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60年前のクルマに今乗っても楽しいと思えるそれは一体なんなのだろうか。

科学技術は進化する。自動車の世界でもそれは同じで、日進月歩でさまざまな新しい技術が開発され、その背景にはそれを必要とする社会的な背景がある。燃費や環境性能や安全性能は、数字で測ることができるし、限りなく性能が向上していいものだと思う。なんだけど、クルマにはもう一つ性能があって、

乗ってて(眺めて)嬉しいかどうか

っていう性能がある。

で、写真にあるクルマは、イギリスで生まれた ROVER MINI というクルマで、歴史で言うと1959年に生まれ、2000年までの41もの間、大きなモデルチェンジをすることなく基本的にはこの姿のまま作り続けられ、生産が終了した今もこうやって中古車屋さんで大事に売買されている。(今のMINIは、BMW社がこのMINIというブランドを継承した形で、新しいクルマのあり方としてそれもまた素敵に展開している。)

で、今が2021年、おおよそ60年も前につくられたクルマに今ぼくが乗って、

楽しいし、眺めててカワイイと思っちゃう

んですよ。これは一体なんなのだろうかと。

この、「楽しい」とか「カワイイ」という性能について、ぼくも自動車メーカーにいた頃、いろんな規制に悩まされて、先人たちが培ってきたノウハウが活かせなかったりして悩んだことがあった。そしてこの、楽しいとかカワイイと思うかどうかといった感情に作用する性能というのは「好み」があり、ある人たちはいいと思っても、そう思わない人にとってはどうでも良かったりする。だから、量産してお金をたくさん儲けなければいけない仕事においては、とてもリスキーな要素なのだ、と、当時は理解しようとした。

だけど、今こうしてフリーランスとして仕事をするようになり、しかも、「クルマのうんてんの練習メニューを開発する」という(自分の中では確固たる意味のあるものと思っている)ことをやっていく中で、

うんてんって、クルマって、楽しいかもしれない。

って思える瞬間が、ないどダメだと思うようになった。その人の人生とクルマの関係性すなわち「カーライフ」のあり方が違うものになるのが、はっきりとわかってきた感触がある。そこに、このクルマと対面して、色々思うことがあって、これを書いている。

果たして、各種規制がなかったら、ぼく(たち)にもこんなクルマが作れて、60年も愛してもらえるだろうか。

という、自動車開発テストドライバー/エンジニアとしての、素朴な疑問が、湧いてきてしまうんですしかも、

全っ然、スマートじゃないし、ぶっちゃけ色々しょぼいし、無理矢理つくった感あるし、お世辞にも「いいクルマ」とは言えない代物。当時だって、買った人は後から整備や修理に苦労しただろうし、「ラリーでの栄光!」とか言ってるけど構造上どう考えてもこれで悪路走るとか絶対とんでもない改造や工夫が要るし、どう考えても今の時代の尺度で考えるところの いいクルマ とは程遠い。なんならGRヤリスなんてもう、天と地ほどの差があるほど、いいクルマだ。ああいうのがいいクルマ。

じゃあ、いいクルマでもないし壊れるし新しくても20年くらい経ってて当たり前のこのクルマが、いったいなぜ、こんなに愛されているのかというのは、もう少し科学的に解明されてもいいんじゃないかと思ってしまう。エンジニア寄りの開発者としては。

BMWとなってからのMINIも、確かに面白い。懐古主義的に、「昔の方が良かった」なんていうのは簡単で、そうできないからMINIはわざわざ存在することになり、新しいファンを獲得し、ビジネスがうまくいっている。素晴らしい。それはそれとして、じゃあ元祖のMINIの復刻版なのかというと、実はそうじゃない。乗ったことある人はわかると思うけれど、まるで違う。あれは、概念としてのMINIを現代に存在させるためにある別の乗り物で、乗った感じが似ているかというと全然違うんですよ。ハンドルがついてる向きから違うからね。

久しぶりに、ROVER MINI の、外から見た佇まいや、内装の香りや、意外と野太いエンジン音や、走らせた時の感触とかそういうのを思い出しながら、

やっぱ、いいな。

って思っちゃうんですよ。悔しことに。で、それがなぜいいと思っちゃうのかが、自分で説明できないことに、自分で悔しくなってしまう。まぁ、世界の巨匠がつくったものに対して悔しいと感じていること自体がおこがましい話だと、冷静になればそう思うんですが、ぼくもぼくで、

未来のクルマのあり方を考えるひとり

である以上、「誰しもせっかくクルマに乗るなら、乗ってる間は嬉しくなって欲しい」と思うわけですよ。これは、

ラーメン屋をやる以上、うまいラーメンを食べて欲しい

と思うラーメン屋の大将と、似たようなマインドだと、ぼくは思っています。

しかもね、「あー、あのとき流行ったアレね!」ってレベルではなく、1959年に生まれて2021年の今に至るまで。世界中に愛好家がいて、修理されてはまた街を走って、なんかいい感じの音で走り去っていくんですよ。

4人乗りだけどもちろん後ろの席なんて狭いにも程があるし、
1300ccも排気量あるのに現代の軽自動車くらいしか馬力ないし、
整備しようと思ったらあまりに複雑で大変だし、

それでも、いいと思ってしまう魅力を持っている。

ぼくはあまりエンスーな部分がないんだけれど、MINIが大好きな人はもう、溺愛、というのがぴったりな感じで、愛している。とても素敵なことだと思う。

じゃあ、あの造形や感触持っている「魅力」を「抽出」して「デザイン(動力性能や官能性能)」できたら、またそういう名車が誕生するのかというと、どうなんだろうか。向こう60年愛されるようなクルマが誕生するのだろうか、というのが、ぼくの興味の焦点で、

ちょっと尻尾を掴んだか感触があるんだけど、まだ秘密にしとく。


古賀


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古賀章成です。自動車開発テストドライバーという仕事をしています。主に、運転を苦手だと感じている人に、安心してもらえるような・自信をつけて楽しんでもらえるような練習の仕方やクルマの在り方を研究・開発しています。頂戴したサポート費は、テストや開発の経費として活用させていただきます。