憶は確かにありますし、
「京都の人ってこうなん?」と感じた経験もありますが、
とはいえです。w
住んでる場所が京都の中心地から離れてるとはいえ、そんな土地でもそういった京都の嫌な性根の感じも確実に存在する土地でもありましたし、現実に成人してからは京都の中心で生活していたわけですから、僕の中にもそんな都人として育った何かは存在するのかも知れません。

ただ、もちろん、京都文化の悪い面を声高に決めつけて、京都人を攻撃する材料に使う人もいるにはいますから、実際問題何かしらの問題は孕んだ文化なのは致し方ないのかも知れません。
ただ、まあ、京都で育ったからと言って擁護するわけではありませんが、
文化・歴史的な意味や本質をよくよく考えると、
よく悪く言われる京都人気質や、
世界の中心的プライドに関する諸行の数々は、
何も醜悪なことばかりではないと思っているのです。

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曖昧な物言いは時によって、
京都人の裏を隠して匂わせる腹黒さを京都人の特徴として語られる場合がありますが、
ハッキリ言いたいことを言って思いを伝えるということを
なぜか良しとする野蛮な欧米型思考とは明らかに違う性質を持つものです。

面と向かって事を荒げることを良しとしない歴史的なベースと、
様式や比喩や隠語で思いを伝えて、
直接的な対決や摩擦を軽減するという思いの伝え方は、
欧米型や浪速気質や江戸っ子気質の喧嘩腰のディスカッションと比べると、
とても高度に洗練されたコミュニケーション・スキルなのだと感じるのですね。

要は、
言いたい事を喧嘩腰にチャキチャキ言って、
テヤンデェべらぼうめ!うるさいんじゃこのボケカス!と
自分の意見の違う相手とは
最終的にグーで勝負するかのような文化とは明らかに違う
繊細で深い歴史によって育った自己防衛の文化とも言えるわけです。
これらは陰湿という概念ではなく、
自己と相手への防衛のために育んできた手法なのだと思うのですよね。

京都にはそういった回避術として育ち洗練された文化がたくさんあります。
それらはいつしか都人たちの品性や文化を形作る根源として定着していったのでしょう。

そして、そこで生まれる芸術や職人文化も含めて、
品性をベースとする文化と相まって、
世界でも稀有な美しい都として存続してきたのだと思うのですね。

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かつての日本の首都への愛着はもうないと思ってました。
ここ湘南の地が水に合うし、
生きにくかった時代を過ごした京都を離れて
ようやく見つけた心地よさや
自分の価値観や生き方に誇りを持てるようになったこの地を今生の終の住処と決めたわけなので、京都への愛はとっくになかったと思ってました。

でも、最近になって時々感じるんですよね。
やっぱり、かつての首都を故郷に持つことへの
なんというか
薄ーくしかし根深い誇りのような何かは確かに感じるのですよね。笑
京都の中心ではない外れの地の京都人のくせに。ww
しかも、京都人が攻撃される時、実際の僕の経験から言わせてもらうと、大阪人にも江戸っ子にも、もっと腹黒い奴ってめちゃめちゃいるんだけどな、って思いますから。笑
なんにせよ、実際に目の前にいる何にもしてない初対面の京都人に「京都人って〇〇だから嫌いなんだよな!」って遠慮なく言ってくる奴の方にこそ、絶対的な問題があると思いますけど、ってね。笑

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まあ、なんにせよ、思いますよ。w
故郷が1000年の都・京都で
しかもその京都で暮らしたことがあってよかったかも、って。笑



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