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ALCOHOLIC HERO #3.

       3.覚醒


 病院のベッドの上で達也は目を覚ました。

「達也。」傍らで良悟が安心したように言った。

「良かったぁ!気が付いて。看護師さん呼んで来るね。」

良悟が丸椅子から立ち上がり廊下に出て行った。

ひどい頭痛に吐き気、目の奥までズシリとしたように痛い感じがする。

JR原宿駅のホームで電車に飛び込もうとした女の人を助けようとして、階段を駆け下りて、女性をホールドしたところまでは覚えているが、その後は記憶がない。

痛みに顔を歪めていると、看護師が入室して来て、バイタルをとった。

「ちょっと脈が速いかなぁ。先生呼んで来ます。」良悟が再び丸椅子に座って言った。

「CTは問題無かったよ。でも達也、思いっきり頭から倒れたから、脳震盪起こしたんだ。痙攣起こしたからさぁ。焦ったよ。電車に接触して勢いよく倒れちゃってさ。でも、頭打ってすぐの痙攣はそんなに心配いらないんだってさ。」良悟が口元を緩めて言った。

「・・・あの女の人は?」

「病院に一緒に来てたよ。自分が死のうかと思ったのに、何が起きたか分からなくて動揺してたけど。パニクってたけど、消えてたんだよ。」達也が良悟の方を見た。

「びっくりしたからかもしれないけど、死相が消えてたんだよ。どうしようどうしようって言ってたから、取り敢えず病院に付き添ってもらったんだ。もう夜遅いから祐介が送ってくれてる。」

「そっか・・・。」達也の声は蚊の鳴くような声である。

「あの時は勝手に体が動いたんだ。でも死にたかった人を助けて、俺は良いことしたのかな・・・。」

「何言ってんだよ。良いに決まってるじゃん。今回はグッドジョブだよ!だってさ、死相が消えたの僕はじめてだ。」良悟が少し興奮気味に言った。

「そっか・・・。」達也が目を閉じた。

頭が痛い。

「よお。帰ったぜ。」祐介が病室に入って来た。

「あ、祐介ありがと。彼女どうだった。」

「明日見舞いに来るってよ。なんかタクシーで泣いてたから俺は言ってやったのよ。」

「ん?」

「法華経を読めとな。」

「だから宗派違うでしょうって。」良悟が苦笑した。


 翌日の午後、達也は退院した。

午前中に藤田美和と言う達也が助けた女性が見舞いに来た。

美和は食事をちゃんとしているのかあやしいほどガリガリに痩せているが顔は丸顔でポパイに出て来るオリーブのようなチャーミングな女性だった。

どうして自分が電車に飛び込もうとしたことが分かったかを達也に聞いて来た。達也自身もなぜだかよく分からなかったが、とにかく助けなければという一心だったことを彼女に伝えた。

美和はなぜ自分が死のうと思ったのかを達也に長々と話した。

途中から、涙を流しながら途切れ途切れにかすれた声になっていった。

達也にも分からないでもない心情であった。

美和が話終わってから、泣き顔の美和に達也が言った。

「分かるよ。俺も同じだよ。」言って、自分のリストカットの跡を美和に見せた。

「でもさ、せっかく助かった命なんだからさ、どうか生きててよ。俺も頑張るからさ。それに君に死なないでいて欲しい人がたくさんいるんじゃないかな。」

美和は納得したようなしないような感じの表情をしたがこくりと頷いた。

「明石家さんまさんが生きてるだけでまるもうけっていつも言ってるよね。それに恥ずかしくないから、辛かったら、親でも友達でも、いなければ病院とか、自助グループとか頼っても良いんじゃないかな。せっかく助かったんだからさ、大事にして。」達也は自分で良く言うよと自身に突っ込みが入れたくなった。

しかし、美和に言いながら、何だか自分も励まされて行くような感覚になった。

「生きてるだけでまるもうけ、とか忘れてた。メモってたけど、それすら見てなかったな・・・。」

不思議と気持ちが高揚し、幸せな感覚が湧いて来た。こんなことは何年ぶりだろう。

美和の置いて行ったかわいいラッピングの焼菓子のギフトにはメッセージカードが付いていた。

「早く元気になってください。ありがとうございました。」


 病院には祐介が自家用車で迎えに来てくれた。祐介は自営業のようなものなので、平日に割合に時間が作れるらしい。

頭を打っているので2、3日様子を見るように医師から言われている。運動や入浴、そして飲酒はしないよう指示を受けた。

何よりも飲酒しないことに関して自信がなかったが、美和の命が助かったことに対して、不思議に幸福感が続いている。

祐介の車が達也のマンションとは違う方向に曲がった。

「あれ?どこ行くんだ?」達也が尋ねると

「お前、1人じゃ飲んじまうだろ。3日くらい家にいろ。実家帰ってもおふくろさん調子悪いんだろ。」

祐介の自宅は住宅地の中にあるが、周りの家と少し雰囲気が違う。

地下室のあるような立派な感じの家である。祐介の父親が住職を務める寺院はそこから徒歩で5分ほどの場所にある。祐介が車庫に車を入れる前に達也を降ろして車庫入れしている。頭は相変わらず痛いが、高揚感は続いている。

気分が良いので3日くらいは酒も我慢できそうな気がした。

祐介が達也の荷物を降ろし、達也の元にやって来た。

「仕事終わってから良悟も来るってよ。」言いながら、二人は祐介の邸宅の門を開けて庭に入った。

庭木が綺麗に剪定されている。玄関を入ると祐介の母親が迎え入れてくれた。

「たっちゃん。しばらくね。大変だったわね。」祐介の母親は小学校のスポーツ少年団の頃からよく知っている。

「どうも。おばさんもお元気そうですね。」

「お陰様でね。お母さんどう?」

「あまり元気がないみたいです。父の時はありがとうございました。」

「もう1年経つわね。美佳ちゃんがお母さんといるんでしょう?だったら安心だわね。」

「そうですね。」達也は笑顔を作った。

父親の葬儀では、母が喪主を務めたが、かなり憔悴していたため、美佳がテキパキと動いていた。

「達也、上がって休め。頭打ってんだからな。」

先に荷物を置きに入った祐介が達也に声をかけた。達也はスニーカーを脱いで玄関を上がった。


 8畳ほどの和室に布団が敷いてあり、隅に座卓が置いてある。祐介の母親が準備してくれたのであろう。座卓の脇に達也の荷物が置いてある。


 祐介がペットボトルのジュースを持って来た。

「横になるか?」

「いや、そこのとこで良いや。」達也は座卓の座布団に腰かけた。

祐介がペットボトルを達也の前に置いて向かいに座った。

「お前なんか今日良い顔してるぜ。ガキの頃思い出すわ。」祐介がペットボトルのフタを開けながら言った。

「そお?でも実はそうなんだ。久しぶりに気分が良いんだよ。」達也もペットボトルのフタを開けた。

「そうそう!ライブどうだった?」

「めちゃくちゃ良かったよ。久しぶりにテンション上がった。」

「だろぉ。音楽は世界を救うんだ。俺はこんなとこで檀家の悩み相談してる場合じゃねーんだよ。早くメジャーデビューしたいと思ってる。」

「できるよ。祐介なら。」達也が飲みながら言った。

「お前さ、声ってリハビリで何とかならねーのか?」

「考えたことないな。でも塾の授業のときに後ろの子が聞こえにくいみたいだけど・・・。でもこの仕事ずっとやるか分からないし。マイク使えば何とかなるし。」

「俺はまたお前に歌ってもらいたいとずっと思ってるぜ。」

「無理だよ。精神的に多分耐えられない。俺の声はもうこれで良いんだよ。」達也が苦笑して言った。

「祐介。良悟くん来てくれたわよ。」祐介の母親が襖を空けて声をかけて来た。

続いて良悟が部屋に入って来た。

「達也!退院おめでと。あの女の人はお見舞いに来たの?」良悟がお誕生日席のところに座って言った。

「うん。何だかさ、自分のこと、俺に色々話して言ったよ。分からないけどさ。あの人もう大丈夫な気がする。」

「だと思うよ。僕が今まで死相を見た人は必ず亡くなってるんだ。僕は何とかしたくて臨床心理士になったけど、病院に通院してる患者は意外と死相が出てるケースは少ないって、仕事してて気が付いたんだ。それに、病院に死相を浮かべた人が来たとして、僕がいくら命を絶たないでと伝えたところで、疑われたり、逆にプレッシャーかけてるかもって考えることすらあるんだ。だから、今回のことでは僕、怪我した達也には悪いけど、興奮したんだ。」良悟が人懐っこい笑顔で言った。


「僕はさ、死ぬ人が分かってもその人がいつ亡くなるのかまでは分からない。分かるのはその人が決めてるかどうかってことだけなんだ。達也はあの時、なんであの人が電車に飛び込むって分かったの?」

「彼女の思考が俺の中に入って来た気がしたんだよね。」達也があの時の感覚を話した。

「このまま電車に飛び込もうって。それが下りて来た瞬間に勝手に体が動いたって言うか・・。何かに体が動かされた感じがした。」達也が少し難しい顔で言った。

「何だそりぁ?何かがひょう依したってか?シャーマンみてーだな。」へぇと言う顔で祐介が言った。

「妄想性障害のスコアが高い人がよくそんな訴えするけど・・・。」

「え?達也の病気の症状?!」祐介がはぁという顔で言った。

達也の口も半開きで良悟を見ている。

「統合失調症とか双極性障害の人とか精神障害でも妄想性障害の人がそんなこと言って訳分からない行動起こすことがあるね。ただそれは支離滅裂で現実離れしてて常識を外れた行動を起こすことが多いんだ。」

「達也が川飛び込んだり、家燃やしたりしたヤツか?」

「もうそれは言わないでくれー!」達也が耳を塞いで顔をしかめた。

「微妙に違う気がするな。鑑別は難しいけど、今回に関しては、達也はすごく適切な判断で行動しているんだよ。僕が10年以上どうすることもできなかったことを達也はやってのけたんだ。」良悟は力強くガッツポーズをした。

「でも、まぐれかもしれねーぜ?」

「あのタイミングで達也が動かなかったら、彼女は間違いなく亡くなってたよ。山手線が止まって大混乱だった。僕はあれがまぐれだとはとても思えない。達也、お前すごいヤツかも!」良悟が子供のような顔で笑った。

「でも、マジでまぐれかもよ。俺思いっきり精神障碍者だし。」達也が自信無さそうに笑ってみせた。

「達也はさ、あの人が助かってどう思ったのさ?!」良悟がいつになく興奮して聞いてきた。

「いや・・・。嬉しかったよ。」

「でしょう!これから僕らは死にたいくらい辛い人たちを助けて行くんだ!それに達也、依存症の克服は誰かに助けてもらうこと。そして自分も人のことを助けるんだ。それで自分の心が助かって行って、依存症からの克服が訪れる!達也、もう苦しい人生から脱却できるかもしれない!!」

「それどころか、お前は命を救うヒーローだ!」良悟が段々興奮して来ている。

「俺が命を救う・・・?」

達也の荷物の紙袋から藤田美和にもらった焼き菓子とメッセージカードがのぞいている。



「早く元気になってください。ありがとうございました。」



#3.END

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