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月一度の伊東ゆき!50年ぶりの再会。

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98歳の母と69歳の弟が静岡県伊東市に住んでいる。伊豆高原だ。母は高齢だがいたって元気だ。5年ぐらい前まではひとりで東京の病院に来ることもあった。さすが95歳を過ぎてからは足腰が弱っている。耳は補聴器がいるが頭はまだぜんぜんぼけていない。弟が若いころから障害を持っていたのでずっとふたりで暮らしている。今は介護があるので、日常のことは問題がないようだ。母はスーパーが好きだ。伊東で言えばスーパーアオキが、東京のスーパー成城のようなもので充実している。母はカートを押しながらいまでも1時間ぐらい買い物をする。かご3つがいっぱい。この母の気分転換のために月一通っているようなものだ。
昨日、母はうなぎを食べたいと言った。伊東のうなぎといえば、まといだ。残念ながら定休日。いつもの蕎麦屋に行くことにする。手打庵、桜木町通りだ。98歳の母は天重。半分ほどさきにパックに入れた。それにしてもよく食べられるものだ。僕は定番の、かつ丼。ここのカツ丼が大好きだ。肉が厚すぎず、バランスがいいい。とそこで、斜め前のビールを飲んでいる、少しこわもての男から声をかけられた。男二人づれ。
「あらおちゃん」でしょう。
男は名前を名乗ったが、良く聞こえなかった。顔に覚えがない。
彼の口から知り合いの名前がでてきた。
誰だ。この辺にもう15年住んでいるという。
僕は伊豆に来てもう30年近い。名刺をくれた。FBで友達だという。
あ、なんだ、よしたかか。大学時代の友人のガールフレンドの弟だ。歌が上手く、ギターがうまく。超不良だった。
家に戻ってからFBで確かめると、伊東に住んでいると書いてあった。そういえば以前読んだことがった。
それにしても50年ぶりの再会だ。
昔の面影がなかった。Barを経営している。
もっとはやく再開したかった。頻繁に伊東に通っていたいこともあったからだ。
最近はコロナで、うちの老人ふたりの住む家に
泊まることを控えているからいつも日帰りだ。

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写真は、50年ぶりに再会した友人が子供のころの写真。僕の作品のなかでも重要な写真だ。
1972年 
築地明石町の古い家の応接間に飾ってあった写真。この時、僕は22歳ぐらい、彼は18,9だったかな。彼のFacebookを見たら、前日に行きたかったうなぎ屋で食べていた。世の中狭い。

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