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【再掲連載小説】ファンタジー恋愛小説:気づいたら自分の小説の中で訳あり姫になっていました。(8)再編集版

前話

 私はひとしきり泣くと放心していた。ただぼーっとしている。アーダやフローラがあちこち移動しているのをただ見ていた。何かを置いている。いえ、納めている?
「姫様の婚礼の物が今、やっと届いたのですよ。喪があけてからの婚礼となりますが、準備しておいて損はございません。それから姫様にはこれに目をとおして頂けなければなりません」
 アーダが分厚い本をどん、と置いた。
「婚礼の儀式に・・・、関して?」
 なんとかギリギリ音読する。音読しないと頭に入らないのだ。
「婚礼の儀式に関する本でございます。すべて頭の中にいれて振るまえないと婚礼にはたどり着きません」
 ええーっ。私は、本をガン見した。これ覚えろって・・・、ろくに字も読めないのに・・・。
「一緒に読んであげるから大丈夫」
 ウルガーがすぐ側にいた。いつからいたのかしら・・・。
「この本を取りに行ったのは俺だよ。母から頼まれた。渡してくれと。悲しみに浸っているところを土足で踏みにじりたくないから親しい俺から、と」
「なんて正妃様は優しいのかしら」
「俺の母だもの」
「マザコン」
「なにー。ほれ、ちゅー」
「フローラ、ちゅーを遮る板かお盆ちょうだい」
 「ちゅー」攻撃を避けながらフローラに言う。
「よいではありませんか。婚約者からのちゅーなら」
「いやよ。人前で、って。ん? 私どっちの言葉を話しているの? それともフローラが覚えたの?」
「しっかりエリシュオン語でございますよ。姫様」
「ちょっと。ウルガー、うるさいわよ」
 迫ってくるウルガーの顔を押しのけながらアーダを見る。
「私、この国の言葉覚えたの?」
「みたいでございますわね」
「アーダ! フローラ! ありがとう。あなた達がいなかったら今頃語学で迷子になっていたわ」
 二人に抱きつこうとして、振られる。
「姫様は王太子様に抱きしめて頂いて下さい」
「そうそう。進展があったようですしね」
「って。お手つきはないわよっ」
「そんなものは見て解ります。お手つきになってちゅーを避ける女はございません」
 アーダに言われ愕然とする。私達の仲はみんなに筒抜け、ってこと?
 顔が熱くなる。
「ちゅー」
 とっさに避けてウルガーがソファとちゅーをする。それを見て私はまたクスクス笑う。
「私にちゅーできるのはいつでしょうねぇ~」
「ふん。いつかこの借りは返してもらうよ」
 ウルガーがツンデレ王子になる。それがまた可愛くて頭を撫でると不意に頬にちゅーされる。
「ほっぺたならいいだろう?」
「いたしません!」
 思いっきり突き飛ばして椅子に座る。そこにはこの国伝統のお茶が置いてある。久しぶりのお茶にくつろぐ。ウルガーはまた床ちゅーしている。
「ウルガー。この華の宮の床全部にちゅーしたらちゅーいいわよ」
「ほんと?」
 本当に行きそうで慌てて止める。
「ちょっと。本気にしないでよ。こっちに来て」
 庭にひぱっていく。誰の目にも見えない死角のところでウルガーの頬にちゅーする。
「これで納得?」
「いや。こうでないと」
 死角なのが解っているのか、唇を盗む。それは何度となく行われた。今までの気持ちを確かめるように。
「ちょっと。何回するのよ」
 ウルガーの胸元で脱力した私がいた。余りのことにいたしません、ができなかった。婚礼の夜はこれ以上の? 頭がパニックになりそうだった。
「大丈夫。婚礼の夜は優しくするから」
 思わせぶりな言葉にまた顔が熱くなる。
「フローラにお盆頼んでおいたら? そんなに嫌なら」
「い、嫌じゃないけど、人前はい・や」
「可愛い」
 また強く抱きしめられる。
「今夜、訪ねる。全てを話に」
 そこで私はやっと正気に戻ったのだった。

ウルガーを待っていると、夜中にバルコニーから入ってきた。
「どっから来るのよっ」
「しーっ。警備に聞こえる」
「わかったわよ。その床のクッションに座って話しましょう」
「ちっ。ベッドじゃないんだね」
 本気なのか冗談なのかわからない言葉をウルガーは言う。
「そんなことしたらあの好色王子と一緒よ」
「そうだね。ローソクを持ってきたんだ。心地いい香りのする。それを明りの代わりにしよう」
 暗闇の中、ほんのりローソクの明りが照らす。ウルガーは暗い目をまたしていた。
「以前、この華の宮にいる人は全員幸せじゃなかった、と言ったの覚えている?」
「かすかには、ね」
「なぜ、母が父王の宮殿にいるかわかる? 本来なら華の宮にいるはずだと思わなかったかい?」
「だって、皇太子専用の施設・・・って」
 ああ、そういうことか。何故か納得した。
「お母様が出て行くと言うことはここに誰かがいたのね」
 そう、と辛そうにウルガーが言う。
「辛いなら言わなくても・・・」
「聞いて欲しいんだ。俺の過去を」
「過去、なのね。まだ続いているように感じるけれど」
「過去にするんだよ。今夜から」
 そうウルガーが言って一旦口を閉じる。それから遠い目をして言う。
「俺が十歳ぐらいの頃、小さな姫がやってきた。五、六歳だったと思う。この子と結婚するんだよ、と言われてびっくりした。こんな小さな子と? って父に聞けば大人になればこの華の宮の主人になるんだ、と言われた。その子と毎日遊んで暮らしていた。時々、姫の故郷の話を聞いたり、この国の伝統を教えてあげたり。とにかく俺と彼女はどこへ行くのも一緒だった。まぁ、着替えとかお風呂とかは当然別だけど」
 少し明るい声で言うとまた話し出す。
「その姫の命は突然絶たれた。食事に毒が入っていたんだ。犯人はまだ捕まっていない。姫の国と同盟を組むための婚約者だったけれど、その後父が苦労して取りなしたのを覚えている。でも、それよりも目の前で毒でなくなった姫の事が忘れられなかった。あの死顔も。葬儀の日、いつもの顔で姫は眠っていた。可愛らしい何時もの笑顔で。そうして埋葬された。俺の心は真っ暗になった。姫の輝きが消えたんだ。そうして俺と婚礼なんてしなければ彼女は死ななかったのに、と思うようになった。俺に近づけばみんなが不幸になる、と。だから、その後に縁談が持ち込まれても応じなかった。だけど、あの国で純粋に王子様を愛していた輝かしい君を見つけた。まっすぐな愛の瞳が俺にはまぶしかった。だからダンスに誘った。あんな噂の悪い王子に渡すもんか、って。俺にとって君は光だったんだ。唯一の救いだった。だから何が何でも君と婚礼を迎えたかった。だからこの国に来て貰った。それに父君の治療は本当にここで治ると思っていたから。間に合わなくて悪かったけれど・・・。そうして俺は暗い闇を抱えながらゼルマの光を待ち望むようなギクシャクとした心を持ってしまった。君に闇を見せつけながらそれを見て苦しむ君を放っておいた。ごめん。辛かったね。俺も好きな人の闇なんて見たくない。それを君に強いてしまった。俺はきっと早く、こうしたかったんだ。全てを話して、楽になりたかったんだ」
 ウルガーの顔がうつむく。滴がローソクの明りに光っていた。私は思わずウルガーを胸に抱きしめていた。
「大丈夫。私は死なないから。図太いから毒なんてきっと効かないわよ」
 いや、とウルガーが答える。
「もう女官の何人かが毒味で亡くなっている。君は気づかなかったんだね」
「そんな・・・」
 衝撃の事実に打ちのめされる。
「びっくりさせてゴメン。毒味役を用意したと言えば君は反対すると思ってね。だけど、もう安心だ。フローラは母の毒味役だった。彼女は毒慣れしている。今は左大臣の娘だけど。父君の公爵はもともと父の弟なんだ」
 え、と私は耳を疑った。フローラが毒味役。そして、その父君は王弟殿下とは・・・。
「毒味役なんていらないわ。あなたのために死ねるなら本望よ」
 私が言うと、ウルガーが止める。
「大丈夫。フローラは身分的に毒慣れしている。だから母が安心して起用できたんだ。あの姫の二の舞は踏まない。そう決めたんだ。俺のゼルマは絶対に守ってみせる、と」
「でも。嫌よ」
 泣きそうになって言う私の側に来てウルガーは肩を抱き寄せる。
「じゃぁ、こうしよう。俺とゼルマは一緒に華の宮で食事を取る。そして
フローラも一緒に。同時に食べるんだから毒味役じゃない。フローラは見た目や香りからも毒がわかる。一緒に食べるなら問題ないだろう?」
「だけど、フローラが死ぬのは嫌よ」
 ぽたぽた涙が落ちる。
「君は優しいんだね。父君が毒で亡くなっても、その綺麗な心は変らないんだね。自分が毒で死んでもいいと思うなんて。俺は怖いよ。食べる物に毒が入ってると思うと。でもゼルマは違うんだね。その味見をする人の人生まで考えている。正解だった。俺のゼルマの光は。これが俺の闇。目の前で死ぬ人を見てしまった心の闇。今度、一緒にお墓参りしてくれる? 君が代わりに結婚してくれる、って報告したいんだ。ゆっくり安んでね、と」
「ええ。好きなだけお墓参りしてあげる。辛かったわね。幼い時に人の死を見て。私も母を幼い頃に亡くしているわ。何が起きたのか解らなかった。母が亡くなってもう戻ってこないと認識した日はわんわん、泣いてお父様やアルバンを困らせたわよ。あなたはそれが出来なかったのね。一人で抱えて、医術をこっそり習って備えていたのね。辛かったわね」
 抱き寄せられている体ごと手を回して慰めのハグをする。
「ゼルマは優しいね。でもこんな夜にハグをするもんじゃない。俺だって男だよ」
「そーいう、あなたも慰めに肩を抱き寄せているじゃないの」
 そう指摘すると、いや、まぁ、そうだけど、と非常に歯切れの悪い答えが返ってきた。
「理性の範疇外、ってやつだ」
「じゃ、私も理性の範疇外、っと」
「そんなことをいってるとちゅーするよ」
 その言葉に反応してざっと離れる。それをウルガーは笑う。
「ちゅーって言うから逃げるのに。でもあなたが笑っているのを見るのは嫌いじゃないわ」
「俺もだよ。早く、ちゅーと言わないでいい日が来るといいのに」
 んにゃ、と姫君らしからぬ否定の言葉をぞんざいに言う。
「絶対、毎日ちゅーって言って私を追いかけるわ」
「それがゼルマの望みなら、ね」
「私、あなたとちゅーごっこは好きよ。面白いもの。今日、エルノーに頼んで木のお盆を用意して貰ったわ」
 ほら、と暗闇でろくに見えないのにお盆を取り出す。
「お? エルノーもやるな。それローズウッドの木だよ。樹木言葉があってね。愛情、家庭円満の言葉があるんだ」
「家庭・・・円満って・・・。もうっ。エルノーは何を用意したのっ」
 明日の朝一番にとっちめてやろうと企みを始める。
「エルノーの事は明日。今は俺を見ていて」
 ささやかれて、不意に体が熱くなる。熱がでているのかしら? 思っているとまたウルガーが笑う。
「純情一本もこまったもんだね。君、子供産めるの?」
「産むって、コウノトリさんが運んでくるわよ。その内」
 その言葉にげらげら笑い始めるウルガー。なんでそんなに笑うのよっ。ウルガーは腹を抱えて笑っている。そして言う。
「ゼルマ。君は最強の妻になる。俺はそれが誇らしいよ」
「最強ってどこかの魔物じゃないんだからやめてよね」
「いーや。俺の奥さんは最強だ。ずっと言って回る」
「色ボケ」
 ぽすっとクッションを投げる。枕投げならぬクッション投げが始まった。


あとがき

うまい具合に切り取ったもんだな、と自分で読み直して思います。まぁ、一区切りになる感じでまとめてはいるのですが。多少、誤字なおして訂正加えてあります。そして樹木言葉で知った言葉が早速でてます。この言葉で何か物語が書けないかと思ったのですが、恋につかえるものが余りにも少なくて断念。こちらに少しだけ出ています。これからまだまだいろいろハプニングが。ここらで終わるかと婚礼の品まで用意したのに……。創作の神様はこれでは終わらせてくれませんでした。それにこの後にで来るお兄様方もいろいろあって。スピンオフストーリーまで出てくるという。まぁ。二十歳のウルガーさんなので不満が募っていたようです。おかげでゼルマは大変なことに。でもお手つきにはながーい話の間にもないのです。我慢してるウルガーさん。また婚礼が延びた、と常々言っているという。これが口癖。あとは「ちゅー」のみ。この後一波乱来るはずです。その前にフローラの話かしらね。ここまで読んで下さってありがとうございました。次話をお楽しみにしていてください。駄文ですが。

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