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【Vol.17】「俺はこれだけしてあげたのに」と言う男:中山

  女が男に言われて一番嫌な台詞は一体なんだろうか。

 「ブス」「デブ」「ババア」などの肉体的なコンプレックスを突くような言葉のほか、「女のくせに」などの勝手な理想像を押し付ける言葉、自慢話が多い男も嫌われる。

 だが、本当に一番嫌がられるのは「俺はこれだけしてあげたのに」という男ではないだろうか。

 そう思いながら、ちえりは店で中山の話を聞いている。


One night's story:中山

  中山はわたしの指名客で、半年程の付き合いになる。最初、中山は御しやすい客だった。

「次はいついるの? 同伴しようよ」

 初めて来た次の日に中山はそう言い、わたしは全く営業することなく中山を店に連れてくることができた。キャバクラで女に良くして欲しいなら、他の女に目移りせずに一筋でいて、かつ、おとなしく優しい客であればいい。中山はこのまま優良客になってくれるかもしれない。そう思ってわたしはほくそ笑んだ。

 しかし、中山は時間が経つにつれて、段々と困った客になっていった。

 例えばある日。中山は、わたしとの同伴の約束を急にキャンセルした。その日は、指名のノルマがある日で、わたしは大変困っていた。誰か同伴を捕まえないと罰金を取られてしまう。わたしは、長い常連客に無理を言って、急な同伴をお願いした。

 もちろん、中山がどうしても大変な用事や急な仕事が入ってしまったのなら、仕方がない。だが、中山は同伴をキャンセルした癖に、その後、店に来た。

「あれ、今日は、都合が悪くなったから来れないんじゃなかったの?」

 わたしがそう聞くと、中山はこう答えた。

「いや、ちえりちゃんを試したんだ。最近、ちえりちゃんがメールをすぐに返さないからさ。俺の存在がどれだけ大事か、思い知らせなきゃなと思ってさ」

 わたしは、いつも店に行く前に中山にメールをし、日中にもメールをしている。だが、店の営業時間帯で忙しい時はメールなど出来るわけがない。

 中山の台詞に呆れ果てていたものの、わたしには既に別の同伴客がいる。

「そっか、でも、来てくれて嬉しい」

 適当な言葉を吐いて、中山がトイレに行った隙に、店長に「なんか中山が同伴を急にキャンセルしたくせに面倒なこと言い出してるから、今日は同伴してくれた人メインで席に着くわ」と伝えた。

 店長は、わたしのその言葉に、「そうだね、わがまま言わせて、お客にこいつは無理のきく女だと思われたらこっちも困るしね」と言い、頷いた。

 その言葉どおり、店長はわたしを中山の席に10分程しか着けなかった。無理を言ってきてくれた常連客と、いつものようにつつがなく盛り上がり、トイレに立ち、携帯を見た。

 着信履歴とメールが10件以上ある。全て、中山からのものだった。

「どうして今日はこっちに来てくれないの?」「怒ってるの?」「なんで連絡くれないの?」「俺のことを特別だと思ってくれてたんじゃないの?」「俺はこれだけしてあげたのに」

 同伴したのは別の客なのだから、そちらを優先して当たり前だ。いきなり、約束をキャンセルされたのだから、そりゃあ腹も立っている。店の営業時間帯なのだから、連絡できずに当たり前だ。特別な相手だとは一言も言っていない。そして、して欲しいと頼んだことはない。

 中山のメールのひとつひとつに本音で答えると、こういう言葉になる。だが、それは、もちろん、店で言える言葉ではなかった。

  それから、中山は私ではないほかの女を場内指名した。すれ違った際にその女に聞くと、中山は延々とわたしの話をしていたそうだ。「他の女の子に乗り換えるって言ったら、少しは俺がどれだけちえりちゃんにいろいろしてあげたかがわかるかな」などと言っていたそうだ。

 何故、客はこんな風にどうしようもない振る舞いをするのだろう。

 わたしは、ほとほと呆れながら、どっと疲れた肩を回した。

 だが、こういった男はキャバクラに来る客だけではないように思う。

 多かれ少なかれ女なら、「俺はこれだけしてあげたのに」というようなことを言われた経験があるのではないだろうか。

 何故、男がそう言うのか。それは、認めて欲しいから、構って欲しいからだと私は思う。

 しかし、残念なことに認めて欲しがっている男、構って欲しがっている男は例外なくモテない。

 何故なら、モテる男はすでに認められて、充分構われていて、そこからくる余裕が女を楽にさせ、惹き付けるからだ。

 鶏が先か、卵が先かというような不毛な話である。

 他の席にいるわたしの方をちらちら見ながら、酒を飲んでいる中山を横目で眺め、私は考える。中山は一体、わたしにどうして欲しいのだろう。

 いつでも、自分が連絡した時にはすぐに返信をして欲しい。寂しい時にはすぐに構って欲しい。自分がしてあげた以上のことをいつでもして欲しい。俺のことをいつでも認めて構って欲しい。

 そんなことは店の女でも、普通の女でも、確実に無理だとわたしは思う。

 営業終了後、中山に場内指名された女がわたしに声をかけてきた。

「ちえり、大変だね。あんなに愛されちゃってさ」

「え、わたし、愛されてないよ。あの人、自分のオナニーに人を付き合わせたいだけ」

 わたしは、あっさりとそう答えた。

 誰でも、自分が一番大切だ。ならば、自分にとって都合のいい人間が可愛い。誰でも自分にとって都合のいいだけの人間が欲しい。

 けれど、相手が、自分にとって都合のいい人間になってくれないからといって、「こんな筈じゃない」と言い募るのは、「オナニーに付き合ってくれない」と言っているようなものではないだろうか。

 無理なことを夢見続け、それが可能にならないのは全て周囲のせいだと言う中山が、わたしはある意味では羨ましかった。

 結局、中山は店の営業時間終了後、すぐにメールをよこした。

「もう、怒ってない?」

「怒ってないよ。来てくれてありがとう」

  わたしは、そう返した。怒るも何も、元からわたしは中山に対して何の感情もなかった。

「面倒臭い客って多いよね」

 中山に場内指名された女がそう呟く。

「面倒臭いのを相手にするのが仕事だしね」

 わたしは、そう返す。

 疲れた体で、大きく伸びをする。面倒臭いこと、面倒でないこと、面倒だけれどもやらなければならないこと。それらの先に何があるのかはまだわからない。わからないけれど、今夜は、ただ眠ろうと思った。


かつて、ちえりをやっていた2022年の晶子のつぶやき

※注:こちらは、2012年に出版したわたしの自伝的小説『腹黒い11人の女』の出版前に、ノンフィクション風コラムとしてWebマガジンで連載していたものです。執筆当時のわたしは27歳ですが、小説の主人公が23歳で、本に書ききれなかったエピソードを現在進行形で話している、という体で書かれているコラムなので、現在のわたしは23歳ではありません。

 小説版『腹黒い11人の女』はこちら。奄美大島では、名瀬と奄美空港の楠田書店さんで売っています。

 はい、先日の清涼剤的な話から、今日も妖怪大百科事典に逆戻りです。

 なんか、もう振り返れば振り返るほど、20代前半のわたしよくやってたな……と思います。

 このような毎日を過ごしてもなんとかなったのは、本当に、店長、ボーイ、店の女の子たちがいい人だったからだよ。そのうちまた皆で飲みたいなあ。

 小説版のご感想に「ブラック企業に勤めていると生まれる謎の連帯感を思い出す」と言われましたが、確かに……。『キャバクラを舞台にした青春ストーリー』とも言われる拙作ですが、共通の嫌なことを共有して立ち向かうと妙に仲間感が生まれるというのはありますよね。

 しかし、この「俺がこれだけしてあげたんだから」って、もう超絶格好悪い絶対言っちゃいけない台詞。

 これ、男性、言いがちです。水商売辞めてもう10年以上たつわたしですら、いまだ、遭遇しがちです。70才過ぎの男性とかからも言われます、やば過ぎる。

 自分のしたいことは自分で選べよ。んで、自分で選んだんだから後悔するなよ、他人のせいにするなよ。最初から対価を得る気まんまんで人と関わるなよ、「それが恋愛」とか「それが男と女」とか「それが大人の関係」とか勘違いして「お前はわかってない」とか言い出してるんじゃねーよ。

 というのがキャバクラ勤務当時から今の今まで一貫しているわたしの本心ですが、これさあ、もう本当、真理だと思うんだよね。

「好きにさせたお前が悪い」じゃないでしょ、「好きになった俺が好きになったから好きにしております」でしょ。

 なんで、自分で選んだ自分の好きという気持ちにまで被害者意識を持ち込むのさ。知らんがな。

 としか言えない。

 まあ、でも、女性でもいますね。「わたし、これだけしてあげたのに」と言う人。

 DVとかで恐怖に囚われて完全に洗脳状態になっている人、もう足がすくんで怖くて正常な思考と判断が出来なくなっている人(結構、話よく聞くんですよ、昔も今も。ちなみに、最近は男性でもDV被害者の方が多いです。DV被害についてはもうプロの領域なので、各自治体のDV相談窓口に相談しましょう。加害者・被害者ともに面識ある人に相談すると逆にこじれます。冷静な第三者に任せましょう)を除いて、そういう系の話は、わたし、聞きません。面倒臭いもん。

 そんなに対価が欲しいなら、最初からシンプルに風俗に行けばいいんですよ。最近、女性用の風俗も盛んですし。向こうはプロなんだから性病とかにも気を付けているだろうし。むしろ、いろいろ後腐れなく、揉めなくていいじゃないっすか。

 とわたしは思うが、が、まあ、小説版の拙作にもありますように、キャバクラに嵌まる客は店の子とセックスがしたいわけじゃないんですよ。

 彼らは、全くありえない、実在のしようのない、頭の中でだけ存在する自分の理想の女性と、自分にとってだけ都合がいい恋愛がしたくて来ているんですよね。

 ちなみに、こういう都合のいい夢を持つ女性も数多くいます。わたしが知る限りでは、若い子にはあんまりそれがないかなあ。大体、60代ぐらいのバブル時代にちやほやされた経験がある女性が多い印象ですね。

 たぶん、女性用風俗のメインターゲットもそのあたりの女性たちなんじゃないのかな。キャバクラが基本、おじさまがメインターゲットなのと一緒です。金銭の余裕と時間の余裕と最後にもう一花咲かせたい的な欲望がある人は、いいお客にしやすいですもんね。

 男性に対しては、「自分だけに尽くしてくれる若い女」が欲しいなら、それだけの女を囲える男になれよ、としか言いようがないし、女性に対しては、「白馬の王子さま」が欲しいなら、まず、馬を買って飼える自分になれよ、って話になるしかないという。

 なので、上記のコラムの〝自分の理想の振る舞いをしてくれない〟ということで駄々をこねるお客も、まあ、水商売あるあるなんですよね。

 「あなたの理想ここにあります」と見せかけて、仕向けて、店に嵌まらせるのが仕事ですからね。

 だから、この回でちえりも店の女の子も店長も、この中山の振る舞いを「またかー」ぐらいで流しているわけです。

 酷さで言えば、お客も店側もどっちもどっちですね。切ない。

 男性の皆さん!(声を大にして言いたい)

 キャバクラはまじで大人のディズニーランドです。

 架空のキャラクターのパレードを楽しむ気持ちか、あとは、面倒な上司や取引先と飲まなきゃいけないなどという時に、面倒な客を扱うプロである店の人に任せるなどの使い方程度にしたほうがいいっすよ!

 で、話は変わりますが、女性ターンに出てくる女性たちの話が、比較的後味がいいのは、この女性たちがうまくいかない恋愛の話をしていても、「でも、好きになったのはわたし」というところが一貫しているからです。

 基本的に「好きだけど、好きだったけど、この状況をどうしていいかわからない」という話をしているんですよ。

 被害者じゃなくて、当事者として話している。

 だから、ちえりは、その話は聞けるし、「その状況はこうしたらいいんじゃ?」と話し合えるんですよね。要は相談。ちゃんと、人間相手の会話になっているの。

 でも、被害者として話している人って、基本「自分のオナニーに人を使って当然と思っている人、しかもそれがオナニーだと気づいてない人」なのです。

 いやあ、わかるよ。自分、可哀想、世界一悲劇! って思いたい夜があるの。

 そういう時、晶子は、全力の一人カラオケをおすすめします。

 わたしと同世代なら、CoccoさんやUAさんの全力で暗いタイプの曲を飲みながら熱唱するのです。中島みゆきさんや松任谷由実さん、工藤静香さんや石川さゆりさん、坂本冬美さんもいいですね!

 で、それ、一晩やってると、だんだん、いろいろとどうでも良くなってきます。

 号泣して飲み放題の酒を立て続けに飲みながら、ひたすらに暗い曲を歌いまくってる一人カラオケの女ってやば過ぎるだろ、絶対、店員の噂になってるな……。

 と、冷静になりだして、そんな自分が若干面白くなってきます。

 で、そうなると、「まあ、でも結局それも生きてるってことよね‼」ぐらいに思い出して、最後に、大事MANブラザーズバンドの『それが大事』を歌って帰るぐらいの心境になります。

 負けないこと、投げ出さないこと、逃げ出さないこと、信じ抜くことだよね!

 とか、思い出す可能性はあります(たぶん人によるとは思う)。

 ちなみに、わたしはこの号泣一人カラオケを、3年かけて編集者とやりとりし、ほぼ処女作出版確定だったのに、デビューが頓挫した25歳の時にやっています。

 あの時は『それが大事』のあとに、槇原敬之さんの『どんなときも』も歌ったなあ……(懐かしさに目を細める)。

 この二曲には、「お陰様であの時は立ち直らせていただき、無事に小説家デビューできました!」とお礼を言いたいです。

 実は現在出ているデビュー作の前に、もう一作あったんですよ、デビュー直前までいったやつ。非常に思い入れがある小説なので、そのうち、そちらも何かの形でお見せしようと思っています。

 という感じで、今回のかつて、ちえりをやっていた2022年の晶子のつぶやきは、「俺(わたし)がこれだけしてあげたのに」という人の話からの、店側の心理から、なぜか一人カラオケのすすめで〆る結果になりました。

 いやーまじでいいですよ、一人カラオケ。最終的には若干面白いところがポイントですね。なんかもう自分で自分を笑わざるを得ない、という。

 どんなときも、自分の体さえあれば、笑うことはできるんです。本当に。

 それじゃあ、またね!

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三谷 晶子
いただいたサポートは視覚障がいの方に役立つ日常生活用具(音声読書器やシール型音声メモ、振動で視覚障がいの方の歩行をサポートするナビゲーションデバイス)などの購入に充てたいと思っています!