見出し画像

家族140字小説まとめ④

【No.827 サンタマリア】
欲しくもない文房具を盗んだ手で、オルゴールのネジを回す。ぐずっていた娘がやわらかな楽曲に喜ぶ。無垢な子どもを抱きしめる感覚は、夫の首を絞めた感触と似ていて恐くなってしまう。昏い部屋にサイレンの音が差し込む。嫌いなことも、綺麗なことも、気味が悪いほどに、機械仕掛けなのだ。

【No.828 四色問題】
兄に忘れたお弁当箱を届けると、幼なじみの先輩を見つける。最後列の左端。教室は違うけど私の隣の席だった。あと一年、私の誕生日が早かったら。あと一年、先輩の誕生日が遅かったら。私達は隣同士の席になっていたのかな。家も、クラスも、関係も、隣じゃなくて一緒だったらいいのに。

【No.831 種も仕掛けも】
祖母は昔から手品が得意だった。幼い私を喜ばせようとミカンを消したときは、驚きよりも好物がなくなったことに泣いたっけ。そんな思い出も、私の顔も、祖母は忘れている。きっと、自分自身に手品を仕掛けてしまったのだ。記憶を失う魔法を。実は夢でしたなんて、種明かしもされないままに。

【No.839 ブロックノイズ】
祖母がテレビの砂嵐を見つめて、真夜中に手を叩きながら笑っていた。振り向くと母が虚ろな目をして立っている。「おばあちゃんはもういないのよ」うわ言のように話すそれは、一体どういう意味なのだろう。濁った目の祖母がゆっくりと振り向く。「お前に子どもはいないんだよ」画面が乱れた。

【No.854 アダルトチルドレン】
産まれてこなければ、『産まれてこなければ』と考える猶予もなかったのに。母の愛する男の、母を見る好意の目が私に向けられる感情と同じことに気付く。産まれてしまったから、『産まれてしまったから』と笑える余裕もなかった。愛ってやつで救われる意味は、大人になれど理解できずにいる。

【No.857 アンナ】
母の日なので花を用意する。いつもぶっきらぼうに「食べ物じゃないならいらないわよ」と拒んでいたっけ。だから今年は、チョコで作ったカーネーションを持って母に会いに行く。絶対に受け取ってくれないし、食べてくれないとはわかっているけど。それでも、感謝の気持ちと花を墓前に供える。

【No.866 イデオロギー】
「綺麗事って結局、他人事なんだよね」会計を済ましたパパが、募金箱に釣り銭を入れる。「自分に飛び火しないから、好き勝手言えるんだよ」大きな手が私の制服の乱れを直す。「お小遣いが貰えるんだから、君も助かるだろ」私は、あの家から連れ出してくれるのなら、それが犯罪でもよかった。

【No.867 マザーグース】
小学生の頃、先生をお母さんと呼んでしまう癖が抜けなかった。その度に先生は複雑な顔になる。家では一度もお母さんなんて呼んだことがないのに。父の再婚で義母になったのが先生だった。「先生はお母さんじゃありません」離婚によって再び他人となった今、先生の悲しそうな声が蘇ってくる。

【No.872 言の葉の檻】
家に居場所のない妹は、いつも図書館で過ごしていた。ある日を境に、相手の好きそうな小説を渡して、その中から相手の好きそうな一文を探して教える習慣ができた。言葉を交わさずとも、言葉で想いを交わし合う。僕にとって彼女は妹なのか、それとも──関係はずっと、あいまいなままだった。

No.880 亡き声
「鈴虫の鳴き声が好き。他の虫も綺麗に鳴くようになったらいいのに」「でも、蜘蛛が鳴いたら嫌だろ」弟のからかいに彼女は「そうかも」と身震いする。「鳴くのも素敵なだけじゃないのね」そんなことはない。僕が亡くなった日の夜、人知れず泣いていた彼女の声は、とても美しかったのだから。

【No.882 黒斑に残る】
指に刺さったトゲを、母が優しく抜いてくれたのを思い出す。長い前髪から覗くおでこの青痣と、父の暴力で残った鉛筆の芯は今でも目を伏せてしまう。昔はシミとホクロだなんてごまかしていたっけ。いつか、母の人生に巣くうトゲも取ることができたなら。そう願う度、心に小さな痛みが走った。

【No.889 損属】
大切か。と聞かれたら蔑ろにした方だし、愛おしいか。と言われたら首を横に振る。それでも交通事故で亡くなった母を蘇らせるのは、もう一度会いたい気持ちがあるからだ。勝手に死ぬな。気まずそうに笑う母と、不格好に抱き合う。僕の握るナイフが母の腹部に刺さる。やっと自分の手で殺せた。

【No.896 サプライズボックス】
子どものころは親父の手製びっくり箱で無邪気に驚いていたっけ。反応が気に入ったのか、俺が中学生になっても親父は驚かせ続けた。それが煩わしくて、いつしか無視するようになったけど。反抗期だったんだ。なぁ、早く棺桶から飛び出してくれよ。何度でも、涙を流しながら驚いてやるからさ。

【No.897 フラマリア】
魔女が与えた種から花を咲かせば願いを叶えてもらえる。なのに私だけ芽が出ないことをみんなが馬鹿にした。約束の日、魔女に鉢を差し出すと、正直者の私には願う権利があると微笑む。種なんて本当は育たない。造り物を植えていただけ。それでも、望めるならみんなに本物の花が咲くよう祈る。

【No.898 通心電波】
携帯のカメラにだけ彼女が映るようになって何年が経つのだろう。レンズが彼女を捉えた瞬間に声や、匂いや、体温を感じるようになる。画面が割れて、スピーカーが壊れて。機種が古いと馬鹿にされても、この携帯の中にしか彼女はいないのだ。また今日も光をかざす。失ってしまう最後の時まで。

【No.899 祝辞】
僕が小学生のとき、幼なじみの家で遊ぶことが多かった。彼女と同棲を始めた頃は言い慣れず、帰宅する度に「お邪魔します」と間違えてはお互いに笑い合っていた。いつの日からだろう。僕の「お邪魔します」が「ただいま」になって、彼女の「また来てね」が「いってらっしゃい」になったのは。

【No.906 濃淡蝕】
「どうせ死ぬなら濃くて短い人生がいいだろ」アルコール依存症で亡くなった父親が、度数の高い酒を好んでいたの思い出す。彼を否定したくて昔から味の薄いカルピスを作っていた。禁煙で震える手で息子の頭を撫でる。いつか自分も同じ結末を辿るのだろうか。粘りつくような、血の濃さを呪う。

【No.909 迷世中】
母の言う「良い子」が「『都合の』良い子」である事に気付いたのは小学四年生の頃だったか。容姿端麗、成績優秀な姉と比べられて、母が電話越しに話す「下の子」という表現に、嘲笑と含みを感じて耳を塞ぐ。甲高い声がする度、心配そうに困った顔を浮かべる姉も、本当は私、大嫌いだったよ。

【No.916 福音】
「くろいとこふんだらじごくにおちるからね」子どもと手を繋ぎながら横断歩道を渡っていく。小さい足で一生懸命にジャンプしていた。服の下に隠れた青痣を思い返す度に、本当の親の元に返すべきなのか逡巡する。「あ、くろをふんだからじごくー!」明滅する信号に進むか、戻るかは、まだ――

【No.925 晩年】
「玄冬、青春、朱夏、白秋と言って、人生を四季に当てはめた考え方があるそうよ。まるで、出世魚みたいね」金婚式を迎えても慎ましく、ブリの照り焼きを食べながら妻が微笑む。齢八十にも満たない若造の僕らは、今、どの季節にいるのだろう。記憶や、髪の色が、例え白くなっても。お前と――

【No.-172 残響の街(正しい街の破片②)】
誰もいないはずの路地から会話が聞こえてくる。驚く私に老夫婦のおばあさんが『この街は声が遅れて届くのです』と紙にペンを走らせた。そのとき──「ジジイになってもお前のこと好きだからな!」どこからか無邪気な男の子の声が響く。咳払いを一つして、おじいさんが恥ずかしそうに笑った。

【No.-178 映画の街(正しい街の破片⑧)】
広場のスクリーンの前には椅子が置かれていた。老人が涙を流しながら映写機の中に入ると、彼の歴史が映し出される。命と引き換えに人生を見世物にして、稼いだお金を妻の治療費に充てるのだ。彼の最期を看取る。エンドロールの果ての果てまで。興味ない観客が、くだらない三文芝居だと嗤う。

【No.-184 花患の街(正しい街の破片⑭)】
女の子が母親にカーネーションを差し出す。余程嬉しかったのか、娘も母親も涙を流していた。街には花が咲き誇っている。……いや、元は人間だったのだ。向日葵になった笑顔。白菊に育った細い腕。紅葉に変わった幼い足。花患いに罹った者は体が植物に奪われていく。贈り物の花も、本当は──

【No.-186 夜凪の街(正しい街の破片⑯)】
夜を掘り続ける老婆が月に照らされていた。希望を持たされてしまう朝が終わるように、幽かな光にしか救いを求められない者に、街の人達は献身的に夜を届ける。老婆の手が止まることはない。病床に伏せた夫のことを想う。このまま夜を発掘していれば、別れの夜明けなんて知らずに済むと呟く。

【No.-204 フラワーウォール】
育ての母は私を「ひまわり畑で拾った」と話す。血の繋がらない妹の向日葵も似た笑顔が、私には眩しくてつい日陰に隠れてしまう。それでも、白菊みたいな細い腕を、妹が褒めてくれたから少しだけ楽になれた。今は花霞の向こうに消えてしまったけど。祈るように、また、夏の匂いを閉じ込める。

【No.-207 狼煙】
将来は森の中に食堂を開きたい。年輪が綺麗な切り株の椅子に、春には京錦の鯉のぼりを看板代わりに飾る。甥っ子が成人したときはおいしい料理を振る舞って、一緒にお酒を嗜めるように願う。歳を重ねても全自動で未来はやってこない。だからこそ諦めない理由が如く、手動で夢を切り拓くのだ。

【No.-215 ゆめいっぱい】
「ちびまる子ちゃんの食卓を囲む場面って、いつも一人足りない気がする」日曜の夜にアニメを観ながら彼女が呟く。幼少の頃から側にあった光景だから、自分も家族になった気分なのだろう。幸せそうにご飯を食べる姿を見てお腹が減る。憂鬱な月曜日も笑うために。手を合わせて、いただきます。

【No.-219 信葉】
「信じたからな」が親父の口癖だった。夢を言い訳に大学を辞めたときも、一人暮らしは楽しいか聞かれたときも、言葉を濁す俺に頷いてくれたのに。『親だから』という信頼が鬱陶しくて、あの日は感情的になっただけなんだって。だから「死ねよクソ親父」なんて冗談、信じてほしくなかったよ。

【No.-225 リィンカーネーション】
風鈴が咲く時期になると、私は亡き母の言葉を思い出す。「綺麗だけど摘み取ってはいけないよ。元は誰かの命だからね」母は縁側に座りながら、寂しそうに団扇で涼ませてくれた。親になった今、家の庭先で小さな風鈴を娘が揺らす。今年は多くの命が失われた。りりん。と、追悼の音が鳴り響く。

【No.-231 星天前路】
婚姻届は夫婦になるためのラブレターかもしれない。彼とは短冊に願って付き合えたから、入籍は七夕の日と決めていた。窓口預かりで受理は次の日になるけど。他人や家族じゃない今に不安を覚える。それでも、目が覚めれば天の川を超えられるはず。灯りを消して、運命の赤い短冊を握りしめた。

【No.-242 在りし夏】
匂いの記憶と言うけれど、人が最後まで覚えている五感は嗅覚らしい。蚊取り線香の煙、夕立の香り、手持ち花火の匂い。幾許の年月を一緒に過ごしただろうか。病室で眠る妻の走馬灯が、僕との在りし夏であってほしいと願う。人生最期の日に思い出す妻の記憶が例え、薬品の臭いしかしなくても。

【No.-243 トマトマト】
カロリーを気にする僕のために、小学生の息子が料理を作ってくれた。ご飯をカリフラワーに、鶏肉ではなく大豆ミートを使ったオムライスは格別においしい。お皿まではみ出した『けんこうになりますように』という無邪気な願いが沁みる。まぁ、ケチャップの量が多いのは見なかったことにして。

【No.≠212 亡き真似】
孫を騙る男性から電話がかかってきた。もう亡くなっているのに、声が孫にそっくりで思わず涙が流れる。男性が私を心配してくれるほどに、孫はこの世にいないと思い知らされてしまうから。私より先に旅立ったあの子が優しいはずないもの。だから私も意地悪く、あなたには会ってあげませんよ。

【No.≠216 樹祷】
妻が植物状態になって数十年が経つ。少しでも感情を揺り動かすように、僕達が小学生のときに演じた『花咲じいさん』のビデオを見せる。「かれきにはなをーさかせましょー」木の役の妻に幼い僕が呼びかける。花のような笑顔が戻るまで、僕は一体、どれだけの涙を妻に与えればいいのだろうか。

【No.≠219 涙花】
感情的に娘を叱ってしまい布団に塞ぎ込む。いつのまに眠っていたのか、目を覚ますと折り紙のチューリップが置かれていた。拙い文字で『まま、ごめんね』と書かれた紙を見つけて身勝手にも胸が痛む。娘を叩いた手で、娘の折った花を撫でる。ふいに溢れた涙が、鮮やかなチューリップに流れた。

【No.≠220 忘景】
両親との仲が悪くなり、なかば家出のように一人暮らしを始める。二十歳の私が生活費と学費を稼ぎながら生きるのは難しい。バイトの帰り道、河川敷に落ちていた空き缶を拾う。誰にも必要とされない私みたいだったから。見上げた空に映った夕日は少しだけ寂しい。けれど、少しだけ救いだった。

【No.≠228 魂の行く末】
もの悲しい鳥の鳴き声に目を覚ます。茫然としながらも灯台守が鐘を鳴らすと、住民も祈るように手を合わせた。この島では亡くなった者を全員で偲ぶ風習がある。魂が迷わず彼岸に辿り着けるよう光を照らす。何十年も鐘を鳴らし続けてきた灯台守は、その夜、息子の死を知って静かに涙を流した。

この記事は有料ですが全編公開になっています。私の活動を応援してくださる方がいましたら投げ銭してくれると嬉しいです。また、サポートやスキのチェック。コメント、フォローをしてくださると喜びます。創作関係のお仕事も募集していますので、どうか、よろしくお願いします。

ここから先は

0字

¥ 100

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

改めまして、秋助です。主にnoteでは小説、脚本、ツイノベ、短歌、エッセイを記事にしています。同人音声やフリーゲームのシナリオ、オリジナル小説や脚本の執筆依頼はこちらでお願いします→https://profile.coconala.com/users/1646652