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英語論文をさっさと書きなさいといわれて

「まず英語論文で投稿して、それから日本語の総説を書けばいいですよ」
学会発表が終わって、めずらしくそこに居合わせた尊敬する教授にそう言われ、私には逃げ場がなくなった。

学会発表だけですませようと思っていたのだが、久しぶりに英語の論文を書くはめになった。しばらく英語論文は書いていない。どうやったら楽しく書けるかな、と想像力を働かせた。たとえばこんな風に書き始めるのはどうだろう?

<はじめに>
「朝は4本足で、昼は2本足、夕方は3本足、なーんだ?」
有名なスフィンクスの謎かけだ。エディプスがその謎を答えることで、スフィンクスを退治してギリシャに戻るのです。その答えはもちろん「ヒト」。

我々ヒトは、4本で動いていればいいものを、進化の過程で、木に登ったり降りたりしている間に2足歩行を手に入れます。2足歩行なんて他の動物は危なっかしいと、やっても瞬間です。鳥も普段は飛んでいますからね。それに比べて、ヒトは、生まれて1年ちょっとで危険も顧みずに歩き始めて、最初は転んでばかり。先進国では家の中や家族の監視下でころぶから問題なりませんが、今でも2歳過ぎるまで、危ないからって歩かせない文化もあるぐらい。
無事に成人になったとして、60歳ぐらいになると、いろんな障害が出てくる。
私も坐骨神経痛やったからわかるけど、50歳を過ぎると2速歩行のつけが回ってくるもんです。
だから夕暮れは3本足。まあ、最近は3本も通り過ぎて、最後は4輪だね、車椅子。

そこで、偉い人々と一緒に、高齢者の転倒は、事故ではなくて、生理的な老化の一部だよ、だから高齢者施設での転倒は防げないんだよ、という声明をまとめて発表したのが2年前。だから大事なのは利用者や家族がそのことを理解してもらうための説明だよねということになった。その決着をつけるために、こんな研究をすることになったのでした。

<方法>
「転倒は、施設でいろんなことをケアして対策しても防げないんだよ、つまり高齢に伴う症状のひとつ」ということを、医師がしっかり説明するとより理解してもらえているか、を確認するために、まず、今まで通りのやり方で10名の利用者に説明してもらいました。

その上でアンケート、例えばこんな質問に答えてもらいました。

「家よりも施設の方が転びやすいということについて、ご理解いただけましたか?」

次には、高齢者施設の先生方に、利用者の立場に立って、転ぶ危険性がどれぐらいあるのか、その上で施設では、リハビリをやった後突然歩けると自信がついてしまって転んでしまうことがあるとか、睡眠薬は脚の力を奪ってふらつきやすくなるとか、そういうことを、個別に説明してみる、という、当たり前のようだけど実際はあまりやられていない丁寧な説明をするとどうなるか、を別の十人に対してやってもらいました。

そして最初のアンケートにまた答えてもらいました。
合計で15の施設の先生方にお願いしてこの調査を手伝ってもらったのでした。

結果は当たり前のことのようですが、皆様の理解は相手の立場に立って、評価をした上で説明した方がものすごく理解の程度が改善したのでした。
たとえばほとんど理解してくださらない家族の割合が従来の説明では20%ぐらいいたのですが、ちゃんと説明するとこれが2%、つまり十分の一に減ったのでした。

<考察>
どれぐらいいいかって?
このほとんど理解していただけない方の割合が約十分の一になったというのは大事なポイントです。
なぜならば、この方々は、施設内で転倒すると、訴訟になる可能性があるからです。
そして、転倒が、病気の一部で起きたということが理解できず、施設のせいにしてしまう方々が一定数います。

この方々は施設スタッフから、時々モンスターペイシェントとかモンスターファミリーとか言われてしまうわけですが、その多くは、施設のスタッフの利用者との間のコミュニケーションが足りていないから起きているかもしれません。

最近是枝和弘監督の「怪物」という映画が公開されました。この映画は安藤さくら演じる母親がモンスターと思われてしまう、というところから始ります。でも、それは明らかにコミュニケーション不足が原因だったのでした。

高齢者が施設内で転倒すると訴訟になると、どれぐらいの費用がかかるか?裁判費用、弁護士費用、そしてもし敗訴になると施設はどれぐらい費用を払う必要があるか。あるいは示談になった時にどれぐらい費用を払っているか、全国集計のデータは無いのですが、高齢者施設の協会のデータで推定すると訴訟や示談のケースが年に1000件あったとして、弁護士費用や示談費用で、1件あたり300万円かかったとして、30億円です。すごくお金かかっています。
そもそもこの30億円は介護保険や税金がもとになっています。つまり皆さまのお金なのです。

このように利用者や家族の理解が良くなると、27億円の無駄な費用が節約できます。説明を相手の立場で説明するだけでこれだけの効果がありそうです。

<結語>ちょっとした研究ですけど、利用者と個別のコミュニケーションをしっかりとることで、みんなに転倒のリスクのことを分かっていただいて、さらに費用削減ができる可能性がありそうです。
だから、相手の立場に立った説明、とっても大事ですね。

こうやってつらつらと書いてみました。論文はもう出来たのも同然です。なぜなら、後は自動翻訳を駆使して、そして関連論文をしっかり集めると出来上がり、のはずです。
なんとかなるな。

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