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あきらめないでくれる人

ずっと数学が苦手でした。
文字ならば息を吸うのと同じ感覚。見ればそのままスッと内側に入るのですが、数字はどうも頭に入ってきません。ボッソボソの固いパンをムリヤリ食べている気分で、何度も何度も噛んで、目を白黒させながらようやく飲みこむ、といった感じ。それでもかろうじて5段階評価では3をもらっていましたが、実際の内訳は「2.6→四捨五入で3」というところでしょうか。

もっと数学ができるようになりたい! という欲もなく、得意な国語で数学の苦手分を補填できるだろう、と(最低な心構えですね)なんとか志望する高校には滑り込んだのですが。入学後、初めての数学の授業で先生に言われたのです。

「木内! お前は数学が苦手なようだな。これから授業があるたびにお前に問題を解かせる。そのつもりでいろ」

この人、何言ってるの? と思いましたし、リアルに目の前が暗くなりました。私は人口の多い団塊ジュニア世代です。通っていた高校は1組だいたい42-3人で、1学年は10組。先生たちにとって420-30人いる生徒、一人ひとりに目が届かないことがデフォルト。当然生徒も、さらには親だって、ちゃんと見てもらえるなんて期待も持ち合わせていません。

初対面、かつ授業を始める前から「こいつ数学が苦手」と把握して、わざわざ声をかけてくる先生なんてマンガの中以外にいるはずがないのです。返事も忘れて口を開けている私を、鋭くて細い目で見つめつつ、その先生は続けました。

「今後お前にあてるのは練習問題の(1)~(3)のいずれか。キチンと授業を聞いていれば、必ず解ける問題だ。難しい(4)以降は数学が得意なやつにあてるから安心しろ。わかったな、以上」

目が細く面長の顔立ち。ほぼ坊主に近い、ごま塩の短髪。そしてバチッと決めた三つ揃えのスーツ。

その人は、カザマ先生、と言いました。

教師というより「その筋の人」と言われたほうがしっくりくる風貌。でかいダミ声。先生は外部から来ている、非常勤の講師でした。

先日の発言は冗談である、と願うような気持ちでいましたが、残念なことにそれからというもの、先生は宣言どおり授業のたびに(わざわざ黒板に回答を書かせるスタイルで)問題を解かせるのです。最初は苦手なのと恥ずかしいのとで、ザーッと書いたらすぐ「後は✕つけるなり何なりよろしく!」と自席に戻って下を向いていましたが、計算に間違いがあるといちいち呼び戻され「ここに気をつけてもう一度解いてみろ」と正解にたどりつくまでやらされる、まさに無間地獄。何度「逃げたい」と思ったことか。

もちろん、それは決して個人的な「ひいき」の類いではなく、黒板前に呼ばれる面々はそのつど変わります。先生は「コイツは因数分解はできるけど関数は苦手だな」とかそういうところもちゃんと観察して、今回は誰に解かせるべきかを決めているようでした。(私が毎回、と宣言されたのは、総合力でコイツは常時ワースト3入り、とすぐに判断がついたという事実に他なりません)。

そして(5)や(6)のような、ひとひねりある問題は、数学が得意な秀才たちの出番です。それは実力であるのと同時に「難しい問題なのに、よくできた」と、みんなの前で声をかける機会を作り「できない子のペースに合わせるのつまんない」ムードを作らない配慮のようにも思えて「すごいなあ。こんな先生もいるんだなあ」と思っていました。

人生のかなり早い段階で「一生、数学は苦手なままでいい」と思っていた私ですが、逃げられないから解かざるを得ない状況の繰り返しに加え、誰でも解けるであろうレベルの(1)ですら「がんばったな」と毎回声をかけてもらえるうち、少しずつイヤ度が減ってきました。斜に構えたあまのじゃくだった私にも、解ける、と信じる力がついてきたのです。

そして恐ろしいことに、1年を終えるときの数学の成績は、5段階評価でいうと4に変化しました。相変わらず、数式を見てもパッとは頭に入りませんでしたが、難しいパズルを前にしたときのように「さて、やってみますか」と思えるようにもなりました。「私、前より数学が好きになれるかもしれない」と、ちらりと思ったことまでありました。

しかし2年になり、担当は非常勤のカザマ先生から常勤の先生へ。毎回あてられる緊張感がなくなったせいか、それとも「その筋キャラ×ダミ声」から繰り出される軽快な授業テンポが染みこんでいたせいか、すぐに思い出してしまったのです。

「そうだ、数学ってつまらなかったんだよ」

授業開始5分で「あーやりたくない」という言葉が頭に浮かんだと思ったらあとは一瞬。やらなくても怒られない。できても褒められない。そのうちダルい、早く帰りたいとか、そっちが頭を占めるように。先生頼みかよ! と我ながら他力本願すぎて恥ずかしいですが、実際そういう感じでした。順調にするすると落ちこぼれた私は、それからもう二度と数学で平均点以上を取ることはありませんでした。

じゃあそれを後悔していないのか、というと意外に後悔したのだから、我ながら面倒です。心に影を落としたのは、方程式や関数を忘れたことよりも、カザマ先生の努力をムダにしたことに対してでした。それ以外のいろいろな行動も含めて、10代の私は心から「自分はダメなやつ」と思って過ごしていました。

しかし大人になったいま、これまでの歩みを振り返ってみると「どうやらムダじゃなかったっぽい」のです。

もちろん数字は相変わらず苦手なままなのですが、あの呪文のように言われた「お前はできる。やってみろ」が、今さら背中を押してくれるのです。たとえば大好きだった会社を辞めるとき、フリーランスでやっていこうか迷ったとき、言いたくない大事な話をしなきゃいけないとき。怖いこと・苦手なこと・自信が持てないことに直面したときなんかに、(ウダウダ悩みはしますが)最後には「できるはず。やってみよう」と、一歩前に出られるのです。

たいした努力もしない、たいした成績じゃない学生に対し「お前はできる」と言い続けた。仕事だからやってただけかもしれないし、内心「お前いい加減にしろよ!」と何度も思っていたかもしれません。しかもその後、年賀状の1枚すら送ったこともない非礼ぶり。けれど、あの16歳の短い間、あきらめない大人と1人出会ったことが、私の「生きるため」の幹を太くしてくれたというありがたい事実に今さら気がつきました。

そんなことを思い出したのは、昨日、久しぶりに高校の同級生と集まって、高校時代の黒歴史をあれやこれや話していたからです。ひどい生徒でしたがこの場を借りて言いたいです。「カザマ先生、ありがとうございました!」

※先生の名前は仮名です。

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フリーランスで執筆をしています。北海道出身。2018年秋、思い立って東京を離れて横須賀を拠点にしました。雑誌・書籍・ウェブ・広告分野のお仕事を中心に活動。家族は夫と雑種犬。https://www.take-root.jp/
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