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季節140字小説まとめ 秋

【No.054 月ウサギ】
昔々、一羽のウサギが月まで跳ぼうと、長い耳をパタパタ揺らしていました。さみしいウサギ、月まで跳んで、誰かに見ていて欲しいから。ある満月の夜、ウサギはついに月まで跳びました。力尽きたウサギは命を失いましたが、さみしくはありません。今もほら、みんなが君を見ているから

【No.055 レイニーソング】
寝苦しい夜、窓を開けると心地良い風が流れ込んできた。遠くで鳴る踏切の音も、木々の擦れる音も、隣の家の女の子が歌う「る、る、る」というメロディーのない歌声も、いつか消えてしまうのだろうか。空を眺めると月が朧げに揺れている。秋はもうじき、終わりを向かえようとしていた

【No.092 笹舟】
公園のベンチに笹舟が置かれていた。そういえば、別れた彼女は笹舟を作るのが上手だった。笹舟を作っては噴水式の蛇口から水を出して、少し窪んだ水皿の中でどこにも行けない笹舟を揺らす。あの日の記憶も君との思い出も、笹舟と同じでどこにも流れないまま、僕も公園で揺らいでいた

【No.107 すれ違い話】
「明日は中秋の名月なんだって。でも満月の日と重なるのは五年後なんだ」「その話、前にも聞いたよ」「そうだっけ?」「そうだよ。色んな女に話してるから忘れちゃったんじゃないの」「そんなこと」「あれ。この話、あなたから聞いたっけ?」「君こそ、違う男から聞いたんじゃない」

【No.109 病葉】
彼の口から吐かれる、煙草の煙を吸うのが好きだ。苦くて臭い。けれど、同じ空気を吸っている。その事実が私達の関係を強く結ばせているのだと錯覚できる。ゆっくり、ゆっくり、害のある副流煙を吸いながら。ゆっくり、ゆっくり、私達は病葉のように、色褪せては輝きを失っていくのだ

【No.142 妖の街】
今日はハロウィンだ。妖怪や怪物の仮装をして、夜な夜な街に繰り出す。無駄に騒ぎ立て、ゴミを散らかして、交通の邪魔になる。関係のない人には迷惑な行事だろう。でも、私にとっては大切な日だ。今日だけは仮装する人に紛れて、私は人間に化けることなく、堂々と街を歩けるのだから

【No.151 晩秋の犬(百景 1番)】
紅葉が流れるあぜ道で、私は飼い主様を待っています。「冬を越えて、春を過ぎるころには戻ってくるからね」と言って、仮小屋を作ってくれました。草の網目が荒いので夜露が染み込むばかりです。何年経ったでしょうか。飼い主様はまだ迎えに訪れません。私の毛は涙で濡れるばかりです

【No.173 虚ろう季節(百景 23番)】
遥か昔、地球には「季節の移ろい」があったらしい。それが今ではどうだ。圧倒的な技術革新で人類は、四季を完全にコントロールできるようになった。「お知らせします。10月1日を以って、季節は秋になります」と、アナウンスが響く。余韻もなく、私達の季節は流されていくのだ

【No.248 星見海岸(百景 98番)】
秋も深まる頃、海岸にメッセージボトルが流れ着く。夏休みの終わりに高校で催される『光流し』という行事だ。将来の夢や願い事を書いた紙を空き瓶に詰めて海に流す。私も昔は「好きな人と付き合いたい」と願ったことを思い出す。中に入っている色とりどりのビー玉がいくつもの音を生み出した

【No.254 病葉】
「病葉って知ってる?」と、入院していた彼女から聞かれたことがある。秋の落葉期を待たずに、病気によって夏に変色してしまう葉のことだ。彼女は病葉のような人だった。公園のベンチに座る。翠緑をした炭酸飲料の気泡が弾けて、どこへともなく消える様をただただ見ていた。夏だった

【No.622 感傷症候群】
まだまだ先のことだと思って感傷剤の接種を怠ってしまう。夏から秋の気配に変わったのは一瞬で、彼女はあっという間に感傷症候群に罹ってしまった。思考はゆるやかに停止して、過去の切ない記憶にだけ想いを馳せる。世界中で蔓延している病気だ。夏が終わる。季節は、秋を迎えようとしていた

【No.685 月の魔法】
満月を見ると子どものころを思い出す。母親が満月に手をかざして軽く降ると、手のひらには月見団子が乗っかっていた。「取り過ぎると三日月になっちゃうから、今日はこれだけで我慢してね」と微笑む。今にして思えばあれはマジックの類なのだけれど、当時の僕は母親が魔法使いのように思えた

【No.≠001 アカシアの冠】
「十年後も一緒にこの場所で遊ぼう」この公園がまだ草原だったころ、私は幼なじみの男の子と約束したことがある。アカシアで作った冠の交換をゆびきりの代わりにした。結局、その約束が果たされることはなかったけれど。思い出の中の草原は大人になった今でも、翠色の光を鮮明に放っていた

【No.≠019 時の鐘】
押入れの奥から古い万華鏡が出てくる。昔、彼女と行った観光名所で買ったものだ。そっと覗いて、静かに筒を回す。景色がゆっくりと変わっていく様子が、時の鐘を撮っていた彼女の姿と重なる。時間も、夢も、将来も、気付けば少しずつ移り変わっていく。季節はもうすぐ冬になろうとしていた

【No.≠107 忘月忘日】
「今日は中秋の名月なんだって」「でも、必ず満月になるとは限らないんでしょ」「なんで知ってるの?」「前にも聞いたから」「そうだっけ?」「色んな女と遊んでるから忘れたんじゃないの」「君こそ、違う男から聞いたんだろ」「そんなことないよ」縁側に座って、別れの夜明けを待っていた。

【No.≠130 透明な縁】
知り合いを六人介せば、世界中のどんな人にでも行き着くそうだ。幼稚園のときに好きだった男の子。本当は嫌いだった高校の同級生。夢の中でだけ会える先生。何人の『誰か』を経由すれば、大切な人達に辿り着けるのだろう。そんなことを秋の夜長に考えてみては、名前も知らない人達を思った。

【No.≠151 待ち人知らず】
紅葉を踏み鳴らしながら、私は無人駅で飼い主様の迎えを待っています。お手製の待合室は草の網目が荒いので、夜露が体に染み込みます。「冬を越えて、春を過ぎる前には必ず戻ってくるからね」あれから何年が経ったのでしょうか。飼い主様はまだ訪れません。私の被毛は涙で濡れるばかりです。

【No.≠155 声の行方】
ひと夏の恋なんて呼べば聞こえは良いだろう。実際は欲に身を任せただけである。持て余した命を抱えて山へと踏み入った。あれから数年後、罪を償うために山を歩いていると、鹿の鳴き声が彼方から聞こえてくる。その度に悲しそうな誰かの泣き声と重なって、身勝手にも私の心は苦しくなるのだ。

【No.≠167 黄昏時】
世界から夕陽が消えて何十年が経つのだろう。特異環境が原因なのか、出生率の減少や自殺する者が増えていった。平穏は静かに失われていく。亡くなった人達の命を弔うため、秋の終わりには精霊流しが行われる。友人を、家族を、誰かを乗せた船の揺らめく光が、消えてしまった夕陽にも見えた。

【No.≠176 秋あざみ】
娘を連れて妻の墓参りへ訪れる。出産してから数年で亡くなった妻のことを、娘は何も覚えていないはずだ。照れると白い肌が紅葉のように染まることも、頭を撫でる手が秋風のせせらぎのように感じることも。それだって娘の代わりに僕が忘れなければ、きっと、思い出の中で妻に会えるのだろう。

【No.≠187 真珠の涙】
彼女の瞳は涙の代わりに真珠が溢れてくる。金儲けのために親から暴力を振るわれて、毎日のように真珠を流していた。遠い日の記憶だ。彼女の頬を拭うふりして盗んだ真珠を、僕達の通う高校が建っていた空き地に捨て去る。彼女の泣き顔と僕の罪悪感が、秋風に吹かれてボロボロと流れていった。

【No.≠237 季節の変わる】
夏がもうすぐ終わるころ、季節の変わり雨が街に降ってくる。夕陽から滴る黄金色の雨は、向日葵や生命すらも濡らして次の四季に塗り替えていく。山は紅葉が色づき、風には冷たい温度が纏う。青春が終わる。夢も、未来も、夏に対する憧れも乾かないまま、季節の変わり雨は強制的に秋を深めた。

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改めまして、秋助です。主にnoteでは小説、脚本、ツイノベ、短歌、エッセイを記事にしています。同人音声やフリーゲームのシナリオ、オリジナル小説や脚本の執筆依頼はこちらでお願いします→https://profile.coconala.com/users/1646652