犯人はタケダ

食べ物の恨みって怖いよね

自然が織りなす絶景を一望しながら私はまたがっていたホウキから「とうっ」飛び降りて体操選手のように「ほっ」華麗なる着地を決めた。数分後の待ち合わせ時間に現れた依頼人と合流し、巨大な門を通り過ぎると、よく手入れのいき届いた庭園にそびえ立つ屋敷は亡霊の住み処のごとき異様な雰囲気を漂わせていた。高い木々が生い茂り日光の直射を遮る閉塞的な領域で、私は歩きながらただならぬ不気味な視線を感じた。2階の窓を見据えていると、部外者の進入を歓迎せぬであろう者のその影は紛れ込むように潜り込むように闇へと同化し消えていった。「こちらになります」私はいざなわれるがままに迷宮への入口であろう扉の向こうへと足を踏み入れた。二度と同じカタチには直せない、平穏を取り戻す、そのために。

少女が行方不明になってから3日目の午後、屋敷の広場には8人の関係者が集められた。この屋敷のアルジであるタケダとその両親と妻、仕事の都合で長期滞在中の弟夫婦に屋敷の執事、そして、この私である。戸惑うような表情のまま、執事は唯一である屋敷の部外者の私に対して疑問を投げかけてきた。「あなたはいったい……?」体型はふくよか、職種に適した穏やかそうな印象だ。

自己紹介を始めようとしたその矢先に屋敷のアルジがその代役を買って出てくれた。「彼はこの事件を解決してもらうために私が依頼した探偵の方だ」周囲に過度な不安を与えまいと無理して冷静を装うているのは明白である。もしも彼が犯人ならば、今は多重の別人格と考えるのはいきすぎた推測か。「娘は無事なんでしょうか?」いても立ってもいられない思いを空回りさせながら、この直前まで屋敷中を探し回っていた、涙目で声を震わす姿から内面の誠実さが、よく滲み出ている奥様。アルジに委ねられた統率力と決断力の資質が備わっていれば、誰もが認める人格者たる実像になりえたのかもしれない。

「探偵さん、早く事件を解決してあの娘の元気な姿を私たちに見せてちょうだい」妻の言葉に何度でも頷いてみせていた気弱そうなその夫は「ちょっと手洗い」と、この場から一時的に姿を消した。身体のラインを際立たせる薄い生地のワンピースをまとい、ただならぬ妖艶さを醸し出している言葉の主であるその妻の姿を、私はなるべく視界の外に追いやろうと心がけた。それを罪だと知りつつも、甘い誘惑に負けてしまい………………ゆるみそうになる口元を「ごめん、我慢できなかったんだ」今はその時ではないと「大丈夫よ、あなた」強く気持ちと引き締めた。孫の無事を心より祈り続ける、その思いが届くのであれば自らの犠牲も厭わないかのごときアルジの両親は、約束の時間をわずかに過ぎてから二人揃って最後に、この場所に現れた。望まぬ運命が訪れぬようにとの思いに微塵の偽りもないだろう。

警察に通報したら少女はただではおかない……。そのメッセージは届いた直後に本来ならば屋敷のアルジだけが知りえたはずであった。一時的な錯綜が伴ったが段階的に開示されていった情報を今はここに集められたすべての者が共有している。「…………以上が、これまでの詳細です」7人の集いし者の心の準備なるものが整ったころを見計らい、誰にも悟らせぬ私だけに「もうバレバレだよ」聞こえる声で「すぐに楽にしてあげる」迷宮の扉を開くがごとく私は「さあ極上の」私を「クライマックスへ」出口の光に導いた「飛び立とうか」

何かを放たんばかりの私の指の先の「犯人は」さらにその先へと視線は集められた、ただ一人の例外をのぞいては、いっときの気の迷いを暴走させてしまった籠の中の鳥に逃げ場などというものは存在しない、己をも欺かんとするその目の奥までもの穏やかな印象は不都合な流れを察知してか、いつの間にか無意識に剥がれ落ちて消えていた「あなたです」執事のシマムラよ。

「犯行の動機は復讐。少なからずその対象にダメージを与えるのが目的だった。あなたは断る事が苦手な押しに弱いがコマメで責任感があり信頼にたる気立てのいい友人のひとりに屋敷の事情をでっち上げてお嬢様の面倒をしばらくみてほしいと強引に頼み込んだ。お嬢様は今その方のおウチで過ごしておられます。心優しいその方の家族に手厚い待遇を受けており、お嬢様はこの3日間、大変ご満悦の様子です。証拠?あなたの友人がお嬢様を屋敷の裏道から自宅まで届けるまでのあいだに立ち寄った駐車場にコンビニに雑貨屋に花屋、遊園地に動物園に水族館に穴場のビーチ、青い渚で水遊び、白い浜辺でスイカ割り、ヤシの木のもと海の家、沈む夕日にさよならグッバイ、ドレスアップでアパレルショップ、ライトアップのレストラン、見渡す限りの素敵な夜景と、君の瞳と出会いに乾杯。すべての移動経路に存在する、すべての指紋、すべての防犯カメラの映像、この件に関するあなたと友人のすべての会話の録音、すべての文章でのやりとりの記録を入手してあります。どうやって?それは魔…………まぁ企業秘密です。以上、犯人であるという事実を裏付ける情報は出揃いました。この事件の犯行の物語はこれにて閉幕で異論はないでしょう。そしてシマムラさん、これより先にあなたに待ち受けているのは」小刻みに震えていた身体は完全に脱力してしまい「懺悔の時間です」膝から崩れ落ちる執事。

「探偵さん、調べて欲しい事があるんだ、どうか頼まれてくれないか?」「すまないが今回の件の依頼人はあなたではない。役目を終えた私は、すみやかに引き上げさせてもらうよ」重苦しい雰囲気の屋敷内から解き放たれると、私はしらじらしいほどに大げさな深呼吸をした。色とりどりの花咲く景色に目移りさせられながらも峠をくだっていると、道の外れから目線の位置にイバラのかたまりが飛び出していた。「あぶないなぁ、もう」私はこの場所での災いを懸念し、光の玉をあてがい生命のエネルギーを吹き込みオーヴァードーズさせることにより、その根元までもを枯らしておいた。強大な力がその上限を超越した時に、運命は、そのモノを破滅へといざなうだろう。

晴れ渡る空の下、心地よい風の吹く道の上、沸き上がった魂の叫びが響き渡る時「食後の楽しみにとっといたプリンぜんぶ食べたの誰じゃあぁぁぁっ!!」そこに宿りし狂気を受けた鳥たちは、木々よりいっせいに空へと羽ばたいた。こだまする声、その瞬間に彼が抱いた絶望は計り知れないものであった。屋敷内での重大な責務がそうさせたのか、あるいは……。そして規則的な反復のままに無情と遠ざかり消えてゆくのはサイレンの音。

峠のふもと近く、大自然の中で鳴り響いたのは、着信を告げる複雑だが緻密な計算に基づき構築された楽器の判別すらも不能な多重のエフェクトがかけられた機械音だった。「こちらアルチ、用件は?」「ボスがお呼びだ、ヤツらの不穏な挙動が確認されたようだ」「わかった、すぐに向かう」胸ポケットから乗り物を取り出すと「急ぎたいは急ぎたいが」直線的なスピードを優先させるためのバイクスタイルではなく小回りのきくスケボースタイルで風を切り裂いた「鳥さん、驚かせてごめんよ」私を待つ人のそのもとへと。

すべての謎が解けるころ、消滅する不可能の先で最後に残るのは如何なる奇妙な事であれど、いつでも真実それひとつ。数多の小説とは異をなすそのモノの正体に、私はあと何度、驚愕を覚えるのだろうか。綺麗な薔薇にはトゲがある。それを罪だと知りつつも、甘い誘惑に負けてしまい、禁断の果実に手を伸ばしてしまった


犯人はタケダ……











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