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NHKが人生変えた話にはそれはもう感謝しかない

これまで「茨城(鹿島)出身ですか?」と何度聞かれたことか。鹿島アントラーズが好きだと表明すると8割くらいの確率でそう聞かれ、答えは「No」東京生まれ東京育ちです。するとまた8割くらいの確率で「じゃあ、なんで?」と聞かれるので、自分は特殊なのかなと思ったりしたこともあるのですが、

人それぞれ様々なきっかけでこんなにも情熱を注げるクラブに出会えているんだなと考えると、その一つ一つが素敵な運命なんだろうなと思える今日です。少しだけ自分の話をします。

サッカー好きだが部活はバレー部

サッカーは幼い頃からとても好きで、アメフト選手だった父親とよく公園でボールを蹴り合っていたし、小学生の頃はスクールに通っていたのですが、担任の先生が顧問をやっていたこともあり部活はバレーボール部へ。そのまま中学でも継続。サッカーに関しては日本代表の試合中継にかじりつき、大人になっても代表戦は録画して一試合しっかり見るタイプでした。一方、Jリーグとはほとんど接触のない人生でした。

出会いは突然に。2014シーズン最終節

あれはたしか2014シーズン第32節。土曜の昼にテレビをパッとつけたらたまたまチャンネルがNHKで「浦和vsG大阪」を中継してたんです。実況によるとどうやらその試合で勝つか引き分ければリーグ優勝だったレッズは前半2点先制するも後半に追いつかれ逆転負け。「次週の最終節はガンバ・浦和・鹿島の3チームに優勝の可能性が」という実況のアナウンスにビビッと感じるものがあり「見に行ってみたい。行くなら鹿島だ」と、それはもう今思えば全く接点なかったJリーグの観戦によくそこで行ったな!天晴れだわ!と自ら褒めたいレベルの直感と行動力が今に至っているのです。正確に言えば翌週の試合に誘ったら二つ返事で快諾し付き合ってくれた会社の同僚に感謝。最終節、試合は鳥栖に負けたけど、東京駅からバスで片道2時間かけて、お互い初めて行ったカシマスタジアムは何もかも新鮮で、はまぐりカレーもモツ煮うどんも美味しくて、オフィシャルビールは自分の愛するプレモルで、1日通してとても楽しく「来年もまたちょくちょく行こう」と言い合えたのでした。

自分にないものをたくさん魅せたアントラーズ

なぜあの日から鹿島に惹かれているのか。その理由として自分に特別な一つを挙げるとしたら「自分にないものを鹿島アントラーズがたくさん魅せられたから」だと言い切れます。まず何より、負けず嫌いではないし、人と競争したくもない、悔し涙なんか流したこともなかった自分は、勝ちにこだわり「優勝しなければ2位も最下位も一緒」と言い切るジーコさんの植え付けるマインドがすごく刺さった。それと、「勝つこと、結果が全て」に繋がっているんだけども、チャラチャラせず寡黙に練習に打ち込む硬派なクラブカラーもすごくカッコ良いなと思えた部分でした。それを体現していたのが小笠原満男選手と柴崎岳選手でした。この二人のことは代表戦でもよく見ていて、鹿島のイメージを作っていたと思います。その二人が共存して、CS優勝してCWC勝ち抜いてレアルと戦って一瞬でも勝ち越したなんて、2016は夢のようなシーズンでしたね。

アントラーズファンであることを公言し続けたい

自分が生まれ住んで活動している東京で僕が見てきたアントラーズファンは皆、一人か、最大でも二人で活動されていました。ファンがホームタウンに止まらない鹿島アントラーズであるからこそ、それはある程度しょうがないとして、少しでも同じアントラーズファンが「あ、あの人もそうなんだ」と見つけ「もっと公言して良いんだ」というマインドになれるように、全面に出し続けていきたいと思っています。仕事用のPCにステッカーを貼ってるとちょくちょく話しかけられますよ。

また、鹿島から少し離れた東京にいるからこそ、東京からの視点から鹿島アントラーズを少しずつでも良くするアクションを起こしていきたい、貢献したいという気持ちが強いです。ただそれは自分一人ではできない。だからこそ皆でそれぞれの力を出し合ってクラブをより良くしていく、まさに「共闘」時代だと思うのです。その架け橋になることが自分の存在意義だと勝手に信じています。

あなたの#MYSTORY は?

育ってきた環境、クラブとの出会い、クラブが惹きつける理由など。いろんな人の#MYSTORYを聞いてみたいです。良かったら教えてください。

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