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【感想文】怪物 (是枝裕和、2023年)

日本ではとっくに公開済みですが、スウェーデンではやっと2023年年末に公開。日本への一時帰国もありなかなかタイミングが合わなかったのですが、やっとやっと観に行きました!

是枝監督は大好きな監督なのだけど、スウェーデンに来てから公開された作品は「真実」(フランス語、英語)と「ベイビー・ブローカー」(韓国語)だったので、初・是枝作品 in スウェーデンでした。


あらすじ

とある街で起きた雑居ビル火災から始まるひとつの物語。シングルマザーの沙織(安藤サクラ)、息子の湊(黒川想矢)、湊の担任の保利(永山瑛太)の3人の視点から描かれ、真実が浮き上がる。

夫を亡くし、ひとりで息子の湊を育てる沙織。泥だらけで帰ってきたり、見知らぬケガをしていたり、不穏なことを聞く息子の様子から、湊が学校でいじめられているのではと懸念を抱く。小学校へ通い、解決を求めるが、学校は責任を逃れるような態度を取り続け、まるで他人事のように振舞う校長(田中裕子)や不遜な態度をとる担任教師の保利に憤りを感じる。

この出来事が保利の視点、湊の視線で語られ、真実にたどり着く。そしてある台風が迫る日に、ある出来事が起こる。

感想 (ネタバレあり)

安藤サクラ、永山瑛太、田中裕子という演技力バッキバキの布陣。
ひくほど上手いんだろうな、と思ったらドン引きレベルにむちゃくちゃ引き込まれる演技でした。

息子を心配する気持ちを隠そうと無理矢理明るく振舞うのに、不安や困惑を隠しきれない空気とか、息子を守ろうとして狂暴化する母性とか、安藤サクラは本当に繊細で複雑な人間の心理を自然に表現するのが本当に本当にうまい。すごく説得力のある表現だなと思う。

いい人なのに一歩間違うと「何考えているかわからない気味悪い人」という役柄にはピッタリの瑛太(芸名変えたんですね)。沙織から見た保利像が、保利視点になった時にガラっと違う人物に見える。でも沙織からの視点も一貫して説得力があるのがすごい。違う人間性を持った人物に見えるのに、一貫している。さすがです。

田中裕子は言わずもがな。樹木希林的な役割と言いますか、存在するだけでストーリーが締まるし、重厚感が出る。沙織から触れられたくないことを凶器にぐいぐいと詰められるシーンは2人の演技力が高すぎてバチバチ火花が見えた。

是枝監督は相変わらず人間、特に女の根底にある嫌な部分をさりげなく提示してくる天才。上記の校長をとある噂でぐりぐりと傷に塩を塗り込むような沙織の攻撃とか、もう… 人間の凶暴性を静かに描くのが本当にうまいですよね。そしてそれを見るたびに自分のイヤな部分に気づいちゃうのですごく暗い気分になるんです。本当にすごい観察眼の持ち主だと思います。私は常々、是枝監督は「女の目」を持っている人だな、と思っているのですが、今回でさらにそれが裏付けられたと思っています。

誰かにしか手に入らないものは幸せって言わない
誰でも手に入るものを幸せって言うの

是枝/坂元 映画「怪物」より

この台詞はこの映画の最大のハイライトのひとつで、多くの観客が覚えている台詞でしょう。
私はこの台詞に対して2通りの解釈が思い浮かびました。

  1. だから人は幸せになれる

  2. (誰かにしか手に入らない幸せを追っているの)だから幸せになんてなれない

湊のことを思うと、もちろんポジティブな「だからあなたも幸せになれるはずよ」という意味だといいな、と思いつつも、個人的にどうしてもネガティブな解釈に心が引っ張られてしまう。
これを言われた後の湊の表情は少し晴れやかな感じが私にはしたから、この言葉が湊にとって励ましの言葉になっていたらいいなと思います。

そして結末。
私は「あれ、ストーリーが繋がらないな」と思いつつも、あれを現実だと思って捉えていました。「早くお母さんと先生に会えるといいね」って。
で、他の人の感想を探していたら、「あれ、私の解釈、違うんじゃ…?」と思い始め…
いや、そうよね、現実的じゃないもんね。
自分の読み取る力の低さと、大多数の解釈が本当だった場合の悲劇にものすごくショックを受け…
そうだったとしても、私はあの最後のシーンを見て、2人がキラキラしていて、「ああ、よかったね」って思えたんだよね。
どんな結末であっても、子どもが子どもでいられて、自分の気持ちに正直でいられる姿が一番いいな、と思いました。

そう言えば、今回はあまり食べ物が出てきませんでしたね。
是枝作品のご飯シーンって毎回すごく美味しそうで、観た後 必ず映画に出てくるご飯が食べたくなってたんです。
『海よりもまだ深く』はカレーうどん、『万引き家族』はカップラーメンとコロッケ、ゆでトウモロコシとか。

雑記

どうでもいいけど、最近『ブラッシュアップライフ』を観たばかりだったので、野呂佳代ちゃんが出てきたり、サクラちゃんが「生まれ変わったら…」という話をしていてふふふって思いました。

そしてこれはスウェーデン語字幕のお話。
冒頭の火事を見つけた沙織が湊を呼ぶシーンですが、どちらも沙織の台詞のはずなのに2人話者の表記になっていた気がするんですよね…
- 湊!
- わー燃えてる
みたいな。
これ、間違えだと思うんだけどなぁ…スウェーデン語の字幕ルールでも同じ話者ならハイフンなしのはず…スウェーデンの配給会社に渡している英語字幕が間違えているんじゃないかな…だとしたらカンヌで上映したフランス語字幕は大丈夫かな、とか考えてしまった。

/10
さすがの是枝節。楽しみにしていた坂元裕二脚本とのケミストリーも最高。

作品情報

監督・編集:是枝裕和
脚本:坂元裕二
音楽:坂本龍一
キャスト:安藤サクラ 永山瑛太 黒川想矢 柊木陽太 高畑充希 角田晃広 中村獅童 田中裕子
2023年製作/125分/G/日本
配給:東宝、ギャガ
劇場公開日:2023年6月2日
スウェーデン配給:TriArt、2023年12月22日公開
賞実績:第76回カンヌ国際映画祭 脚本賞、クィア・パルム賞受賞
公式HP: https://gaga.ne.jp/kaibutsu-movie/

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