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【ファンタジー小説部門】ぜんぶ、佐野くんのせい(第8話)#創作大賞2024


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「で? なんで先輩も一緒なわけ?」
不機嫌丸出しの佐野の顔。苦虫を噛み潰したようなとは、きっとこういう顔のことを言うのだ。

 待ち合わせのコンビニに先に到着していた佐野は、自転車にまたがったままペットボトルのコーラを半分ほど飲み干していた。

 いつか佐野の背後にある「記録」を隈なく全部見てやろうと片桐は思っている。きっと嫉妬深くて冷たい低級霊がいっぱい憑いているに違いない。

「先輩ってたまーに保護者づらしますよね」
今度はうすら笑い。ヒョロっと痩せ型で青白く、切れ長の目に細い鼻翼の佐野は、こういう人を挑発するような物言いをするとき、一瞬近寄りがたい冷気のようなものを発する。

 低級霊なんかじゃなく、もしかしたら本気で除霊が必要なパターンなのかもしれない。まあ、自分には関係ないが。

「一緒で申し訳ないね」
片桐は感情を殺して言った。
「わっ、すっげえ棒読み! 絶対俺のこと馬鹿にしてる」
「まあまあ、落ち着け。先輩のことは俺が誘ったの」
片桐との間合いを詰めてくる佐野の前に立ち塞がり、小芝井が言う。
「なんで?」
またうすら笑い。

「君が暴走しないように保護者としてちゃんと監視しておかないとね」
片桐が言うと、
「だからその棒読みやめてくださいな」
今度は真顔で言ってくる。

「今日行くのって、俺の母ちゃんの友達の家なんですよ。小さい頃から親しくしてるし、別に先輩がわざわざ足を運ぶような話でもないんですわ。ただ出されたお菓子食って高校生活のこととかうちの母ちゃんの近況とか話すだけなんだから」
「そして、ついでにペットの気持ちも小芝井に聞いてもらって?」
「そう。ついでに」
佐野は上目遣いになって「だから今すぐ回れ右してお帰りくださいな」
「おい、佐野くん!」
いくらなんでも失礼だぞ、と小芝井に言われても佐野はどこ吹く風だ。

「なにか、やましいことでもあるみたいだね」
片桐も負けてはいない。
「それとも二人だけで共有してきたことを僕に邪魔されて、もしかしたら焼きもちかな?」
「く、だ、ら、な、い」
佐野は一文字一文字叩きつけるように言った。

「分かりましたよ。片桐先輩。でも、今日だけですよ」
なんだよその妥協してやったみたいな顔。本当にムカつく……。片桐は普段あまり短絡的な言葉を使うことはしないのだが、佐野と対しているだけで自分のレベルをここまで簡単に落とせるものかと、感心すら覚えた。

 二人の静かな戦いの間に挟まれていた小芝井は、始終落ち着きのない道化師のようだった。

 佐野の母親の友人宅は古い平屋の日本家屋だが、庭先には外国産の車が二台停まっていた。どこかチグハグな感じがするのは、整然とした松やツツジの日本庭園の横に、思いっきり洋風の白壁の離れがあるからかもしれない。

「山口十和子さんっていうんだ。旦那さんと大学生の息子の三人家族。あのちっちゃな白い家は十和子さんのアトリエ」
門の横に自転車を停めながら、佐野が言った。片桐と小芝井もその横に自転車を並べる。

 インターフォンを押すと、待ってましたとばかりに勢いよく玄関ドアが開いた。出てきたのは白いチワワを抱いたパーマ頭の中年女性だった。
「十和子さん、遅くなりました」
ニッコリ微笑みながら佐野は頭を下げる。片桐のときとは一八〇度態度が違った。

「待ってたわよ。さあさあ、上がって」
十和子の着ている黒い割烹着のようなものには、所々ペンキのような汚れが付いていた。画家か、トールペイント作家といったところか。
「この犬ですか?」
 室内に通されながら、佐野がチワワを指さした。

「あ、違う違う。この子は元気すぎるくらい元気よ。みてもらいたいのは猫なの。猫も大丈夫?」
ちゃんと言ってなかったわね、と十和子は急に不安になったように片桐を窺い見た。どうやら、ペットの代弁をしてくれるのが片桐だと勘違いしているらしい。

「大丈夫です。ただ、猫はあまり言語化してくれないんです。でも、かなり鮮明な映像を見せてくれる子もいるので、俺の解釈が入りますが、いいですか?」
 突然片桐の背後にいた小芝井が答えたことに、十和子は一瞬思考が追いつかないようだった。
「そういう違いがあるのね」と言いながら、三人を応接間に通す。

 そこにいたのは三毛猫だった。細かい花柄の一人がけソファーの中央に丸くなっている。
「ユキネちゃん。お兄ちゃんたちが来たわよ」
十和子は猫撫で声で言うと、抱いていたチワワを床に下ろし、代わりにユキネちゃんという名前の三毛猫を抱き上げた。

「どうぞ座って」
言われるままに、三人は床に置かれた円座のようなものに腰を下ろす。
「今飲み物をお出しするわね」
「あ、十和子さんお構いなく」
佐野の礼儀をわきまえているような喋りかたがわざとらしくて、片桐は笑いを噛み殺す。

 氷が浮かんだオレンジジュースは炭酸入りだった。グラスの端にユキネちゃんのものと思われる毛が付いていた。片桐はさりげなく指の先で毛を取る。ハッとして横を見ると、佐野が無表情でこちらを見ていた。本当に嫌な後輩だ。

「ユキネちゃんって言うんですね」
小芝井が腕を伸ばすと、十和子はユキネちゃんをその腕に託した。
「ここひと月ほどずっと元気がないの。ペットクリニックに行って精密検査までしたんだけど、異常はなし。別にストレスになるような生活の変化もないし、本当に原因が分からないのよ。分からないって、分かるよりも辛いものね。だって、なんにも対処のしようがないんですもの」

「でも、今日から分かるに変わりますから」
小芝井がそう言って親指を立てると、光の膜がボワンッと一瞬だけ膨張した。片桐は思わず目を閉じる。

「なんだか心強いわ。本当に藁にもすがる思いなの」
言ってから言葉を間違えたことに気づいたのか、
「あ、ごめんなさい。私なんか失礼なこと言っちゃったわね」
と、十和子は顔を赤らめた。
「全然失礼なんかじゃありませんよ。むしろ藁くらいに思っててもらったほうがいいです」
と言って、小芝井はニッコリ微笑んだ。

 家族以外の誰だか分からない人間に抱かれているのがよほど気に入らなかったらしく、ユキネちゃんは小芝井の腕から逃れようとする。小芝井は爪を立てられると感じたらしく、サッとユキネちゃんを放った。

ワン! ワン! ワン!

 そばで不安そうにしていたチワワが突然鳴き出した。
「なんて言ってる?」
と佐野。
「ユキネは怖がってるって……」
「怖がってる?」
十和子が眉間に皺を寄せて小芝井を凝視する。
「なにを怖がっているの?」
「ちょっと待ってくださいね」
 言いながら、小芝井はチワワと見つめ合った。

 短い間だったが、息を呑んで小芝井の第一声を待つ緊張感のせいか、時間が間延びしたように感じた。
「なんか……すごく怖いものが見えているらしいです」
「それはなんなんだ?」
先を促す佐野。
「ちょっとユキネちゃんのほう見てみますね」
そう言って、小芝井はユキネちゃんに視線を移す。

「ん……。ユキネちゃんシャットアウトしてる」
「シャットアウト?!」
佐野がいちいちうるさい。
「チワワくんは名前は?」
と小芝井。
「ディッキーよ」
十和子は不安でいてもたってもいられないのか、ずっと膝をついたりしゃがんだりを繰り返している。

「ディッキー。ユキネちゃんに怖いと思っているものをこのお兄ちゃんに見せるように言ってくれないか? ただ頭の中で考えるだけでいいからって」
チワワは聞き入れたのか、しばらく小芝井を凝視したのち、ユキネちゃんに視線をずらした。また長い沈黙。

「ダメか。ユキネちゃん、よっぽど怖いものが見えてるんだな」
心を許しているはずのディッキーの頼みも聞き入れられないほど、ユキネちゃんの恐怖は強いようだ。どう働きかけようかと頭をフル回転させている小芝井の横で、佐野は爪を噛んでいた。

 こちらも母親の友人に納得のいく回答をあげられずに頭を悩ませているようだ。
「これは多少時間がかかっても解決していくしかないな」
暗に代弁は一筋縄ではいかないことを、十和子にアピールしているかのような言いかただった。

「とにかく分かったことは、ユキネちゃんがすごく怖いものが見えているということです。考えるのも嫌なくらい怖いものが」
小芝井は一言一言丁寧に言った。
「お、お化けとかそういうこと?」
十和子の表情が目に見えて青ざめていく。

「そこまでは分かりません。見えているのはユキネちゃんだけですから。ユキネちゃんが教えてくれない限り、誰も知ることはできません」
いや、見ることができるのはユキネちゃんだけじゃないよ。片桐は心の中だけで呟く。

 十和子は部屋の片隅で丸まっているユキネちゃんを抱き寄せると、目尻に涙を滲ませた。
「一人で怖い思いしてたのね。ごめんね。ママが変わってあげられたらいいのにね」
「ユキネちゃん、いつか心開いてくれるかな?」
佐野が小芝井を見る。

「ちょっと難しいかも」
ディッキーがどうにか説得してくれたら見せてくれるかもしれないけど、わざわざ恐怖を炙り出すようなことをすることに意味は見出せないな、と小芝井は付け加えた。

 十和子もそれに納得し、できるだけユキネちゃんの不安を取り除けるようにそばにいるようにすると言った。なんとなく尻切れトンボに終わってしまった代弁だったが、十和子が出してくれたイチゴのショートケーキを食べながら談笑しているうちに、わだかまっていた澱のようなものが、スーッと浄化されてゆくような感じがした。

 小芝井がチラチラと自分を探り見ていることに、片桐は気づいた。そうだね。きっと心配なんだね。僕に信じてもらえたかどうか。大丈夫だよ。始めから分かってる。

 話題は、佐野と十和子の大学生息子との懐かしエピソードになっていた。息子がよそ見をしているうちに、佐野がお菓子を横取りしていたとかどうとか。俺そんなにがめつくない! と笑いながら、佐野は小芝井のケーキの上のイチゴを掠め取り、十和子の笑いを取る。小芝井は応戦していたが、どこか疲れているようだった。

 片桐は、ユキネちゃんが見ている恐怖を念のため確認しておくことにした。あまりひどいのは夜夢に出てきたりするので、できることなら見たくないのだが、このままうやむやで終了ではなんとなく歯切れが悪い。

 頭の中の切り替えスイッチをオンにする。ユキネちゃんやディッキーの周りには小さな光の綿毛のようなものがフワフワと浮遊していた。おそらく犬猫の霊なのだろうが、周波数の違いのせいか鮮明な姿形は分からない。

 次に十和子に視線を固定した。片桐は思わず「ヒッ!」と喉を鳴らしてしまった。みんなが片桐を見たが、しゃっくりか何かと思ったらしく、特に気にされなかった。

 心臓がバクバクとやかましい。片桐の目に映ったのは、十和子とまったく同じ顔をした青白い顔の人物だった。十和子の背後に立って、ちょうど胸の辺りに包丁を突き立てている。穏やかじゃないな。だいぶ、穏やかじゃない。

 蒼白顔の十和子は、片桐と目が合うと嘲笑を浮かべた。お前になにができる? と挑発されているのが手に取るように分かる。霊能力者の中には霊と会話ができる人もいるようだが、残念ながらと言うべきか幸いというべきか、片桐はただ視えるだけで、その声を聞き取ることまではできない。

 きっと死神かなんかの類なんだろう。逆手に持った包丁をずっと十和子の胸元にパンパンと当てている。実に品がない。こんなのを見たら、ユキネちゃんも具合悪くなっちゃうよな……。

 可哀想なユキネちゃん。この死神を放っておいたら、きっと近いうちに十和子さんには不幸が訪れる。そうなったらユキネちゃんもディッキーももっと辛いことになる。片桐は考える。どうにかしてこの事実を十和子さんに知らせよう。

 小芝井のように表に出て人助けをする勇気は自分にはないけど、なにかしら手段はあるはずだ。分かっているのに無視するなんていう、ずるい人間にはなりたくない。

 覚悟が決まると、片桐は視界がパーッと開けたような気がした。それで、うっかり切り替えスイッチをオフにするのを忘れてしまった。

 何気なく佐野のほうを見て、再び驚愕の「ヒッ!」を出してしまった。



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【第9話】


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