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memento box

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記事一覧

プロローグ

 窓の外は、細い雨が降っている。姉の部屋の窓から見える木々は、細い雨に打たれて小さく震えていた。雨の日に屋内にいると、私がいるこの場所だけが、世界から徐々に切り取られていくような気がする。この部屋は、姉がいなくなった時から何も変わらない。

 父が亡くなって、母が亡くなって、姉がいなくなった。姉がいなくなった朝のことは、よく覚えている。確か、春だった。その日の朝ごはんを作る担当は私だった。たっ

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父の眼鏡

 父が死んだ時、私はまだ中学生だった。その日、私は学校を早退して、母の車で病院へ向かった。隣に座る姉も運転している母も、一言も会話をしなかった。母はいつも身なりに気を使う身綺麗な人だったが、ミラー越しに見る母の顔は化粧っ気がなく憔悴しきっていた。隣に座る姉は、ずっと窓の外を眺めていた。長い髪が姉の横顔を隠す。私たち姉妹は、仲が良かったと思っている。けれど、その日だけは姉が何を考えているか全くわから

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眼差し

 祖母の葬儀の後、遺品の整理をしていた。

 生前から物が少ない人で、箪笥や収納棚や机の引き出し、どこを探しても必要最低限の日用品しか入っていなかった。物を所有することを避ける人だったのかもしれない。本棚にも本がほとんど並んでいなかった。押入れを開けてみると、衣類の入った収納ラックと、扇風機が入っていた。ひとつずつ取り出していると、押入れの奥に小さな箱を見つけた。古びた菓子箱のようだった。蓋にはフ

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505号室

 ネックストラップを見つけたのは、娘の病室を片づけているときだった。

 娘が亡くなったのは、六歳の冬だった。もともと心臓が弱く、小さい頃から入院していた病室には、僕たちが買い与えたおもちゃやお絵描き帳が残されていた。機械的に袋に詰めていくと、見覚えがあるネックストラップを見つけた。紐の部分は海のように鮮やかな青色をしていて、先には小瓶のついたキーホルダーがぶら下がっていた。小瓶の中には折りたたま

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数学室

 ペンケースを、鍵がかかる引き出しの奥底にしまったままだ。どういう柄だったか、どういう形だったか、どういう手触りだったか、もうぼんやりとしか覚えていない。

 私は高校三年生の三学期に、クラス委員をしていた。大学受験を目前に控えるクラスメイトたちから半ば押し付けられる形で就任した。クラス委員といっても大したことなくて、伝言係や雑用係のような役割だった。彼女と出会ったのも、先生に押し付けられた雑用が

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薔薇と骨

砕いた骨を、薔薇の苗と一緒に埋めた。

 今から十五年も前のことだ。あの子に懐いていた犬が死んだ。栗色の毛並みをした、まるい目が印象的な大きな犬だった。あの子がお腹にいる時からずっと側にいたせいか、随分と懐いていた。あの子は私が作ってあげた犬のブローチがお気に入りで、ランドセルにつけていた。リビングのソファーに図々しく寝転がっている犬の腹に、そっと触れる。生き物のぬくさや、呼吸の気配に目を細める。

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