薔薇と骨

砕いた骨を、薔薇の苗と一緒に埋めた。

 今から十五年も前のことだ。あの子に懐いていた犬が死んだ。栗色の毛並みをした、まるい目が印象的な大きな犬だった。あの子がお腹にいる時からずっと側にいたせいか、随分と懐いていた。あの子は私が作ってあげた犬のブローチがお気に入りで、ランドセルにつけていた。リビングのソファーに図々しく寝転がっている犬の腹に、そっと触れる。生き物のぬくさや、呼吸の気配に目を細める。犬は不思議そうな目で私を見返すが、すぐに興味をなくし、無邪気に 笑うあの子の方を見る。あの子以外の人間に関心のない、かわいげがない犬だった。その犬は、あの子が小学生の頃に死んだ。 


 それは、透明水彩で描いたような、澄んだ青空が眩しい日だった。スーパーで買い物をした後、玄関先に置くための花を買おうとホームセンターに寄った。ホームセンターに入るまでは、 薔薇なんて世話が面倒なものではなく、チューリップやだるま菊みたいな育てるのが易しい種類の苗を探すつもりだった。棚には、蕾や花をつけた苗が並んでいた。目当ての花を探すために棚を見回すと、ひとつの苗が目に入った。小さくて白い、薔薇の苗だった。赤やピンクの鮮やかな薔薇の苗が並んでいる中で、一本だけひっそりと蕾をつけていた。私はそれに心を奪われて、思わず買ってしまった。予想外の買い物だったが、玄関先に咲く白い薔薇を想像すると、心は踊っていた。 


 あの子が学校から帰ってきた時にはもうすでに犬は死んでいたらしい。帰宅してすぐに リビングの引き戸を開けると、あの子と犬の姿が目に飛び込んできた。犬は目をすうっと閉じ、お気に入りのソファーに身を投げ出していた。ランドセルを背負ったまま、犬の目の前で立ち尽くしていた。あの子のランドセルに付いている犬のブローチが、じっと私を見つめていた。私はどこか嫌な予感がして、眠っているような犬をゆり起こそうする。思わず手を引いた。触れた腹は、まるで陶器のように冷たかった。

「眠っていて、起きないの」

 口ずさむような言い方だった。硝子玉のようなあの子の瞳が、無邪気に私を見つめている。死を目の前にすると、大人のほうが無力なのかもしれない。死に対する漠然とした不安が、いつのまに私の心を覆っていた。今まで生きてきた中で、祖父や母の死を、見送ってきた。何も言えずに黙っていると、あの子は、私の真似をして横たわった犬の腹に触れた。冷たい、とあの子の唇が動いた。 


 霊園で火葬され真っ白な骨になった犬は、生きていたときよりずっと軽かった。そのままペット霊園に納骨する方法もあったけれど、返骨してもらった。黒いスーツを着た男性から、白い骨覆に覆われた骨壷を渡された。正絹の上等な生地に触れる。生きていた時は、あんなに大きくて重かったのに、骨壷の中に入った骨は随分軽かった。振ると硬いものがぶつかる音がした。家に帰ると、私たちは骨壷から一番小さな骨を取り出した。どこの骨なのだろうか。前足かもしれないし、顎の骨かもしれない。砕かれた小さな骨。真っ白だと思ったそれは、よく見ると少しだけ黄ばんでいた。あの子は不思議そうに骨を持ち上げた。私は植えた白い薔薇の根元を掘って、骨を置いた。するとあの子はランドセルからブローチを外して、骨の上に乗せた。「ひとりぼっちだとかわいそうだから」掘り起こされてあらわになった薔薇の根に、もう一度土をかぶせると、骨とキーホルダーはすっかり見えなくなった。 

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