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撮影現場の食事係(crafty)事情

※去年、2019年に参加した現場での体験録です。


『はーい、本番行くよ〜。Quiet on set!!』

僕は洗いかけの包丁を置いて、水道を止めた。

『Dumbuldore, Take 3』

パチッ!

周りがおお〜っとどよめく。ハリーポッター好きのACのカチンコのシーンナンバーは毎回ちょっとスタッフの楽しみになっていた。彼は今回の編集もするのだから、誰も文句も言わない。

どよめきが止むと、僕は洗面台につかまり、ジッとする。

静粛。針を落としても聞こえるとはこのことだ。

『Aaaaand, action!!』

俳優二人が荒げる声。お椀が落ちる音。ドガドガと革靴が歩き回り、ドアが勢いよく閉まる。

静粛。

『。。。。。オッケー。カメラどうだった?僕は良いと思ったけど』

『私も良いと思った』

『ならよし!これで今日は終わり〜』

ふぅ〜っと緊張が溶ける。僕も直ぐに包丁を洗うのに取り掛かった。

今回の撮影現場は友達の映画の手伝い。撮影の手伝いと聞くと、照明の手伝いだったりと思われるかもしれないが、今回は食事係(現場ではcrafty)になっていた。

撮影は長期になると、食事が唯一の楽しみになる。なので食事はよく見過ごされるが、当日にはもっとも重宝される係になる。正直、撮影期間の全部で食事係になったのは初めてだ。

今日最後のシーンを終え、機材系のスタッフは片付けを始めた。今回の撮影現場は自分含めスタッフの寝床にもなっているため、大幅に片付けて貰わないといけない。学生の映画撮影ではよくあること。セットを作ってリアルを追求しても美術に金を大幅にかけてしまい、そして学生程度なクオリティしかどうも出せないので、Airbnbなどの民泊サービスで現場を見つけるのが主流だ。撮影現場&スタッフの宿泊場所も確保できて一石二鳥というわけだ。

そうドカドカと機材の片付けをしている中、僕はそれをすり抜け、濡らした布巾片手に唯一あるダイニングテーブルへ。さっきのシーンでも使用していたものだ。今はもう機材スタッフのものに埋め尽くされている。

『おーい、夕飯の準備したいからテーブル片付けてー。』

夕飯の言葉で、どこからともかく手の空いたスタッフが一斉にテーブルを片付けてくれた。ほかの現場では僕はあちらの立場だったんだよなぁ。

布巾で綺麗にテーブルを拭いたら、またキッチンに戻って料理の確認。炒めたひき肉やサラダ、チーズを盆にのせる。今夜はタコスバー。自分で自由にタコスを作れる、長い撮影だった今日への癒しのためにちょっと豪華にした。トッピングは食べる本人が選ぶので、ベジタリアンやアレルギー持ちの人でも対処ができるので、こういう形式は便利。

何人かに呼びかけて盆を運んでいって、流れを作るように順番も考えて設置。他にもサラダのドレッシングや飲み物、お皿やフォーク、コップ、塩胡椒にホットソース。後々から言われないように思いつく限りテーブルに。

こうやって夕飯の準備をしている間、誰一人として先に食べようとする人はいない。プロデューサーかADが許可を出すまで食べないのが現場のルールだ。もし先に食べて仕舞えば、周りから白い目で見られるし、何年経ってもその事でいじられるのが目に見えている。狭い映画業界ではこのような噂はよく広まるし、ルールを守らない奴というレッテルも貼られてもおかしくない。極めて上下関係、掟が厳しい業界だ。

『アレ、準備できた?』

『うん。食べ方の説明したらオッケー。』

『了解!はい、みんな〜。食べる前にアレの説明聞いて!』

食べ方の説明を終えても、まだ全員が自由に食事をできるわけではない。順番があるのだ。

プロの現場では順序が決まっている。まずはじめにディレクターとメインの俳優さん。それからAD、照明、その他のスタッフ、そしてPAやエキストラの順が基本。食事で上下関係がよく現れる。

でも、これは学生の撮影現場。俳優以外、自分も含めて一切給料を貰っていない。ディレクターもPAもほぼ上下関係がない。基本全員が友達。もしくは友達の友達。なので、食事の順序もほとんど決まっていない。

とりあえず、俳優さんから食事をとって貰って、あとは雪崩のようにほかのスタッフが食事をとるような形になった。撮影現場に行くと毎回よく見る光景だが、いつも「天空の城ラピュタ」でのドーラ一家の食事シーンを思い起こせる光景。僕は食事を作ったので先に食べるよう勧められたが、皿洗いを済ませたかったのとゆっくりタコスを作りたかったのもあって、最後に食事をとった。

食事終わりは自由時間。前日に買っておいたビールやワインを飲みながら一緒に話し合ったり、トランプをしたり、映画を見たり。田舎の現場だったので、夜空を眺めながら飲んだりもした。僕は翌日の朝、一番に目覚めて朝ごはんの支度をするので、ワインはグラス一杯分だけ貰って早めに寝付いた。


朝は寒さに目が覚めた。この時は5月。田舎の東海岸は予想以上の朝の冷え込みでびっくりした。朝の支度を済ませ、軋む階段をゆっくり降りてキッチンへ。スクランブルエッグとベーコンの調理準備を始める。

同じ時間帯に今回のディレクターも起きてきた。彼とは友達なので、この現場での上下関係はほぼない。でも、僕とは違って彼はカフェイン中毒レベルでコーヒー好きだ。彼と一緒に車で10分かけて朝のコーヒーを買ってくるのが日課になっていた。

コーヒーを買ってくると、ちょうど何人かがコーヒーの匂いにつられて起きてくる。その間に僕は朝ごはんの調理を済ませる。コーヒーを飲まない僕は、代わりにオレンジジュースを飲んで目を覚ました。

お盆に卵50個分のスクランブルエッグとベーコン4パック分をお盆にのせ、テーブルへ。大量のベーグルや食パンも置いて、あとはセルフサービス。朝食でこれら全部がおかわりを含め30分で消えるので、撮影現場には食欲の魔物が住んでいる気がしてならない。

朝食を終えると、みんな今日の撮影の準備へ。その間に僕は手伝いを加えての片付け。そして昼食の準備に取り掛かる。撮影が始まると、行なっていること全てを止めて息を殺さないといけない。これを、一日を繰り返していく。


食事係(crafty)はなるのによく嫌われるポジションだ。限られた予算でできる限り多彩なメニューを作り出さないといけないし、おやつも準備しなければならない。メニューも、毎日のスタッフの士気を上げるために当日順番を変えることもしばしばある。調理時間、撤収時間も撮影の邪魔にならないよう計算しなければならない。一番に起きて、仕事は一番最後に終えることも多い。撮影現場の精神的支柱となる意外と責任が重大でありながら、現場では中堅レベルのポジション。メリットよりデメリットが多いポジションだ。

だけど、その数少ないメリットの中でも食事係になって良かったと思えた。

もともと料理好きな自分にとって、調理は億劫にならなかった。それに加え一人暮らしな分、他に自分が作ったものを食べてもらえるのが珍しく、緊張はしたが嬉しかった。しかもどんなに大量に作っても全部食べて貰ってて、それも嬉しかった。メニューも当日でのお楽しみにしたかったので、出す直前にメニュー発表した時の楽しみになっているスタッフの反応も楽しい。スタッフも食事の大切さを知っているので、どんな小さなことをしても『ありがとう』と言ってくれるので、最初はびっくりしたが嬉しかった。

食事係は、かなりやりがいのあるポジションなのだ。


これから働く現場はプロの現場が多く、ケータリングが主流になってくるので、実際調理をする食事係になるのはこれからほとんどないだろう。でも、正直もう一回したいなぁ。映画現場専門の食事係になるのも、良いかもしれない。




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