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手強い資本主義にどう立ち向かう?~ 鹿島 茂×斎藤 幸平『人新世の「資本論」』(集英社)を読む~

今月の月刊ARノンフィクション部門は2021年新書大賞受賞の『人新世の「資本論」』を著者の斎藤幸平さんと読み解く企画。1987年生まれと、ソ連崩壊の記憶もない著者の斎藤さんはマルクス再評価の旗手。
全共闘世代で学生時代に当然の教養としてマルクスを読み込んでいた鹿島さん。自身の経験を踏まえ、斎藤さんに切り込んでいきます。
※対談は2021年4月23日に行われました。
※対談のアーカイブ映像が購入可能です。

マルクス晩年の著作読み込み、「エコロジスト」マルクスを発見

近年、ピケティ『21世紀の資本』がベストセラーになるなどマルクスの再評価が世界的に進んでいます。ALL REVIEWSでも、内田樹さんと鹿島茂さんが『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』について読書対談を行い、19世紀、マルクスがアメリカに影響を及ぼしていることを指摘しました。その模様は『この一冊、ここまで読むか!超深掘り読書のススメ』に収録されています。

斎藤さんは新進気鋭のマルクス研究者。2021年1月、NHKの「100分de名著」『資本論』を取り上げたときのナビゲーターも務めています。

斎藤さんはマルクスの著作を全文解読し、刊行するMEGA(Marx-Engels Gesamgaustabe)プロジェクトの一員です。マルクスは生前、大英博物館などで図書を借り、書き写した膨大な研究ノートを遺しています。MEGAでは、ノートを含むマルクスの著作を全文解読。斎藤さんはマルクスの晩年の著作を紐解くうちに、マルクスは環境問題に関心を寄せていたことに気づきます。また、マルクスは後年サイードなどに西洋至上主義者として批判されましたが、新資料では、ロシアやアジアの共同体(コモン)を高く評価していたことがわかりました。斎藤さんはマルクスのノートを読むうち、マルクス自身が年を取ると考え方が変わっていくことを発見します。

鹿島さんは、プルーストを例にあげ、ノートを含む全文を解読することの重要性を理解します。創作ノートにはその作者の本心も描かれている。もっともユーゴ―のようにノートが膨大過ぎて、解読が進まないケースもある。またベンヤミンのように創作ノートそのものを作品にしてしまったケースもありますが、作者が書いたもの全文を読み通すことは重要です。

話はそれますが、先月、豊崎さんとの対談に登場した山本貴光さんには『マルジナリアでつかまえて』という作家が所蔵する本の余白に書き残したことについて書かれた本があります。フェルマーの定理も余白に書き込まれたもの。

著作となって日の目をみたもの以外のメモやノート、書き込みにも重要な情報があることを改めて認識させられました。

SDGsは「大衆のアヘン」

ソ連の崩壊を目の当たりにした世代にとって、マルクスは共産主義の象徴です。これに対し、若い斎藤さんは、いわゆる共産主義国家とマルクスを引き離し、新鮮な目でマルクスを再評価していきます。

斎藤さんが実感するのは、これ以上環境汚染を進ませてはいけないということ。ソ連崩壊後、新自由主義が世界の主流となり、先進国が成長するとともに、途上国に環境の負荷を負わせてきました。でも、このような外部化には限界がある。鹿島さんもメキシコシティを訪れ、その公害のひどさを実感した経験があります。

斎藤さんが評価するのはグレタ・トゥーンベリの運動。一方、SDGs(持続可能な開発目標)はマルクスの表現に倣い「大衆のアヘン」と糾弾します。レジ袋やプラスティック食器の有料化では環境破壊は食い止められないことは自明の理。コモンをベースとした新しい脱成長社会の構築が重要といいます。そして、人口の3.5%が立ち上がれば社会は変わるとも。一例として、パリで水道が再公営化されたことをあげます。

鹿島さんは、コモンを提唱したフランスの思想家、サン=シモンフ―リエの話や、フ―リエの思想を実現するため、アメリカのテキサスに渡った一派の例を挙げて、コモンを具現化することの難しさを指摘します。コモンの理想を掲げた多くの人がコモンの実現に失敗する中で、鹿島さんが数少ない成功例として挙げたのがシャルル・ジッドアンドレ・ジッドの叔父に当たるシャルル・ジッドは経済学者。フランスにコモンの概念を定着させてます。

そういえば、今でも、フランスには公立の学校で”cooperative scolaire"(学校協力金)と呼ばれるシステムがあります。生徒は家庭の経済状況に応じた協力金を支払い、文化祭などの費用に充てます。シャルル・ジッドの影響があるようです。日本では、「家庭の経済状況に応じた」協力金というのには抵抗があり、同様な制度は導入が難しそう。

いずれにせよ、資本主義経済の下の資本家はなかなか手強く、狡猾。鹿島さんはミッテラン政権が家賃制限をした結果、資本家が賃貸物件を提供せず、パリのアパートの需給がひっ迫した例をあげます。在外研究でパリに滞在していた鹿島さんはアパート探しに苦労しました。社会主義政権が良かれと思って行った政策により、庶民階級が苦労する。鹿島さんは斎藤さんの理想に関心を持ちながらも、その実現の道はかなり険しいと懸念します。

ともあれ、このような本がベストセラーとなることは新しい風が吹いているのかもしれません。

本を読んで難しいと感じた方、新しい「空想社会主義」ではないかと感じた方、アーカイブ対談を視聴すると、斎藤さんへの理解が深まります。ゴールデンウィークの学びとして最適。下記のリンクから視聴ができます。

【記事を書いた人:くるくる】

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入会すると、日本を代表する書評家、鹿島茂さんと豊崎由美さんのお二人がパーソナリティーをつとめる、書評YouTube番組を視聴できます。
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さらに、Twitter文学賞の志を継承した「みんなのつぶやき文学賞」では、友の会会員有志が運営にボランティアとして協力。若手書評家と一緒に賞を作り上げていく過程を楽しみました。
2021年2月には、鹿島茂さんとの対談6本をまとめた『この1冊、ここまで読むか!超深掘り読書のススメ』が祥伝社より刊行されています。
本が読まれない時代を嘆くだけではダメだと思う方、ぜひご参加ください。
ALL REVIEWS友のTwitter:https://twitter.com/a_r_tomonokai


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