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恋愛140字小説まとめ⑤

【No.864 青春賛夏】
高校生になれば、自動で青春が始まると思っていた。部活も、恋愛も、将来も、大人達が思うような眩しさだけではないし、赤の他人が羨むほど適当に生きているわけでもない。だから、私の手で青春とやらを灯すのだ。「花火、買ったんだけどさ」幼なじみの男の子に話しかける。夏が騒ぎ出した。

【No.868 ドーナツホール】
教室で友人とドーナツを食べていたら、好きな男の子が近付いてくる。「俺も食べていい?」嬉しいけど、二時間も並んでやっと買えたドーナツだ。迷っている間に友人が半分こにして差し出す。仲良く笑う二人をドーナツの輪から恨めしく眺めた。甘い香りなのに、口に含めばなぜか苦い気がして。

【No.872 言の葉の檻】
家に居場所のない妹は、いつも図書館で過ごしていた。ある日を境に、相手の好きそうな小説を渡して、その中から相手の好きそうな一文を探して教える習慣ができた。言葉を交わさずとも、言葉で想いを交わし合う。僕にとって彼女は妹なのか、それとも──関係はずっと、あいまいなままだった。

【No.874 アイシャッター】
恋は盲目と言うのなら、愛は失明なのだろう。病室で彼の亡き顔を見てから、瞬きをする度に視界が永久保存されるようになった。増えていく記憶と引き換えに、彼の笑顔が塗り潰されていく。視力を失えば、思い出を失うことはないのか。血が滲むほど突き刺した爪で、それでも瞳は抉れずにいる。

【No.878 夏あめく】
綺麗な小説を、綺麗な映画を、綺麗な音楽を、ふれたあとに彼女のことを思い返す。どれだけ美しい記憶を纏ったって、僕の心に溢れる血液は濁ったままだ。あの夏の風景がモノクロになっていく。形も、匂いも、感触も、もう二度と忘れないように。ずっと願う。彼女の言葉をなぞって、なぞった。

【No.879 夏あわく】
綺麗な絵画を、綺麗な写真を、綺麗な物語を、ふれたあとに彼氏のことを思い出す。どれだけ美しい言葉を飾ったって、私の体に流れる感情は淀んだままだ。あの夏の視界がアナログになっていく。音も、愁いも、色彩も、もう一度忘れられるように。そっと呪う。彼氏の記憶をなじって、なじった。

【No.884 フレネルプリズム】
「僕の夢ってなんだろう」「起きたばかりなのに覚えてないの?」「夜に見る夢じゃなくて、叶えたい未来とか理想の生き方の話だよ」「朝でも昼でも、眠ったら夢は見るでしょ」彼女が意地悪く笑う。何でもない日常は、騒がしい非凡より貴重なのかもしれない。初めから、夢はここにあったのだ。

【No.886 メビウスの輪】
「親指は良いときに立てるし、人差し指は伝えるときに示すでしょ。中指は嫌なときに向けて、小指は約束のときに結ぶよね。でも、この指は特に使わないじゃない」彼女の薬指に婚約指輪をはめる。「だけど、あなたが意味を与えてくれるのね」生きる理由もなかった僕達に、光が射し込むために。

【No.898 通心電波】
携帯のカメラにだけ彼女が映るようになって何年が経つのだろう。レンズが彼女を捉えた瞬間に声や、匂いや、体温を感じるようになる。画面が割れて、スピーカーが壊れて。機種が古いと馬鹿にされても、この携帯の中にしか彼女はいないのだ。また今日も光をかざす。失ってしまう最後の時まで。

【No.899 祝辞】
僕が小学生のとき、幼なじみの家で遊ぶことが多かった。彼女と同棲を始めた頃は言い慣れず、帰宅する度に「お邪魔します」と間違えてはお互いに笑い合っていた。いつの日からだろう。僕の「お邪魔します」が「ただいま」になって、彼女の「また来てね」が「いってらっしゃい」になったのは。

【No.901 記念撮影】
カメラを構えると彼女は不機嫌になる。気分転換に『はい、チーズ!』の由来は、撮影者が「配置、良いっす!」と褒め、思わずにっこりしたのが始まりという雑学を披露する。「嘘だけどね」「なにそれ」呆れながらも、少しだけ口角が上がるのを見逃さない。彼女のほほえむ姿を、写真に収める。

No.903 幸せの勘違い
「今、幸せ?」美容院のお兄さんからふいに訊ねられる。鏡を見ても彼はのんびりと髪を梳いてるだけだ。確かに私は惰性的な日々を過ごしているのかもしれない。それでも大好きなお兄さんといる時間が、指にふれている瞬間が私にとっての特別だ。「はい。しあわ、」「いらっしゃーせー」「あ」

【No.904 恋るつぼ】
サラダを取り分けると褒められたけど、野菜嫌いだから私の量を減らしたいだけだ。なのに、男の子は「もっと食べれば?」と勝手によそう。空気が読めない癖に、左利きの私を左端に座らせたり、飲めないお酒をソフトドリンクに変えたり。私の気も知らないで、そういうところが全部……嫌いだ。

【No.905 ルノアール】
元カノ達が愛煙家だったせいで、嗜まないのに喫煙席と答えてしまう。食事を終えてからも、彼女は陰りのある表情をしていた。移動した禁煙席はどこか臭く、肺に淀みが溜まっていくのはなぜだろうか。別れる相手のことなんかどうでもいいはずなのに。未練を吸って、憐憫を吐く。思い出が燻る。

【No.908 夜紛い】
目が見えない彼女のために点字の勉強をしている。思えば、指先で言葉を感じるなんて不思議な体験だ。モールス信号、手話、背中になぞる文字。声以外に気持ちを伝える方法があることを幸せに思う。人差し指で不器用にも机を叩く。ツーツーツートンツー、ツートンツートンツー。彼女が笑った。

【No.917 幸福論】
彼からもらった指輪を外す。左手の薬指についた跡が蜜月の証にも、後悔の枷にも思えた。幸せになりたかっただけなのに。愛されたかっただけなのに。ただ『それだけ』の共通点で私達は満たされていると思い込んでいた。『それだけ』でいいという願いが、そもそも傲慢な生き方なんて知らずに。

【No.918 晴る】
『やか』の付く言葉には綺麗なものが多い。あざやか、しとやか、すこやか。繊細な響きは私の心をおだやかにしてくれる。彼の「つまやか、ひよやか、おもやかなんて言い方もあるだろ」という皮肉をかろやかに躱して、今日も朝が始まった。なごやかな静寂に、そんな彼のやかましさを笑い合う。

【No.920 夢見るあの子】
幸せな夢を見れる枕を購入する。大金持ちになって、おいしいものを食べて、とても幸せな時間だ。でも彼女は「別に普通の夢だったな」と残念がっていた。「あなたとコーヒーを飲んで、読書して、絵を描きに散歩する。いつもの、普通のことでしょ」と笑う。まだ、僕は夢の中なのかもしれない。

【No.925 晩年】
「玄冬、青春、朱夏、白秋と言って、人生を四季に当てはめた考え方があるそうよ。まるで、出世魚みたいね」金婚式を迎えても慎ましく、ブリの照り焼きを食べながら妻が微笑む。齢八十にも満たない若造の僕らは、今、どの季節にいるのだろう。記憶や、髪の色が、例え白くなっても。お前と――

【No.926 徒然銀河】
地球最後の日、流星群が降り注ぐ。空が綺麗に映える丘で、僕と彼女は終焉を眺めていた。星に三回願うと夢が叶うらしい。早口が不得意な彼女のために、半分ずつ声にする。二人の願いだ。二人で祈るのは構わないだろう。「生まれ変わっても」「一緒にいたい」祝福の光が、今、目の前で爆ぜた。

No.927 秘すれば毒
学級委員長の女の子は臆病でおとなしい性格だった。でも、小学校に咲いているツツジの蜜をこっそり吸うときだけは、かわいい笑顔を浮かべる。「私達だけのひみつね」図書室の本が切り裂かれてるのも、飼育小屋のウサギが怪我してるのも。あの子の仕業ということは、僕達だけのひみつなのだ。

【No.928 逢、哀、愛。】
「形あるものに永遠はないよ」私の頭を撫でながら博士は横たわります。「では、愛に終わりはないのでしょうか?」機械人形の私は多くの死を看取りました。「そうだね。今は途切れているだけさ」だから、二度と逢えなくなっても哀しくありません。数千年後の未来にも、愛は繋がっているので。

【No.930 星をめぐる】
私と彼女で人生初のスタバに訪れる。「抹茶、イチゴクリーム、フラペチーノ、トールで」注文を間違えないように何度も呟く姿が愛おしかった。「飲み切れないから」を言い訳に、一本のストローで分け合う飲み物は甘酸っぱく、どこかほろ苦い。この緊張は慣れない雰囲気のせいか。それとも――

【No.-205 アルカレミア】
人間の自然破壊によって、私たち人魚の泳ぐ海は暮らせる環境ではなくなってしまった。逢瀬を遂げるため、魔女に犠牲を払ってまで人間になる。声や尾を失っても彼女は美しい。やっと結ばれたのに、人間は同性で愛し合うのを非難する。彼女の瞳から流れる涙を掬う。口に含むと故郷の味がした。

【No.-217 スリープウォーク】
私は晴れの日が嫌いだ。どんなに未来が暗くたって、上を向いて歩かなきゃいけない気分になる。俯いても泥濘に映る青空は見えるのに。私は私に自信が持てないから、いつか、根拠のない誰かの「大丈夫」に安心してしまう日が来るのだろうか。踏み出した足を止めて、解けてもいない靴紐を結ぶ。

【No.-218 花曇り】
花農家の私達は声の代わりに花言葉で想いを交わし合っていた。けれど、一つの花にいくつもの意味があるせいですれ違ってしまったのだろう。花言葉なんて誰かが作った勝手な祈りだ。私達もそれに倣う。最後の共同作業として、新品種の花に「貴方と出会わなきゃよかった」という願いを込めた。

【No.-226 恋慕喫茶】
大学の後輩に告白するため高級喫茶店に訪れる。この緊張は大正浪漫あふれる内装のせいだろう。「僕と付き合ってください」嫌いなコーヒーを飲む手が震えた。後輩がカップに角砂糖を落とす。「苦さも、パンケーキも、不安も半分こ」声が上擦る。「幸せも、お会計も半分こです」優しく笑った。

【No.-228 人魚水葬】
人魚に恋した青年は海で暮らしたいと願います。美しい声も、鰭も、失うにはかけがえのないもの。ならば、代償を払うのは醜い自分の方。青年は魔女に祈り、感情を犠牲にして海に潜りました。人魚は悲しみます。同じ世界で生きられなくても、ありのままの青年と過ごせるだけで幸せだったのに。

【No.-231 星天前路】
婚姻届は夫婦になるためのラブレターかもしれない。彼とは短冊に願って付き合えたから、入籍は七夕の日と決めていた。窓口預かりで受理は次の日になるけど。他人や家族じゃない今に不安を覚える。それでも、目が覚めれば天の川を超えられるはず。灯りを消して、運命の赤い短冊を握りしめた。

【No.-235 恋琴術】
高校の修学旅行で沖縄に訪れる。泳げないので砂浜で休んでいると、委員長が頬にペットボトルを当ててきた。「炭酸、苦手なんだけどな」「知ってるよ」いつもは暗い表情なのに、熱に浮かされてか意地悪く笑う。体が火照る。海がさざめく。嫌いだった夏から、彼女が恋とキラキラを生み出した。

【No.-238 さやかな、ささやか。】
「『さやかな』と『ささやか』って、言葉は似てるのに意味は正反対なのね」彼女が夜空を見ながら話す。「『サイレン』と『サイレント』もか」そう思うと不思議な気分だ。「あ、流れ星」ささやかな時間に、さやかな光が降り注ぐ。僕達の日々だって似てるけど、退屈とは程遠いのかもしれない。

【No.-241 想い編む】
半年に一度、人類は選んだ一つ以外の言葉を忘れてしまう。その度に僕は恋を、彼女は愛をお互いに教え合う。好きだから一緒にいるのが恋で、嫌いだけど一緒にいたいのが愛だそうだ。言葉足らずで傷付けてしまうかもしれない。でも、思い出せるならきっと僕達は大丈夫なはず。

【No.-242 在りし夏】
匂いの記憶と言うけれど、人が最後まで覚えている五感は嗅覚らしい。蚊取り線香の煙、夕立の香り、手持ち花火の匂い。幾許の年月を一緒に過ごしただろうか。病室で眠る妻の走馬灯が、僕との在りし夏であってほしいと願う。人生最期の日に思い出す妻の記憶が例え、薬品の臭いしかしなくても。

【No.-246 青と夏】
バス停で雨宿りしながら俯く。昔は泣き虫なので『雨女ちゃん』と馬鹿にされていた。そのせいか天気の悪い日は憂鬱になる。でも泣いたあとの笑顔はとびきり素敵だって、幼なじみの男の子が慰めてくれたっけ。「あ」バスから彼が降りてきた。「お」雨が止む。私の心と空に、大きな虹が架かる。

【No.-252 おだんごころ】
彼女のお団子頭がヘッドフォンに変わってたけど問題はないらしい。そんなものかと笑って、たまには縁側で寄り添い合う。『あなたの隣はドキドキするなぁ』「え?」彼女の心の声と心臓の音がお団子頭から鳴り響く。「わー!今のなしなし!」気付いた彼女が顔を真っ赤にしながら髪をほどいた。

【No.≠226 海標】
数年に一度、この国は満潮によって海底に沈む。潮が引く数日の間、私は彼の住んでいる国まで避難することになった。遠くには入道雲がそびえ立ち、中を突っ切ればやわらかな雰囲気と、おだやかな波音が広がる。水面が高くならないと辿り着けない国を目指し、彼との再会を道標に舟を漕ぐのだ。

【No.≠227 不恋不愛③】
不要不急の恋が解除されてから数ヶ月が経つ。街には恋人達が溢れているけれど、その幸せの背景にどれだけの関係が失われてしまったのだろうか。結局、恋愛のままごとなのかもしれない。会えない時間が愛を深めるなんて妄言だった。それでも、だけどもう一度、隔離病室で眠る彼の果てを願う。

【No.≠229 ラピッドダンス】
文化祭で僕達のクラスは創作ダンスをすることになった。誰もセンターをやりたがらないのに、内気で、長い前髪のせいで表情が見えない女の子が手を上げる。みんなは驚いていたけど僕だけは知っていた。放課後の教室で踊る女の子の澄んだ月のような瞳と、結った髪から覗く笑顔が美しいことを。

【No.≠230 乾き渇く】
美容師である彼が私の髪を梳く。ふいに「私の髪が綺麗じゃなかったら別れる?」なんて聞くと無言のまま髪を乾かす。「君はさ──」彼の言葉に棘はあったけど、私も、ドライヤーの音で聞こえなかったことにする。知らない女を抱いた彼の手が、浮気に気付いてないと思っている私の頭を撫でた。

【No.≠234 春凪】
サナトリウムから波の音を聞く。夏になれば本土で花火大会があるらしい。桜が散る。先生の話では、私の寿命はあと数ヶ月しかないそうだ。写真に映る恋人と目が合う。病気のことを言い出せずに私から別れを切り出した。夏になれば、彼と花火を見るはずだったのに。春が終わり、夏になれば──

【No.≠235 よすがを患う】
視力を失った私は、同棲中の彼女と手を繋いでいる間だけ景色を取り戻す。なのに、友達と遊びに行ったきり返信のない彼女を待ちながら、私は静かな夜をひとりで過ごした。繋ぐ未来が行方不明のまま、空っぽになった左手がさまよう。偽りの光に、見えないはずの目が眩んでは冷たい夜を患った。

【No.≠236 光の破片】
当たって砕けろの精神で挑んだ結果、私は見事に振られてしまう。傷心しながら浜辺を眺めていると海に三日月が映る。その様子が光の破片にも感じた。私と同じように、月も太陽に告白して砕けたのだろうか。彼を思い出しては涙が伝って、惑うような波形を生み出す。半分の月が瞳に映り込んだ。

【No.≠238 ニーア】
雨風を凌げる場所もなく、寒さで震える私をあなたは保護してくれました。ご飯を与えて、何度も頭を撫でてくれます。初めてのぬくもりは愛しいですが、その優しさを失うことが不安で遠い街に走り出しました。もう二度と会えないあなたに向けて、私は身勝手にも「にー、にー」と鳴き暮れます。

【No.≠239 不惜身命】
魔女に願って不死となった代償に、私は恋を封印された。誰かを想う度に心臓が高鳴り死が迫る。恋を失ってまで得たいと思った命だけど、散りゆくあなたのためなら捧げても構わなかった。絶えるなら絶えてもいいと想いを告げる。横たわるあなたの側で、私も静かにまどろむ。今、呪いが解けた。

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