季節140字小説まとめ 冬
【No.019 万華鏡】
部屋の掃除をしていたら、古い万華鏡が出てきた。遠い昔、彼女と行った観光名所で買った代物である。そっと覗いて、静かに回す。景色がゆっくりと変わっていく。その様子を、カラカラと音を立てて揺れる、風車の写真を撮っていた彼女の姿と重ねる。季節はもう、冬になろうとしていた
【No.149 代々木公園】
冬になると、彼女と訪れた公園を思い出す。水の流れない噴水の絵を描いていた左手には、いくつもの吐きダコが滲んでいた。そっと写真を撮ったことに気づいた彼女は、なぜか哀しそうに見えた。今頃、君は、あの公園で泣いていて。今頃、渡り鳥も、あの公園で鳴いているのかもしれない
【No.166 祈りの花(百景 16番)】
目を覚ますことはできないけれど、意識は確かにあった。花を摘んでは冠にしてくれた彼女は、そうやって何年も、いくつもの季節が過ぎる間、ずっと僕の病室を訪れてくれた。外を見ると雪が降っている。「もういいんだよ」と君に願うことしかできない僕を、どうか、許さないでほしい
【No.172 山の魔女(百景 22番)】
昔、祖母から「山には魔女が住んでいて、凍える息を吹いては農作物を駄目にするのよ。だから、秋が終わる頃には慎ましく生きなさい」と呪文のように呟いていた事を思い出す。今にして思うとあれは、やがて訪れる冬に対して、私が強く生きられるように願った言葉だったのかもしれない
【No.241 永久凍土(百景 91番)】
降り止まない雪を静めるために、私と妹は山の上に住む魔女の生け贄に捧げられることとなった。病弱だった妹は頂上へと着く前に倒れてしまう。身を清めたあとに、纏った着物が雪に降り積もっていく。村の人達のことなんてどうでも良かった。私は着物の上に寝転がって、妹の寝顔を静かに眺めた
【No.479 湯たんぽぽ】
水も火もガスもない山奥で、寒さに凍えそうになっていた。いつからここにいるのか、いつまでここにいるのかわからないまま数年が経つ。自生する湯たんぽぽの綿毛を、容器の中に詰めてやさしく振るとほんのり温かくなってくる。湯たんぽぽが至る場所に咲くころ、永久凍土の山にも春が生まれた
【No.482 雪似だいふく】
そこまで寒くないのに雪が降ってくる。珍しいなと思っていたらどこからか甘い匂いが漂ってきた。雪が服についた部分がベタベタになっていく。手のひらに雪を乗せて食べてみるとクリームが口の中に広がる。なるほど、もうそんな季節か。人肌が恋しくなるころ、街には雪似だいふくが降り始めた
【No.484 冬の音ずれ】
冬が深く積もると、街のありとあらゆる音がずれていく。朝方の雪の上を歩く調子、薬缶が沸騰する時間、寒さで震える声が遅かったり低かったりする。静かに、静かにずれは大きくなった。正しいリズムがわからないまま、ふいに通学路で彼に会うと、落ち着いたはずの心拍数が早めにずれていった
【No.494 クリスマスディスタンス】
靴下に手紙が添えられていた。「サンタさんへ。このご時世ですので消毒をお願いします。トナカイは家に入れないでください。用が済んだらすぐ帰ってください。プレゼントはたくさんの人形がいいです」/翌日、子どもが靴下を覗くと手紙が入っていた。「密になるので人形は一体だけにします」
【No.536 三択ロース】
クリスマスの夜、三択ロースと名乗る老人が枕元に立っていた。「ここに高級、普通、偽物のロースがある。全部当ったらプレゼントをあげよう」と問題を出してくる。いかにも怪しいので僕は「トナカイもいないのに本当にサンタさんなの?」と聞くと「トナカイなら目の前にあるじゃろ」と笑った
【No.578 ガム売りの青年】
ガム売りの青年が冬の街でガムを売る。凍える風に体を震わせながら、膨らませたガムからは辛かった思い出が浮かび上がる。パチンコ屋の清掃員がドル箱を倒したこと、タバコのポイ捨てを老人に叱られたこと、コンビニ前の地べたに座ってたら尻が汚れたこと。だけど別に誰もガムは買わなかった
【No.676 猫の妖精】
冬にだけ現れる猫の妖精がいた。寒くて震えている人の元に訪れて、毛布を授けるブランケット・ブラウンケット・シーだ。人語を話し、二本足で歩く茶色い猫。体が暖かくて笑顔に変わっていく人を見て、猫は心が温かくなるのを嬉しく感じる。ブランケットと幸せを運ぶ、優しい優しい、猫の妖精
【No.686 雪方不明】
小学校の冬休みに、同級生達が雪だるまを作っていた。僕も混ぜてもらいたかったのに、みんな怒ったり泣きながら僕を追い払った。毎日、毎日、同級生達は雪だるまが溶けないように固め続ける。毎日、毎日。大人になって思い返す。行方不明になった女の子は、一体どこに消えてしまったのだろう
【No.-123 冬菜のお味噌汁】
雪の中という厳しい環境で育つ雪菜は、生命力の強さを感じさせてくれる。冷たい現実から逃れるために、私はファンタジーな世界観が好きになった。心も、言葉も、声も、凍ったままでよかったのに。絶対零度の私の世界を溶かしたのは、毎日お味噌汁を飲んでくれるあなたの穏やかな表情だった。
【No.-151 雪葬】
雪合戦に興じる子ども達を横目に、まっさらな歩道へと踏み出せずにいた。綺麗なものは汚したくないくせに、少しでも濁ってしまえば気にしなくなる。私のせいじゃないからと『誰か』を言い訳にする浅ましさを、雪の中に埋めて消えたかった。白い吐息が揺れる。私の軽薄な命が、しんしんと──
【No.-230 息衝くような速さで】
誰もが当たり前にできることを『息するように』なんて例えるけど、私は昔から呼吸が下手だった。息を吸うのか、吐くのか、時々わからなくなって苦しくなる。生きる為の儀式を無自覚に行える人達が恨めしく、羨ましいと妬む。だから冬は嫌いだ。吐いた白い息が、濁った私の性根を染め上げる。
【No.≠086 花降流】
街では雨の代わりに花が降ります。夏は向日葵。秋は紅葉。冬は山茶花。気温や空模様によって種類は変わりますが、大体は季節に合った花が降り注ぎます。冬の寒さが厳しくなったある日、季節外れにも桜の花びらが舞い始めました。きっと、みんな、春の訪れが待ち遠しかったのかもしれません。
【No.≠154 白を凪ぐ】
苦しいことや辛いことがある度に、私は観光地の海岸へと赴く。さざ波の立つ気持ちで見つめる海の方が、おだやかに、透明に感じるのはどうしてだろうか。遠くの島に佇む灯台を覆い隠すように、雪がしんしんと降り積もる。溶けた水が海に流れて、空に還って、私の心と足下をやさしく濡らした。
【No.≠161 漁り火の島】
あの冬の罪を償うために、誰からも忘れられた島で暮らしています。私のことを覚えている人はもういないでしょう。渡り鳥が私を見つけてくれるのを祈っています。海に浮かぶ漁り火よ、願わくば彼に伝えてください。私はここにいます。おばあさんになるころには、あなたに会えるのでしょうか。
【No.≠172 凍りの時代】
「森の奥には魔女が住んでいて、凍える魔法を使って農作物を駄目にするの。だから、冬は贅沢をせずに慎ましく身を隠しなさい」それが祖母の口癖だった。すっかり耄碌してしまったと思っていたけど、やがて訪れる人生の冬に対して、私が強く生きられるように願った言葉だったのかもしれない。
【No.≠181 白い夜明け】
家出した女の子を泊めた日の夜明け、初雪がしんしんと街を彩る。駅まで送る道すがら、女の子が羽織ったコートの汚れが、雪の白さと対比して目立っていた。店のシャッターが開いて明かりが漏れ出す。中を見てはいけない気がして、それは、知らない女の子を泊めた僕の罪悪感なのかもしれない。
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改めまして、秋助です。主にnoteでは小説、脚本、ツイノベ、短歌、エッセイを記事にしています。同人音声やフリーゲームのシナリオ、オリジナル小説や脚本の執筆依頼はこちらでお願いします→https://profile.coconala.com/users/1646652