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【ファンタジー小説部門】ぜんぶ、佐野くんのせい(第21話)

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 キジトラ猫は順調に回復していた。桜の木の下で保護した日から早いもので、まるっとひと月が経つ。

 朔郎曰く、首や右前脚付近の怪我は動物からの攻撃によるものだが、左目の下の皮膚の剥離は、交通事故の可能性が高いらしい。幸い軽く接触した程度のようで脳波にも異常はないが、そこだけなかなか毛が生え揃わず縫合痕が痛々しい。

 星来は学校が終わると、毎日クリニックにいる猫に会いにいく。避妊手術をしてあるので飼い猫だった可能性が高い。最初は警戒心が強くて、手を伸ばすたびにシャーシャーと威嚇されたが、根気強く触れ合っていたら心を開いてくれた。

 クリニックの掲示板に保護した場所と日付、保護時の状態を書いた紙を貼って情報提供を募っているものの、有力な情報は得られなかった。

 傷口が塞がると、猫は受付カウンター横の椅子を定位置にするようになった。看護師の笹野さんが自宅から持ってきてくれたブランケットを前脚でコネコネと揉みしだきながら、気持ち良さそうにウトウトしている。

 その様子を見ると、患者としてやってくる犬猫たちの緊張も幾分ほぐれるらしく、無駄に鳴いていたのがいつの間にか止む。

 名前を付けてしまったらいざ飼い主が現れたときに別れが惜しくなる。そう思って付けずにいたが、保護からひと月も経つと不便になってきた。星来は猫にノエルという名を付けた。

「ただいま、ノエル」
抱き上げると、ノエルはくぐもった鳴き声で応えた。
「もうあなたがここに来て一ヶ月よ。あなたの飼い主、とても心配しているでしょうね」
椅子に腰を下ろし、ノエルを膝の上に乗せる。首の下を人差し指で撫でると、気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らす。

「なにかいい方法ないかな」
星来は天井を仰ぎ見る。思考の中から探し物をするとき、どうして人は上を向くのかしら。そんなことを考えている矢先に、今度はノエルの飼い主が見つかったときの想像をしてしまい、暗い気分になった。

 ため息まじりに床に視線を落とす自分に気付き、ネガティブなことを思うと人は下を向くのね、と苦笑した。ノエルが飼い主の元に戻るのはいいことなのに、やっぱり寂しい。

 翌日、星来は友人で同じ写真部仲間の小坂茉夏にノエルのことを相談した。茉夏は星来専属のモデルでもある。彼女のおかげで星来の作品は何度もフォトコンで入選を果たしていた。

「保護したからにはちゃんと責任持って飼い主を探してあげたいって思うの」
星来は自分の机の上で頬杖をつきながら言った。
「難しいんじゃない?」
茉夏はシャープペンシルを指の間でクルクルと回す。この話題には大して興味がないようだ。

「星来はやるだけのことはやってるんでしょ? そうしたらあとは運に任せるしかないよ」
「運?」
「あっ、神頼みとか!」
「ちょっと、人が真剣に悩んでるのに!」
星来が声を強くすると、茉夏は怒んないでよ〜! とややふざけた調子で言って席を立った。

「まだ話終わってないよ」
「星来の本音はどうなの?」
「本音……って?」
「本当は飼い主見つからないほうがいいって思ってるんじゃない?」
図星だったので返す言葉をなくす。

「もう、分かりやすいんだから」
茉夏はシャープペンをポーチ型の筆箱に入れると、親指と中指でファスナーを閉めた。星来はその様子を興味深く見つめる。

「やるだけのことをやって、それでも見つからないなら、あとは星来とノエルちゃんの新たな生活が始まるってことだよ。人はそれを縁と言う」
「縁……ね」
「ちょっとトイレ行ってくる。星来は?」
「私はいい」

 しばらくしてトイレから戻ってきた茉夏は、なぜか神妙な面持ちだった。スススッと床を滑るように近づいてきて星来の机の前にしゃがむと、声をひそめて言った。

「そう言えば思い出したんだけど。中学の時の友達がS高に行ってるんだけど、二年生に動物の心の声が分かっちゃう男子がいるんだって。で、その子──小森っちって言うんだけど、小森っちも自分ちの犬の気持ちを見てもらったらしいの。そうしたら……」

茉夏は溜めに溜めた後で、
「本物だって」
と小さな声で言った。
「ねえ、その男子にノエルちゃんの気持ち聞いてもらったら?」
「え?」
「ノエルちゃんは本当に飼い猫だったのか。だとしたらどうして迷い猫になったのか。飼い主はどこにいるのか? 星来のことどう思ってるのか? ねえ、これって星来の悩みが一発で解決する方法だよ」
もちろん、私は本物かどうかは保証できないけどね、と言いながら、茉夏は両手を顔の前でヒラヒラとさせた。

 ノエルの気持ちが分かる。想像したら少しだけワクワクしてきた。私のことをどう思っているのか。そこの部分は知るのが怖い気もするけど、あんなに懐いているんだもの、きっと大好きって思ってくれているはず。

「本物かどうかはともかく、なんか面白そう」
「でしょー」
小森っちに聞いてみるね、と言うと、茉夏は早速SNSでメッセージを送ってくれた。


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