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私の写真半生2 大学入学から大学院修了まで

当初からは写真の方向性が大きく変わっていった大学から大学修了までの話

高校での少年野球や少年サッカーを撮るアイルバイトをきっかけにプロのスポーツカメラマンになると決めて、東京工芸大学芸術学部写真学科に入学しました。ところが大学で学んだこと、触れた価値観、経験で大きく方向性が変わっていくこととなります。

基礎からのスタート

大学での写真の基礎の授業は、白黒のフィルムカメラを使って行われました。時代としてはデジタル時代に突入しはじめた頃。アルバイトで稼いだお金で高3の時にはデジタルの一眼レフを購入していた自分にとっては「え!?まだフィルムなの!?」と驚きました。今振り返ると、そんなすぐにカリキュラム変えられるわけないですよね(笑)

デジタルだろうと、アナログだろうと、写真は写真。大切なことは共通しています。授業では、写真を「どのように撮るか」だけでなく、「どのように写真を見せるか」も重要だと教えられました。写真を通してどう表現するか、どう伝えるかも大切だということですね。


大学初期に「色んな光源で撮ってみよう」という課題があり、パチンコの看板に照らされた畑を撮った写真。その後この写真をきっかけに「In the Darkness」という作品を作りました。

暗室での学び

アナログでの写真の授業。白黒フィルムで撮るということだけでは終わりません。撮った白黒フィルムをどう現像するか、そしてどうプリントするかも教わります。当然、暗室でのプリント作業を教えられていきます。暗室での作業を通じて、写真の明るさやコントラストのコントロールだけでなく、部分的に光を余分に当てたり遮ることで、写真の一部分を意図的に明るくしたり、逆に暗くする技術(多い焼き、焼き込み)を学びました。これにより、作品をどのように見せるか、伝えるかの重要性を理解していきます。

表現の楽しさ

入学当初は、ただスポーツを上手く撮れるようになりたいと考えていましたが、写真で何かを表現することの面白さや奥深さを知ることになりました。大学は写真家を育てることに重きを置いており、私もその影響を受け、次第にスポーツカメラマンになると熱量は、写真で何かを表現することにシフトしていきました。1,2年生の頃は撮影したフィルムを自分のアパートで現像し、時間があれば大学の暗室でプリントをする。うまく撮れたと思った写真を納得が行くまで何度も何度もプリントする。そんな日々を過ごしていました。

現実とのバランス

撮ってはプリントをする。自分なりに写真を表現することをひたすらしていましたが、一方で現実も見据えていました。コマーシャルなどのジャンルでプロとしてお金を稼ぐことも重要だと考える部分もありました。好奇心旺盛で様々なジャンルの写真にも興味がある自分。当時はスナップ写真をよく撮っていましたが、人を撮影するポートレートや、ライティングを駆使して商品を撮る物撮りにも興味を持っていました。写真のことを幅広く学びたい、そのほうが将来の仕事にもつながるという意識が強かったのだと思います。

そのため、4年生の研究室ではライティングが学べ、仕事につながりやすいだろうと考え、コマーシャル研究室を選びました。研究室の先生の繋がりでコマーシャルの世界で活躍する方たちとも会うことができました。そうしていく中でコマーシャルでお金を稼ぎつつ、自分の作品も別で作っていく。そいうフォトグラファーになっていきたいと漠然とこの頃から意識していたんだと思います。

でもまだまだ夢見る学生といった感じでどこか自分の撮りたいものを撮るということにより重きをおいていたのでしょう。特にそのころは「心象風景」なる写真が流行っていたともあり、自分でもそういう写真をスナップでよく撮っていました。

就職活動

仕事としての写真、作品としての写真、そういった狭間で右往左往するなかで就職活動を行っていました。そしてコマーシャル系の撮影会社の内定直前(?)のところまで行ったのですが、ここで心の迷いが。。。

「もっと写真を学びたい、写真表現を追求したい」という気持ちが強くなり、進学してもっと写真表現を追求していくことを決意しました。そして東京工芸大学大学院 芸術学研究科 メディアアート専攻 写真領域(修士課程)へ進学することになります。


学部の卒業制作「日々、日常の中で」の一部をご紹介

大学院での生活

理想としては在学中になにか大きな賞をとったりすることができればと思っていました。大学の同期でも大きな賞を撮り、注目されている人もおり、羨ましく思っていました。

でも世の中そんなうまくはいかないですよね。自分には何か特別な才能があるわけでもない。学内のコンテストで入選したりはするも、泣かず飛ばずのまま、時間だけが過ぎていきます。なんとかせねば、、、焦りだけが募っていきます。


コンテストで入選した作品「狭間」の一部をご紹介

転機となる出会い

転機となったのは大学院2年生の時でした。とある物撮り(静物写真)で有名な写真家と知り合う機会がありました。その出会いをきっかけに、その写真家の方と関わるようになっていきます。そして大学院を修了した後はこの人の元に行くことになります。

まとめ

最初はスポーツカメラマンになるという目標をもって入学した写真の大学。大学で学んでいく中でいろんな価値観、写真に触れていき、大きな影響を受けていき、気がついたらコマーシャルを撮りつつ、別で自分の作品も作っていきたいと考えるようになります。

考えようによって中途半端に流行を追いかけ、ふわふわしていた部分もあったなと振り返ると思います。いろんな意味で甘かったんだと思います。

恥ずかしながら「なんとか写真家として花開きたい。」と思っていました。そういう思いが強すぎたんだと思います。その写真家の元では、想像もしていなかった展開になっていきます。




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