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"吸血鬼の代理戦争" Vampire Weekend(ヴァンパイア・ウィークエンド)『Only God Was Above Us』レビュー

・総評

2024年4月5日にリリースされた通算5作目となるニューアルバム『Only God Was Above Us』は、バンド内でソングライターを務めるEzra KoenigとRostam Batmanglijのタッグによる創造性が頂点に到達した最高傑作『Modern Vampires of the City』に並ぶ非常に素晴らしい作品です。

Grateful DeadやPhishなどアメリカの代表的なジャム・バンドからの影響とアメリカーナに傾倒し、中心人物であるEzra Koenigのソロ・プロジェクトと言っても差し支えなかった前作『Father of the Bride』から5年の月日を経てリリースされた5thアルバム『Only God Was Above Us』、ベーシストのChris BaioとドラマーのChris Tomsonと共に3人組ロック・バンドとして体制を新たにし、世間一般の人々が想像する"Vampire Weekendらしいサウンド"を敢えて意識して制作し提示してきています。

それは多用される過去作のセルフオマージュや、バンドの音楽性である「アフロ・ポップ+ヨーロピアン・クラシック+パンキッシュなインディ・ロック(+ Discovery,2ndからのエレクトロニカ)」に回帰した初期3作の総決算を思わせる内容からも窺い知ることが出来ます、ただし単なる原点回帰では終わらないところこそVampire Weekendが凡百のバンドと一線を画す点でもありますね。

今作『Only God Was Above Us』最大の特筆するべき点としては、Vampire Weekendが自分達の音楽性を再度提示すると同時に、先行シングル"Capricorn"での美しいピアノ・アルペジオを覆い尽くすラウド・ノイズの轟音や、"Gen-X Cops"での稲妻のような金属音を炸裂させるエレキ・ギターからも分かるように、これまでのバンドに対するステレオタイプなイメージとは掛け離れた音色も巧みに取り入れたことだろう、Sonic Youth、Pixies、Dinosaur Jr.や今作のインスピレーションが"20世紀のニューヨーク"から受けたことを考えればThe Velvet Undergroundの2ndアルバム『White Light/White Heat』または"Sister Ray"なども当然参照元にあるのかもしれません、往年のUSオルタナティブ・ロック/インディ・ロックにとっては馴染み深い音ではありますがVampire Weekendの楽曲から実際に聴こえてくると素直に驚かされました。
音楽メディアTURNではライターの髙橋翔哉氏が、このアルバムをポストパンク・レコードと定義されています。

軽快/穏やかなメロディに比重が置かれた今作において、このノイズ/不協和音によって楽曲に生み出される"不穏"や"重さ"は、楽曲を過度に耳障りの良いポップスにさせずシリアスなテーマに説得力を持たせていますね、衰える事を知らないEzra Koenigの目覚ましいソングライティングとAriel Rechtshaidによる細部まで拘り抜かれた緻密な楽曲アレンジ、この芸術性と大衆性を両立させた優れたバランス感覚は見事としか言いようがありません。

今作『Only God Was Above Us』の根幹的なテーマは"戦争"と"他者との繋がり"の2つだと考えています、歌詞の大部分は2019年〜2020年の間に書き上げられていたようですが、現在でも続くロシアによるウクライナ侵略やイスラエルによるガザ大量虐殺も示唆する内容となっている、また今作では武力的な衝突だけではなく世代間・人種間・階級など様々な対立による"戦争"が歌われています、また歌詞内には"柱"・"電話"・"送電網"・"ケーブル"など"他者との繋がり/関係性"のメタファーが数多く登場しそれぞれの状態が語り手の状態を表現しているのでしょう、2013年にリリースされた3rdアルバム『Modern Vampires of the City』同様、誠実とシニカルな表現を交えながら暗澹としたシリアスなテーマを作品通して描き切っています。

・各楽曲レビュー


1."Ice Cream Piano"

「この戦争に勝ちたくないんだろう」
「君は平和を望んでいないから」

緊張感に満ちた静かな始まりから、中盤のドラム/エレキ・ギターの爆発を皮切りに勢いよくアンサンブルが傾れ込むアルバムの開幕に相応しい楽曲ですね、"Piano"はイタリア語で"柔らかく"の意味ですので、タイトルの"Ice Cream Piano"は"I Scream Piano"の言葉遊びとなっております。

2."Classical"

「壁は崩れるのだと私は知っている、小屋は揺れ、
橋は燃え上がり、身体は壊れていく」


アコースティック・ギターの主導する軽快なメロディとは裏腹にHenry Solomonによる不穏なブラス・セクションが特徴的な楽曲です、実際の事実に関係なく歴史は勝者によって記録され、どれだけ自然の摂理に反し残酷であろうと時が経てば"クラシック"となる、歌詞内でEzra Koenigは歴史を"殺伐とした夜明け"と表現されているのが印象に残ります。

3."Capricorn"

「若くして死ぬには年を取り過ぎていて」
「独りで生きるには若過ぎる」


『Only God Was Above Us』はどの楽曲も大変素晴らしいですが個人的にアルバムのハイライトが3曲あります、それが"The Surfer"と"Hope"、そしてこの"Capricorn"です。
先行シングルとして選出されたのも納得だと思います、これぞVampire Weekendと言える美しいピアノ・アルペジオに、その美しさを覆い尽くすラウド・ノイズの轟音は初めて聴いた時それはもう興奮しましたね、1stの"A-Punk"、2ndの"Giving Up the Gun"、3rdの"Step"と"Hannah Hunt"、4thの"This Life"に続きバンドの新たな代表曲と言っても差し支えないと思います。

4."Connect"

「私は知っている、1度失うと
2度と見つからないってことを」


デビューシングル"Mansard Roof"と同じドラム・パターンを取り入れことからも分かるように共通のテーマを扱っていますね、アメリカ音楽を作り上げた作曲家ジョージ・ガーシュウィンの楽曲を参照し、Ezra Koenigが「サイケデリック・ガーシュウィン」と語るように、目まぐるしい展開を見せるピアノが印象的な楽曲です。

5."Prep-School Gangsters"

「君の家系のどこかに
私にそっくりな人がいたんだ」


USニュー・ウェイヴを代表するロック・バンドThe Carsの代表曲"My Best Friend's Girl"と同じ印象的なリフで幕を開け、Blood OrangeことDev Hynesのドラムを楽曲の主軸に置き、狭い教育機関内で繰り広げられる階級/教育/人種間の戦争をテーマに据えた楽曲ですね、"Oxford Comma"のギターソロがアウトロに使用されているのも印象的です。

6."The Surfer"

「偽者の占い師が
運命によって憤慨させられている」

『Only God Was Above Us』の"Capricorn"に続く個人的ハイライトとなる楽曲です、バンドを脱退したRostam Batmanglijが残した楽曲をEzra Koenigが完成まで漕ぎ着けたようですが、正にVampire WeekendによるThe Beatlesの"A Day in the Life"と言っても良いでしょう、中盤のオマージュも素晴らしくEzraとRostamがLennon–McCartneyに通ずる突出したソングライターチームだったことが分かります。

7."Gen-X Cops"

「それぞれの世代が独自のやり方で謝罪をする」

稲妻のように鳴り響く金属音のエレキ・ギターが牽引するパンキッシュなロックソングですが、ピアノの装飾などVWらしさも損わない優雅さも感じる楽曲です、X世代とZ世代に挟まれた中間の視点から世代間の階級戦争をテーマに据えて歌われています、そしてこの楽曲はEzra KoenigとドラムのChris Tomsonによる共作です。

8."Mary Boone"

「劇場にいると静かな瞬間に
君の痛みが感じられた」
「街の奥深く、君の記憶は残っている」

英国のミュージック・コレクティブSoul II Soulの代表曲"Back to Life (However Do You Want Me)"をサンプリングし聖歌隊のコーラスも交えた厳かなバラードですね、タイトルの通り1980年代にはニューヨーク・アート市場で重要な役割を果たしましたが、2019年に脱税の罪で有罪判決を受けたアートディーラーMary Booneの罪と功績をテーマにしています。

9."Pravda"

「彼等はいつも"プラウダ"について尋ねる」
「それはロシア語で"真実"を意味する言葉」

初期3作の総決算的内容の今作において、唯一4thアルバム『Father of the Bride』収録の"Flower Moon"をセルフオマージュしています、歌詞内でも説明されている通り"真実"を意味する"プラウダ"はソビエト連邦時代の機関誌である、真実が政府から届けられるなんて今となっては皮肉もいいとこですね、掛け違いによる両者の関係性に不和が広がり望ましい結末に行きつかない点からも、対話へのやるせなさが伝わってきます。

10."Hope"

「判決は覆された」
「殺人犯は釈放され、閉廷だ」
「希望は裏切られ、教訓は得られた」

「君がもう諦めてくれますように」

"Capricorn"と"The Surfer"に続く個人的ハイライトにして、この傑作を締め括るに相応しい8分にも及ぶ大曲です、度重なる戦争の勃発と革命の失敗、他者との繋がりは潰え、意見の不一致と行政の機能不全、救いのない事象が淡々と語られながら、終末を想起させる穏やかなエンディングは徐々にノイズに塗れていきます、それでもなお対立を越えた先に希望が残っていることを私も願わずにはいられません。

●参考文献
・『ヴァンパイア・ウィークエンド日本最速インタビュー あらゆる対立を越えた先にあるもの
Rolling Stone Japan

・『ヴァンパイア・ウィークエンド
『Only God Was Above Us』クロス・レヴュー

TURN

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