牛くんと大根さん
牛くんと大根さんは朝日を浴びながら、いつものように楽しくおしゃべりしていました。
「今日も、いい天気だね」
「本当にそうね、ほがらかに歌いたい気分よ」
牛くんは牛舎の一番端に繋がれており、大根さんは畑のこれまた端っこの、牛舎のそばに埋わっていました。そのため、自然とふたりは仲良くなったのでした。
「大根さん、実は、さよならを言わなきゃいけないんだ」
「何ですって!」
「僕はもうすぐトラックに乗せられて、市場へ行くんだ。だから、今日で君とお別れなんだ」
大根さんは大粒の涙を流しました。あまり泣くと、せっかく朝いちばんにもらった水が抜けてしまうのですが、涙は後から後から、湧き出てくるのでした。
それからすぐにトラックが来て、牛くんを連れて行ってしまいました。
大根さんは祈りました。
「牛くんがいない世界なんてつまらない。神様、どうか私も一緒に連れて行って下さい」
しばらくして、大根さんは農家の主人に引き抜かれ、大量の仲間と一緒に洗われ、段ボール箱に詰められました。そして、トラックに乗せられました。
大根さんは不安と恐怖のあまり、箱の中でずっと震えていました。やがてトラックが停まり、箱が地面にドスンと置かれました。頭上が突然、明るくなりました。
「やー、丸々と太って、いい大根だなあ」
男は大根さんをつかむと、流し台で大根さんの体をごしごしと洗いました。タワシでこするので、痛くてたまりません。
「きゃあ! 痛い! 乙女なんだから優しく扱ってよっ!」
その後、よく研がれた包丁で、大根さんは真っ二つに切られました。そして、小さな刃がたくさんついた道具で、力いっぱいすりつぶされました。
「ぎゃあああああ! 死ぬ――――ッ!」
すると驚いた事に、牛くんの声がしました。
「大根さん、がんばって! 僕もがんばるから!」
なんと、大根さんのすぐ横で、肉のかたまりになった牛くんが、大根さんを励ましているのでした。
「牛くん! また会えたのね、うれしい!」
「本当に、奇跡だね」
牛くんは鉄板の上で焼かれる間、大根さんがそばにいるためか、決して「熱い」とか「痛い」と言いませんでした。それで大根さんも、醤油を垂らされた時にこれまでにない激痛が走りましたが、耐えました。
牛くんの上に大根さんが盛られ、再び、どこかに運ばれました。
ふたりは、若い男女の前に置かれました。
「結婚一周年、おめでとう。いつもありがとう。これからも、よろしく」「うふふ、こちらこそ、よろしくね。うわあ、おいしそうなステーキ!」
牛くんはナイフで小さく切られ、大根さんと一緒に、彼らの喉から胃の中へと落ちていきました。落ちていく途中で、ふたりはさらに小さくなっていきました。
「大根さん、僕たち、ものすごく小さくなっちゃったね」
「今日一日でいろんな事がありすぎて、目が回りそうよ。でも、こんなに小さくなっても、牛くんと一緒にいられてうれしい」
ふたりは高速で流れる血液に乗って、彼らの体じゅうを巡りました。そしてやがて、半透明のやわらかい物質の中へと吸い込まれました。その物質は、ものすごい勢いで分裂していました。
数か月が経ちました。半透明の物質は、いちごほどの大きさになっていました。時おり、はるか頭上で声がしました。
「男の子かなあ、女の子かなあ」
「元気な男の子よ!」
大根さんは力いっぱい叫びましたが、牛くんはシッと口元に指を立てて、言いました。
「こういう事は、産まれてからのおたのしみなんだよ」
赤ちゃんが成長するにつれ、大根さんは、牛くんの話す内容が聞き取りにくくなってきました。牛くんも、大根さんの姿が見えにくくなってきました。
「僕たち、今度こそ本当にお別れのようだね」
「そのようね。牛くんがいてくれて、わたし、幸せだったわ」
「次は、君がひばりで、僕がたんぽぽの花だったらいいね」
「ええ、また会えますように」
ふたりは長い眠りにつきました。