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【インタビュー 前編】株式会社スピカワークス 鈴木重毅さん 「常に『面白さを諦めない』ことと『漫画家さんの不安を放置しない』ということを肝に命じてます」

女性漫画家さんのマネジメント会社・株式会社スピカワークスを立ち上げられた鈴木重毅さんのインタビュー前編です。講談社在籍時代に『デザート』の編集長も務められた鈴木さんに漫画編集者を志されたきっかけ、ヒット作の生み出し方、これからの漫画と編集の関係についてお話をお伺いしました。漫画はもちろん、あらゆるエンターテインメント作品の制作を志されている方々にぜひ読んでいただきたいインタビューです。

ーーまずはじめに鈴木さんが漫画編集に携わるきっかけ、「原風景」についてお聞きしたいです。
 
鈴木 小学5年生くらいの頃に、漫画家になりたいと思った時期があったんです。当時は『少年ジャンプ』の発行部数が400万部、450万部とどんどん上がっていた時期で。『キン肉マン』や『北斗の拳』、『キャプテン翼』などが連載されていた頃ですね。あと、『Dr.スランプ』『キャッツアイ』が終わって『ドラゴンボール』『シティハンター』が始まったりして、とにかく月曜日の朝イチに『ジャンプ』を持っていたらヒーローみたいな世代でした。「キン消し(※キン肉マン消しゴム)」とかもめちゃくちゃ流行ってましたし。だから「漫画家ってかっこいいな」と思って、絵も物語も描けるという才能にすごく憧れてたんですよ。それで、同じように漫画家に憧れている友達がいたので「一緒に描いてみて、お互いに見せ合おうぜ!」ってなったんです。だけど、漫画を描くことってすごく難しくて。野球漫画を描いたんだけど、30ページ使ってまだ1回裏みたいな (笑) 。どうやってまとめていいか全然分からなかった。でも、その友達は『ガンダム』のスピンオフみたいなものを描いていて、ものすごく上手かった。ドラマ版『アオイホノオ』の中で、主人公が庵野秀明さんのパラパラ漫画に衝撃を受けて「絵が動いてるーっ!」って叫ぶんですけど、その時の僕はまさにそんな感じ。彼との歴然とした差を目の当たりにした瞬間に心が折れて「漫画家は無理だ」って思ってしまった。
 それでも当時流行っていた『まんが道』を読んで、編集者っていうのもなかなかいい職業なのかなって気がして。漫画編集者という職業を意識したのがその時。小学5年生か6年生の頃でした。

ーー編集者になられる前と後でイメージの変化などありましたか。
 
鈴木 大学時代は芝居にどっぷりな4年間でした。本当は芝居を続けたかったんだけど、家庭の事情から働くしかなくて。それで芝居を続ける時間の余裕のある会社、もしくはどうしても入りたい会社に行こうと思って、編集者に憧れていた気持ちを思い出し、出版社のうちの講談社とあと数社くらいしか受けなかったんです。幸い講談社に受かったので、もったいないから行こうという感じで。そしたら、芝居なんか見る暇もないような会社だった(笑) 。編集者は思ったよりもやることがはるかに多いな、というのが最初の印象ですね。誰しもまずはそこに面食らうと思います。

ーー漫画編集のお仕事の中で一番大変だったお仕事はありますか。

鈴木 どれかが大変っていうよりは結局作品をよくすることって切りがないので。あらゆる手を尽くして最後は締め切りでみんな諦めるっていう形になるんです。あえて言えば、特に大変だったのは若手の頃にサブ編集者として先輩の横につきながら教えてもらったときですかね。いくつもの作品にサブでつくと、先輩の都合でスケジュールが決まるから、気がつくと24時間全部打ち合わせだらけで(笑)。 とにかく休めないというのがエグかったですね。もちろん、それは大昔の話で今の時代は全然違いますけど。

ーー鈴木さんは主に少女漫画の編集をやられていましたが、仕事の上で気をつけていたことはありますか。また、少女漫画特有の漫画の創り方があったら教えてください。

鈴木    ジャンル関係なく常に「面白さを諦めない」ことと「漫画家さんの不安を放置しない」ということを肝に命じてます。少女漫画については、どうしても最初のうちは私自身が男性なので男性にとってわかりやすい設定や構成に行きがちなんですよね。例えば「いかに感動させるか」とか。最初の頃は『デザート』自体が「思いっきり泣ける」系の特集が多かったからよかったんですけど、残念ながらそういう作品って一回読んだら満足されやすいので消費が早くて。本当はずっと愛される、残る作品を作りたいんですよね。だから、今少女漫画を作る中で大事にしてることを挙げるとしたら「好きになれる要素がどれだけたくさん詰まっているのか」ということです。キャラクターに魅力があるというのはどの漫画にも必要ですが、加えて「華やかさ」や「ときめき」、「忘れがちな大事なものに気づかせてくれる」ことなどもです。少年誌が「読んだら燃える」みたいなものが多いとしたら、少女誌の場合は「読んだら幸せになれる」とか、「もう少し素敵な自分になれそうな気がする」とかの要素が作品にどれだけ入っているのかも大事だと思ってます。

ーーそのようなことに気づかれたきっかけとかってありますか。

鈴木 女性読者はものすごく丁寧にハガキなどに感想を書いてくれるんです。だから読者の感想を読むのがとても勉強になりました。もう一つが書店に度々足を運ぶようになってからですね。普段から出来るだけ書店員さんのリアクションを丁寧に聞きます。いい作品でないと棚に長く置いてもらえないんですよ。書店の棚は限られているのでどんどん回転しなければいけないから。なので、書店に話を聞きに行っては率直なご意見をいただいて作品づくりに活かしました。

ーーヒット作を生もうとするよりも、書店で感想を聞いてそれを生かすことが結果的にヒットに繋がるという感じなのでしょうか。

鈴木 いや、両方ですよ。誰しも最初からヒット作を生みたいという意識でつくっているので。だけどそんな簡単にヒットしないんですよね。だからいろんなことを考えなければいけないし、いろんな人から話を聞くし、アンケートもSNSの声も参考にするし、取材もするし、ヒットの法則を知ってそうな人に会いに行ってお話を聞かせてもらうこともあるし。結果的にそうしたことの積み重ねから、多くの人に望まれる作品が生まれるのかなと思います。

ーーいまのお話を伺って、鈴木さんは世の中一般の空気感や感覚を作品に入れ込む意識を持たれているように思えるのですが、そのような意識を持たれたきっかけを教えていただきたいです。

鈴木 いま思うと普通のことじゃんって思うんですけど、プロとして最初に意識したのは『デザート』に異動した頃ですね。当時は読み切りだけの雑誌でいまの『デザート』と雰囲気が全然違ったんですね。そもそも前身の『少女フレンド』という雑誌が休刊して代わりにできた雑誌だったんですけど、『デザート』の初代編集長は『少女フレンド』最後の編集長でもあった人で。その人が「『少女フレンド』は作家任せで作家さんの名前に頼った、内容もほとんど先生にお任せの雑誌だから潰れた。だから、『デザート』は企画ありき、読み切りだけでやる」と決めたんですね。後発の新しい雑誌だからファンがそもそもいないですし、すぐ読めてストーリーを追えているうちに完結するものじゃないと読者が付いてきてくれなかったんですよね。

 それと『デザート』が創刊した90年代末から2000年代前半ってかなり赤裸々な少女誌が増えていて。だから『デザート』もエッチ系の話とかが増えていってた。僕は男でそれも『少年マガジン』という誰でも知っている雑誌から誰も知らない創刊したての少女漫画雑誌に異動して、そこで「特集:思いっきりエッチ」なんてやってるとか正直言うと少し恥ずかしいわけですよ。でも、その編集長の思想が素敵だったんですよね。「今、読者が必要としていて読みたいものを読める雑誌にしたいんだ」ということと、「普通の女の子が普通に悩んでいることに答えないでどうするんだ」ということ。それはすごくその通りだなと思ったし、そこで世の中の空気とか社会状況というものを強く意識しはじめた気がしますね。

ーー2000年代前半で言えばケータイ小説とかが流行り始めたころでもありますね。そういうものが出てくる前に「女の子が普通に悩んでいることを汲み取る」というのはかなり先進的な考えだったと思います。

鈴木 そうだと思います。ただ、それがだんだんと行き過ぎちゃって次第にキワモノ扱いされてしまったり。加えてケータイ小説とかブログ文化に押されて、わざわざ漫画でなくても無料でそういう赤裸々な話が読めるようになった。それで『デザート』も部数も落ちてきたところで、連載誌に切り替えたんですよね。やっぱり読者が一番大事だし、「読者が今読みたいものを読めるものであるべき」という想いが変わらずあったので、時代が変わったのなら雑誌も変わらなきゃダメだろうと。例えば僕は、映画や芝居や落語を観たりとかするのが好きなんですけど、漫画家さんも興味をもつ人が多かったのでよく一緒に行っていたんです。見慣れていない人たちだから、最初のうちは「なにがよかったんですか?」とか訊かれたりするんですよ。そういうときに内容についても説明するんだけど、「なんでいまこれを作ったり、上演したりするのか」という話をすることが結構多くて。「いまこのタイミングでこの演目をやったのって、すごい」、「いつからどのタイミングでこんなことを考えていたらこの演目をやれたのかな」っていうのを喋ることが好きで。漫画家さんたちにも、世の中一般の感覚とか、時代の流れに興味を持ってほしかったんです。

(後編は6月4日に更新予定です。鈴木さんがスピカワークスを立ち上げられた理由や、これからの挑戦についてインタビューさせていただいています。)

【鈴木重毅さんプロフィールと作品のご紹介】

鈴木重毅さん:講談社の少女漫画誌「デザート」で『好きっていいなよ。』『となりの怪物くん』『たいようのいえ』などを担当。2013年から「デザート」編集長を務め、以後も『僕と君の大切な話』『春待つ僕ら』を担当。2019年5月末に講談社を退社し、女性クリエイターのマネジメント会社・株式会社スピカワークスを設立。

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森下suu『ゆびさきと恋々』(講談社月刊デザートにて連載中)
独立後初めて立ち上げた連載作品。聴覚障がいのある女の子・雪と、彼女の世界を変えてくれた先輩・逸臣が少しずつ惹かれ合うピュアラブストーリー。ツイッターでも大反響になり、続々重版中です。

*この記事は取材をもとに再構成させていただきました。
 構成:ヨネザワ(アララ)

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