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【再掲連載小説】ファンタジー恋愛小説:気づいたら自分の小説の中で訳あり姫君になっていました (7)再編集版

前話

 私は徹底抗戦を始めた。文字通り食事を取らないストライキを始めたのだ。
 だれが、あんなヤツと結婚なんか。
 喪が明けると待っている婚礼にもかかわらず、私はまだ意固地に思っていた。もう。闇の目は見たくない。苦しくなる。治してあげたいのにそれすらできない。ただ。相手の苦しむ様子を見てるだけなんて・・・。
 気づいたら泣いていた。そんな私にウルガーが扉の向こうから声をかける。
「ゼルマ。それじゃ。父君の望んだことは叶わないよ」
「お父様が何を望んだというのっ!」
「父君はそんな君を見ても安らかに眠れない。母君と一緒に眠らせてあげないと。俺と結婚がいやなら契約結婚でもいい。華の宮でそっと暮らせばいいから。とにかく、物を食べてくれ。君の命まで消えてしまう」
 最期は苦悶の声だった。とっさに立って、船室の扉を開けかけて止まる。
 開けてなんになるの? 何か出来るの?
 自分に向けた問いの答えは否定だった。
 私はウルガーにふさわしくない。もっと心優しい姫と結ばれるべきなのだ。闇をも愛せる人と。でも、それまでウルガーは大丈夫なのかしら。借りにだけでも側にいてあげなくちゃ。なんとなく考えて扉をあける。ほっとした表情のウルガーがいた。
「話があるの。中に入って」
「ゼ・・・」
「いいから!」
 手を引いて中に入れる。
「あなたは闇を抱えている。私にはそれをほどけない。いやしてあげられない。何があったかも知らないでなにもできない。そんな自分がいやなの。だから・・・」
 大きく息を吸う。そして口を開く。
「あなたの闇を愛せる人ができるまで側にいるわ。でももし、そんな人が現われたら私をどこかに行かせて。あなたの元を去ることを許して。そうでないと今から海にとびこむわ」
「ゼルマ! ああ。俺が君を苦しめているんだね。すまない。そんなつもりはなかったのに」
 ウルガーは私を強く抱きしめる。君の性ではないのに、と何度も言う。
「あなたと結婚したらあなたの闇も私の闇と同じよ。それを癒やせるのは別の誰か、なの。私では力不足なのよ・・・。お願い抱きしめないで。甘えてしまう。愛されてないのに錯覚してしまう」
 私は離れようとした。でもウルガーは腕をほどかない。
「ウルガー! 今すぐ離して!」
 嫌だ! とまた苦しげな声を上げる。どうすればいいの? このちぐはくになってしまった関係は・・・。
「俺が悪かった。君に闇を見せるだけ見せて関係ないように遠ざけていた。話すよ。全てを。華の宮で全てを話す。だから死なないでくれ。お願いだ。俺のゼルマ。君だけなんだ。俺の闇を救おうとして苦しんでいる人間は。そんな大切な人の手を離せばもっと後悔する。だから。だから・・・」
 ウルガーは声を震わせていた。泣いていた。滴が頬にかかる。
「ウルガー。泣かないで。ごめんなさい。私が悪かったわ」
「君は一片たりとも悪くない! 悪いのは俺だ。もう、君に隠すのは止める。だから、結婚してくれ。俺の闇ごと一緒に」
 信じられない想いだった。闇ごと結婚してくれ、なんてプロポーズは初めてだった。だけど、私はその言葉で十分だった。
「わかった。結婚するわ。だから闇を私にも背負わせて。お願いだから。苦しむウルガーを見るのはもう嫌なのよ。見るぐらいならどこかで農業でもしてその辺で生きていきたいのよ」
「ゼルマ・・・。君を愛している。結婚してくれ」
 ウルガーは少し私を離すと真剣な顔でそう告げた。
「私もよ。あなたを愛しているわ」
 初めて気持ちが通じた時だった。

船がもうすぐ港に着く、と言う所なのに、ウルガーは私を甲板に引き上げた。
「君に見せたいものがあるんだ。我が国の平和のシンボル、シロイルカだよ」
 あらまぁ、と驚いた。顔の上部が少し突き出た真っ白なイルカが群れを成して泳いでいた。
「イルカが白い・・・」
 今までの常識ががらがら崩れていく。
「忘れていたわ」
 私は言う。
「あなたの国は私の国のはるか上を行くのだったと」
「綺麗だろう? いつもゼルマのようだ、と思うんだ」
 青年らしく言うウルガーが眩しかった。私の方が闇を持っているのかしら。
「何を考え込んでいるんだい。もう少しでこの子達ともお別れだ。しっかり見ていてくれ。この子たちは俺のお気に入りの子達なんだ。国の船に乗ればかならず現われてくれるんだ。幼い頃からの付き合いの長い子達だよ」
 嬉しそうに言う、ウルガーの顔を見られて私は十分だった。あの日、全てを話すと言ってくれてからまるで憑き物が落ちたみたいに明るくなった。最初は無理でもしてるんじゃないかと思ったけれど本心からのよう。私が知りたい、と言ったことで彼の負担が少し軽減したようだった。あの暗い目はどこかへとんで行っていた。
「バイバイー」
 私も陽気にイルカたちに手を振る。視線を感じて見るとウルガーが嬉しそうに見つめていた。
「久しぶりだ。こんなに明るいゼルマは。笑ってるんだね」
「えっ」
 思わず両頬を触る。
「いいじゃないか。ゼルマが笑うと俺もうれしい」
「その言葉、そっくりあなたに返すわよ」
 そう言って私は下船の準備を始めたのだった。
 船から下りて王宮に向かう。また遺骨箱と遺髪と遺書が私達の手元にあった。さすがに、このときは浮かれていられない。悲しみが襲ってくる。
「婚礼は、喪があけてもしばらく行わないから。悲しみはそう簡単に癒やせない。そう。誰の悲しみも。それは自分で超えていくしかないんだ。俺も」
「ウルガー」
 少し、暗い目をしていた。でもそこには救いがあると言っていた。
「少し前とは違う目ね」
「君だよ。ゼルマ。君の愛が俺の闇を軽くしてくれた。もうすぐそれも癒やされるよ。全てを話して一緒に抱えればきっと君の光で消えるよ。君はいつだって光っていた。あの舞踏会の時だって。そんな純粋な光を持つ女の子だったから好きになったんだ。って。色ボケしすぎてるな。俺」
 ぽりぽりと頭をかく。
「暗い目をしてるよりは色ボケしてる方がましよ」
「じゃ、ちゅー」
 ウルガーが隣に座ってちゅーを迫る。私は今度はウルガーが座っていた方の席に座ってウルガーは席とちゅーをする。それがおかしくてころころ笑う。
「笑った」
「笑うだけで何よ」
 つん、とツンデレをして見るけれど意味はなかった。だって、私はウルガーに恋をしていた。彼の瞳に心は奪われていた。恋に浮かれるってこういうことなのね。そんな事を思いながらの華の宮への帰宅だった。
華の宮へたどり着いた。私はフローラやアーダが出迎えてくれているとみただけでぼたぼた涙がこぼれた。とん、とウルガーが背中を押す。
「思いっきり泣いておいで。俺は父達に報告に行ってくる。父君と母君の墓をこの王宮の中にいれたいとも話してくるよ」
「ウルガー!」
 また、世界を拒絶する背中をしていた。誰かがきっと亡くなった。そう思った。ウルガーの心に深い傷を負わせた。涙を拭いてアーダ達に近づく。
「大丈夫よ。安心して涙が止まらなくなったの。お父様の遺骨とお母様の遺髪をこの国に埋葬する許可を取りにウルガーは行ってくれたわ。なんて優しい人なんでしょうね」
「そうですとも。王太子様はそれは心の優しいお方ですよ。さぁ、体が冷えます。早く宮に」
「ええ」
 私達は宮の中に入った。入り組んだ構造でもどこにどんな部屋があるかわかっていた。キンモクセイの宮に戻ると愛犬のヘレーネが飛びかかってきた。
「もう。しっかりお利口にしてた。ヘレーネ。お母様達があなたに会いたがっているわよ。ほら。お父様も帰ってきたの。お母様が私の嫁ぐ地で埋葬して欲しいって遺言してくれていたの。だからヘレーネもちゃんとお墓参りしてよ」
 そう言って中に入ると遺骨達を置く。
「姫様、これはお隣の父君の部屋にお戻しになってもいいのでは?」
「そうね。住み慣れた部屋がいいわね。行くわよ。ヘレーネ」
「ってどうやって全部持っていくの?」
「ウルガー! なんて速さで帰ってくるの!」
 びっくりして目が大きく開く。その頬に手をやるとウルガーは言う。
「可愛い目だね。ゼルマはびっくりするとそんなに目を丸くするんだ。と、ちゅー」
「いたしません」
 すっと避けると持っていた物が落ちかける。
「おっと」
「落ちないで」
 二人で同時にキャッチする。二人で顔を見合わせると笑い合う。
「お似合いみたいだね。俺たちは」
「だといいわね」
 そうして二人で隣の部屋に行く。アルバンが待っていた。
「アルバン! お父様が帰ってきたわよ。ほら。お母様の遺髪と」
「おお、旦那様。奥方様、お久しゅうござます」
 母の遺髪を大事そうに持つ。そこにまるで母がいるようだった。
「アルバンはずっとお父様の側にいたからお母様の事もよく知ってるのね」
「はい。奥方様はくれぐれも姫を、と何度も申されておりました。帰ってこられてほっとしております」
「そう・・・」
 また不意に涙が出る。
「姫!」
 アルバンが慌てる。
「大丈夫。時々、何でもないときに涙が出るの。どうしてかしらね」
「きっと、悲しんでいいんだって思えるようになったんだよ」
 ウルガーが涙をすくってくれる。わっと泣き出したい衝動に駆られる。ウルガーが頭を引き寄せる。また、私は泣き出したのだった。そしてここが私の一生の住まいだと思い直していた。


あとがき
結構センシティブな話題ですけど、最初はここを目的地にしてさっさと結婚するだろうと思っていたら……。まだまだ話が続く。あれやこれやとイレギュラーな出来事に見舞われて。ウルガー様はまだ婚礼お預けです。150話以上になっても。これが何年経ってるのかわかりません。ウルガーを二十歳と設定してましたが。あとの話でかなり若返った記憶が……。訂正せねば。改稿も考えていますが。膨大すぎて無理です。今頃更新なので目にとまるかどうかもわかりませんが。いろいろあって。それはまた遅刻報告にて。とりあえず、次行きます。こここまで読んで下さってありがとうございました。

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