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ネガティブ指向

「二郎って恵まれているよね」
私はよく言われる。そう、私にはあまりコンプレックスというものが無い。
しかし、これが問題なのだ。

文章を書くのはネガティブなものを探すところからはじまる。日常のマイナスはすばらしい発見のもとだ。
たとえば座骨神経痛で趣味の自転車のトレーニングが痛みで出来なくなった。アルゼンチンタンゴが踊れなくなった。こういうのは受けがいい。Facebookの「いいね」がたくさんつく。だから痛いときは文章が進む。

一方で自転車レースで勝ちましたとか、タンゴでこんなステップが出来ましたというポジティブなのはフェイスブックにあげるぐらいはいいけど、文章にするとつまらない。
つまり文章を書くということは、ちょっとしたマイナスを発見して、それを書く。でもいったん書き終わるとネタ切れ状態に戻ってしまう。

多くの作家はネガティブを糧にしている。
たとえば今読んでいる今年の読者大賞を取った凪良ゆうの小説「汝、星のごとく」なんて、タイトルからキラキラネームの恋愛小説かと思ったら、泥沼のネガティブコンプレックスが山盛りだった。こんなマイナスなものを絞り出せる作家がベストセラー作家になるのだろう。

最近読んだ漫画「Blue Giant」はジャズのサックスプレイヤーの話だがメジャーデビュー直前にバンドを組んでいたピアニストが大怪我をしてしまう。痛々しくて漫画を読み続けることが出来ないぐらいに痛々しいマイナスの出来事だ。

自分におきたことが無いマイナスも取り入れて増幅して書いてしまうのが作家というものだ。

それらに比べると私のは大したことがない。この前旅行から帰ってくると、停電していて冷蔵庫の食材がパーになった。だけどさあ、入っていたのがフォアグラとかキャビアだから、みんなザマアミロと思っているに違いない。

書くということはどちらがブルースな人生を送っているかのマウントの取り合いだ。だから今日も、私はネガティブのあらさがしをしている。今日は座骨神経痛の再発でまた左足がしめつけられた感じがある。また座骨神経痛が悪くなりはじめているのだろう。

もし、プロの作家だったら、左足が少し痛いぐらいではすませない。
そこは一気に「左足が切断された」としてしまうだろう。
さあ、片脚でどうやって自転車レースに出るか。特殊な義足の開発も必要である。
さらにアマチュアの自転車レーサーでも、ちょっとした大会とかで優勝するには20分間の平均出力が300ワットを超えている必要があるだろう。両脚で300ワットだから片足150ワットずつ。義足をつけて走るとすると、片脚だけで300ワット出さないといけない。ほぼ不可能なことを可能にする、そんな話をストーリーに仕立てていくに違いない。

あるいはアルゼンチンタンゴ。ブエノスアイレスで開かれる世界大会を目指していたのに、癌で片脚切断。いままで踊っていたパートナーにも見捨てられて、すべてを失う。それでも新しいパートナーを見つけて、日本の大会で入賞。友人の義足の会社との協力もあって、世界大会へ進むなんていう話にでもするのだろうか。

それでもまだ面白さが足りない。どちらも主人公にはさらにネガティブを背負ってもらうために大嘘つきでなければならないのだ。

ところが私は嘘も苦手だ。これも文章を書く上ではマイナス。嘘がつけないというは人生においては、ポジティブとか「いい人」と認定されるけど。
だから嘘つきにもあこがれる。
天才的詐欺師が出てくる映画、たとえばディカプリオが偽造小切手で世界を騙し続ける「キャッチミーイフユウキャン」とか、書類の偽造が得意な「リプリー」のマットデイモンとか最高だ。

私が楽観的すぎるのも問題だ。ネガティブなことがあっても、かなり耐えられる。
例えば座骨神経痛で自転車レースに出れなくなった、はこれから、通勤や旅行の時に自転車を楽しめばいいや、とポジ変してしまうのだ。
アルゼンチンタンゴの場合でも、痛みながら踊ることで渋みを出してやろうとすぐにポジ変してしまう。

ネガティブなものをネットを検索してみる。すると出てくるのは「ネガティブ思考をどうやってポジ変するか」みたいなのばかり。ちがうんだよね求めているのは。ちょっとしたネガティブなものを増幅する技術が欲しいんだ。
もっとくよくよと自己否定すること。どんどん暗い方向にいく、太宰治みたいに。それが出来たらきっと文章も上手になるのに。

以前、作文教室で、私の小さなコンプレックスをネタに小説まがいの文章を書いたことがあった。
それは、高齢者施設の施設長という立場の医者であることを元にした話だった。
医者の中にはヒエラルキーみたいなものがあって、大学病院、大病院、普通の病院、診療所、それ以外と並んでいるとすると、私は「それ以外」だ。しかも大学で教授と喧嘩して一般病院に出たけど、そこもクビになって、高齢者施設で雇ってもらったという話。少しはおもしろいかなと、このプロットを小説家に見せると「つまらない」と一蹴された。最後の立ち位置でも高すぎるらしい。もっと嘘やコンプレックスを交えて、最低の自分に落ち込んでいくことを味合わなければいけないらしい。

「二郎ってめぐまれているよね」
これは困った事態なのだった。

みんな、いつもこんなつまらないやつを相手にしてくれてありがとう。
もっとネガティブを探しておくね。しかも最低なやつ。そしてさらに嘘をつく。いつまでもうじうじとネガティブなままでいるようにするね。
そんな状況に陥いるのを楽しみにしておいてくれ。

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