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季節140字小説まとめ 春

【No.034 春咲センチメンタル】
染井吉野がライトに照らされて、光を纏っていた。根元の砂を掘り、彼から貰った結婚指輪を埋める。「狂ったように咲いてるけど いずれは散りゆく運命です」と、誰かの曲にあった気がする。桜の花びらが地面を彩って、さざ波のように揺らいだ。さよなら、私の、大切になれなかった人

【No.069 青い春】
私達、葵家は三姉妹だ。産まれた季節にあやかって姉が夏、私が秋、妹が冬と名前を付けられた。私達の暮らしは繊細で、馬鹿で、鮮やかで、面倒で、騒がしくて、大変で。世間の喧騒に負けないくらいの力強さがあった。でも名前の文字通り、私達の日々には、青い春なんて存在しなかった

【No.084 春の風】
二年前のことだ。小雨が降る中、僕と彼女は傘を差しながら夜桜を眺めていた。なんとなく別れの予感はあったのかもしれない。言葉は交わさず、ただ散りゆく桜の軌道を追いかける。あの日と同じく小雨が降る今日、適当に傘を取り出して頭上へ広げる。桜の花びらが数枚、地面へと落ちた

【No.086 花降りの街】
その街では雨の代わりに花が降ります。種類や色、大きさなどはそのときによって違いますが、大抵は季節に合った花が降ってきます。しかし冬も山場を迎える今日、季節外れにも桜の花びらが、やわらかく空を舞い始めました。みんな、みんな、春の訪れが待ち遠しかったのかもしれません

【No.303 Re:Re:】
メールの返信がないまま、9年間が経った。思い出はいつのまにか病葉になってしまう。夜患いの朝を泳いでいた。気づけばきみより歳上になってしまった。狗尾草が揺れる。言葉が失われた。手を合わせて、祈る。命は不平等だ。でも、それでも。春風が吹いて振り返ると、きみの忘れ音が聞こえた

【No.312 2020/03/20 19:20】
仕事の疲れ。人間関係。暗いニュース。いっそ死んでしまおうかとも思った。そんな毎日に辟易して無人島への移住を決めた。島には人間の言葉を喋るどうぶつ達で溢れている。ワニ、ねずみ、もぐら、いぬ。みんな幸せそうだった。お花見をしながら、みんな、幸せそうだった。新しい生活が始まる

【No.473 青春のヒビ(いろは式「せ」)】
「青春」をテーマに美術の授業で絵を描くことになった。バラ色の日々を表現するために赤や黄色の絵の具を買い込んだり、文字通り青臭さをイメージして青系の絵の具を集めたりした。思い出せる限りの私の青春をキャンバスに描き込む。なのに、なぜだろう。灰色の絵の具だけがすり減っていった

【No.487 はるかぜ】
冬が産んだ卵を育てる。次なる季節への期待や、新しい生活への夢、深まる交友関係で卵はコツン、コツンと内側から音を立てていた。今はまだ永久凍土の時代なのかもしれない。だけど、いつか、いつか。優しい言葉をかけて、日の光を浴びせる。卵はコツン、コツンと割れて、中から春が産まれた

【No.555 Presence】
マクドナルドの略し方で喧嘩している、高校生くらいの男女がいた。「マックだよ」「いや、マクドだよ」と仲良く笑い合っている。青春の、一ページにも満たない瞬間だった。あんな情景が私にもあったのか思い出せずにいる。ベンチに座りながら、昔より塩気の強いモスバーガーのポテトを食べた

【No.579 ランチパック】
ランチパック春の訪れ味を購入する。何も入っていない袋を開けると桜の良い香りが漂ってきた。部屋の中を春の陽気が包むと、桜の木や花見客、お酒やおつまみの幻が現れる。家の中にいながら宴会気分が味わえるのだ。いつか、青空の下でみんなと会えるように、今は楽しむための予行演習をした

【No.649 お人見】
春になってお人見の季節がやってきた。僕に見られるために人は、お酒やお菓子といったお供え物を用意して僕の周りに集まってくる。僕はここから動けないから、多くの人の笑顔や笑い声で盛り上がる今が愛しい。つまらなさそうにしている子どものために、ふと、桜の花びらを頭に降らせてあげた

【No.680 春撒き】
冬の凍てつく寒さが通り過ぎたころ、町中では一斉にスプリングラーが起動した。勢いよく回るノズルから桜の花びらが撒かれる。枯れた木は鮮やかに蘇り、どこからか暖かい風を運んできた。今年こそはみんなでお花見ができるように願う。厳しい時代を乗り越えた証の、待ちに待った春撒きの季節

【No.700 春疑き】
失恋したので春のパウダータイプを購入する。ペットボトルの中に春パウダーと、甘酸っぱさやほろ苦さを混ぜて涙で溶かす。フタを開けるとぽかぽかした陽気が部屋を包んだ。桜の花びらが舞う。息を吸って、淀みを吐く。新しい出会いを、新しい生活を夢見る。もう一度、春を思いきり吸い込んだ

【No.708 境界線】
正月と日常の境目があやふやになっているとき、ふと、新聞のテレビ欄から『新春』の文字が消えていることに気付いて現実に引き戻される。街の喧騒や雰囲気ではなく、言葉ひとつで季節の移り変わりを実感するなんて滑稽な話だ。その日、遅い初詣に訪れてはおみくじを引く。中は見ないで捨てた

【No.≠034 桜波】
染井吉野が照らされて光を纏う。桜の花びらが地面を彩って、風が吹くとさざ波のように揺らいだ。土の中に彼から貰った結婚指輪と思い出を埋める。『狂ったように咲いてるけど いずれは散りゆく運命です』とは誰の曲だったか。桜の花びらが頬を撫でた。さよなら。私の、大切になれなかった人

【No.-056 君の季節】
今まで君に何度泣かされたことか。どこにいても、何をしていても、ふと瞬間に君の存在を感じて涙が出てくる。忘れたいのに、離れたいのに、初めて君と出会った季節がまたやってくる。このムズムズとした気持ちが解決することはないのだろう。そのとき、花粉が僕の鼻を刺激した。くしゅん

【No.-058 エイプリル】
春は出会いと別れの季節だ。大人になれない奴がいて、街に凄惨な事件が起きて、偽ったものがあって、壊れた人がいる。幸せの背景が不幸だとしても、僕と生きて「幸せだった」と思える人が少しでも増えればいい。その積み重ねを『××』と呼ぶのかもしれない。嘘だけど、掛け値なしの光だった

【No.≠069 三等分の青春】
葵家は三姉妹だ。産まれた季節にあやかって姉が夏、私が秋、妹が冬と名付けられた。私達の暮らしは繊細で、ゆるやかで、鮮やかで、面倒で、騒がしくて、喧騒に負けないくらいの力強さがあった。名前のように青い春なんて存在しなかったけど、いつだって、私達は青春のど真ん中を生きていた。

【No.≠165 記憶の花】
ずっと目覚めないあなたの為に、今日もシロツメクサを摘んでは花冠を作ります。やがて、何度目の春が過ぎたでしょうか。頬を撫でる私の手にあなたの涙が落ちました。「もういいんだよ」という、あなたの声が聞こえた気がします。私自身に言い聞かせるように。病床に伏せた、あなたの声が──

【No.≠183 春の病】
大学の卒業式が終わり、親しくしてくれた先輩達の姿を見つける。新たな旅立ちを祝福するべきなのに、なぜか私の心は騒がしく唸って輪に入れずにいた。声をかけず遠くから様子を眺める。一歩前に出そうとしたその足が、桜の花びらを踏まないように。誰に対して言い訳してるのかもわからずに。

【No.≠185 花冷え】
成人式が終わってから、タイムカプセルを掘り出すために小学校を訪れる。僕を好きだと言ってくれた女の子には、控えめな面影なんて残っていなかった。茶髪で、ピアスを開けて、子どもを連れている。女の子の気持ちはもうわからないけれど、梅の花を眺める横顔が、とても、とても美しかった。

【No.≠234 春凪】
サナトリウムから波の音を聞く。夏になれば本土で花火大会があるらしい。桜が散る。先生の話では、私の寿命はあと数ヶ月しかないそうだ。写真に映る恋人と目が合う。病気のことを言い出せずに私から別れを切り出した。夏になれば、彼と花火を見るはずだったのに。春が終わり、夏になれば──

【No.-216 ありあまる富】
一緒に買ったペアリングを眺める。同じ趣味で付き合ったなら、接点を失えば終わってしまうのだろうか。それでも人生は、続く。不安を振り払うように、二つの指輪を重ねて永遠を象った。ぽんこつな魂だって、青臭くもなれない赤い春だって、自分にとってはありあまる富だ。どうか、良い旅を。

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改めまして、秋助です。主にnoteでは小説、脚本、ツイノベ、短歌、エッセイを記事にしています。同人音声やフリーゲームのシナリオ、オリジナル小説や脚本の執筆依頼はこちらでお願いします→https://profile.coconala.com/users/1646652