木内アキ

たいてい書いてるか、読んでるか。生まれは北海道。経験最低温度は-36℃。2018年秋、思い立って東京を離れて横須賀を拠点にしました。フリーライター。家族は夫と雑種犬。https://www.take-root.jp/

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    • ヨソモノヨコスカ

      品川→横須賀移住生活で気づいたことを綴っています。

    • 平成デニム回顧録

      平成(1989~2019)の間に起こったムーブメントを「デニム」を通じてあれやこれや書いています。

    最近の記事

    スカジャンだらけの美術館。『PRIDE OF YOKOSUKA スカジャン展』/ヨソモノ、ヨコスカ。#06

    横須賀屈指のおしゃれ系スポット『横須賀美術館』で、2022年12月25日まで開催されている『PRIDE OF YOKOSUKA スカジャン展』を観てきた。 開館15周年の記念企画に「PRIDE OF YOKOSUKA」を打ち立ててスカジャンをテーマにするなんて、もう「待ってました!」と拍手喝采だ。 横須賀美術館、振り切りすぎてて最高。まず「美術館でスカジャン」という意外性がすごい。 スカジャンはアメカジやヴィンテージの文脈で長年愛され続けるファッションアイテムだが、一方で暴

      • 逗子・葉山に憧れる横須賀に足りないものは自己肯定感なのかもしれない。 /ヨソモノ、ヨコスカ。#05

        横須賀西エリアがなぜか「南葉山」と呼ばれてる、という前回の話題。 「葉山町のいいイメージにあやかっちゃえ!」という(主に不動産界わいの)、ある種のコバンザメ戦法について綴ったのですが。 横須賀歴3年めのヨソモノである私は、ちょっとモヤりました。 本来は西横須賀エリアなのに、「南葉山」に言い換えたほうが価値が高まると判断されるなんて悲しくない?と。 でも、地元の人のなかには「印象が良くなるいいネーミング!」という肯定的な意見(Twitterで見たレベル)も発見。あらま! ①

        • 横須賀西部は「南葉山」なのか問題。/ヨソモノ、ヨコスカ。#04

          横須賀に移住して、はや2年。 都内で名刺交換すると「お、横須賀ですか」なんて言ってもらえることも増えました。続くリアクションは「いいですねえ、海が近くて」みたいなのが定番なのですが、まあまあな確率でこんなフレーズも出てきます。 「逗子や葉山が近くていいところですね」 ええ、お隣りです。近いです。 はい、いいところです。私も好きです。 なんだけどね。 そういうふとした瞬間に見る、多くの東京住みの人たちにとっての「逗子・葉山>横須賀」という構図の揺らぎなさといったら。 でも

          • 東京にはない「地元店」がある横須賀が好き。だけど今度「さいか屋」が閉店するらしい。/ヨソモノ、ヨコスカ。#03

            東京から横須賀に移ってきたとき、「いい、すごくいい!」と思ったこと。それはチェーン店じゃない地元店がたくさんあるところです。 街の「金太郎アメ化」に物申すいま、何がつまらないって、どこの駅に降りても金太郎アメみたいに(死語かも)似たような店がずらずら~っと並んでるのがつまらない。駅前にはスタバとマック。駅ビルにはユニクロ、無印、ABCマート。彼らは悪じゃないし、便利だからいいんですけど、どこにもある店ばかりになっては、街の雰囲気っていうものが消えてしまう。 やっぱりね、雰

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            誕生日に、故郷・北海道がくれた強さについて考える。#02 【長めにつぶやく雑記帖】

            毎年、誕生日の前後には、ざっくりと今考えていることを 書き残しておくことが恒例なのですが いや~今年は未曾有、未曾有。未曾有の事態。 まさか生きてる間に未知のウイルス大流行を経験するとは 考えてもいなかった。 大変貴重な経験をさせてもらっています。 私はおかげさまで心身とも元気に過ごしています。 まだまだ流行は長引くだろう、とか この先の「不安材料」について考えることはあっても 心は不思議と落ち着いています。 不謹慎承知で正直にいうと このコロナをきっかけに 人の弱

            野に咲く花を摘んで家のあちこちに飾るダンナ。もともと私の母がそうしてるのを見てマネし始め、いまに至る。こういう潤い系習慣、ことごとく娘の私には浸透しなかったのに、まさかムコに受け継がれるとは団塊世代の母にすればオドロキらしい。でも母は嬉しそう。

            「リモートワーク悪くないぞ」と思えた横須賀・移住生活その後/ヨソモノ、ヨコスカ。#02

            新型コロナウイルスの流行がイキオイを増すにつれ、まわりでもどんどんリモートワークを始める人が増えてきました。それでも、私の主な仕事先である出版業界は「取材」がつきもの、ということもあってあんまり移行が進んでいない現状もあったりするのですが、今ようやく業界の重い腰が上がりかけている……? といったムードを感じてます。 2018年に、思いつきとイキオイに任せて、品川区からここ横須賀市に引越し、東京での仕事を続けながらの生活に変わった、というハナシは前にも描きました。 そのとき

            木内アキ/お仕事依頼について

            こんにちは。木内アキと申します。 自己紹介についてはこちらをご覧ください。 手がけている仕事出版・WEB・広告媒体、企業のオウンドメディアのお仕事が中心です。インタビューなどの取材モノ、資料からの記事制作、広告用エッセイなど、用途に合わせた文章を書いています。他にはブランドを表現するキャッチコピーやコンセプトの文章化など、ブランディングのお手伝いもしています。 得意ジャンルは人物インタビューで、最も多くご依頼をいただいています。 TOKYO VOICE 横尾忠則さん取材

            どんな性でも、生き方が選べるといいな。~国際女性デー~

            今日は「国際女性デー」ですね。 ジェンダーギャップ指数「153カ国中121位」とか 毎年ろくでもない数字が出るなか、 さらに過去最低を更新しちゃったのが 今の日本なんですけれども。 わりとね。「そんなに不便ないよね」みたいに思っちゃいがち。 共働きなのに妻が家事のほとんどをやっていて 夫はゴミ捨てだけ担当。 子どもが熱出したとき、 あわてて迎えに行くのは妻がほとんど。 (妻がどうしても行けない場合にのみ夫登場) こういうのが普通の出来事すぎて、 もう不感症になってい

            人はちゃんと優しい、と信じられた妊婦体験。

            品川区から横須賀に越してから、電車に乗る『回数』は減ったものの、乗っている『時間』はかなり長くなりました。 日中の京急車内はそう混雑もなく、おおむね平和な雰囲気ですが、朝夕の混雑時間になると人口密度もアップ。住宅地を走る電車ですから、杖をついたお年寄りや赤ちゃん連れのお母さんも乗ってきます。 私たちがメディアで目にしやすいのは、「そういうときに絶対に席を譲らない人」に対する怒りの声だったりすることが多いものですが、ジッと観察していると男も女も、オジサンもオバサンも若い人も

            バブルファッションが死んだのは多分、1993だった。/平成デニム回顧録【03】

            カルチャー系編集者の西村さんと、雑誌と90年代の記憶をゆるゆる思い出しながら話す回顧雑談ブログをやってます。 ふだん記憶の底に沈んでいる平成ファッション雑誌にまつわるアレコレを、今のうちにワイワイ思い出そうぜ! みたいな主旨なのですが、雑談3回目のときに「80年代バブル的ファッションが終わったのはいつか」、つまり「世の中のメインストリームが90年代ストリートファッションになったのはいつか」という話になりまして。 振り返るとですね。‘92年あたりが過渡期だと思うんです。 テ

            歳を取るほど1年は短くなる、その仕組みを教えてもらった日。

            つい先日、誕生日を迎えました。 毎年なんとかの一つ覚えのように「1年ホント速いわあ」と話している気がしますが、実は20代の頃に「この先ますます、歳を重ねるごとに1年は短く・速くなる」仕組みを聞いて以来、運命を受入れています。 それを聞いたのは、まだジーンズの会社で働いている頃でした。 広報をしていた私はその日、パソコンの前に座ってもくもくと事務作業をこなしていました。アパレルの多くは小さな会社です。うちの会社も特に広報部とかがあるわけではなく、担当は私ひとり。営業部に交じ

            ミレニアムに起こった、デニムによるサイズ革命。/平成デニム回顧録【02】

            前回触れた、90年代後半~2000年前後に女子の間で大流行した股上の浅いローライズデニムについて。このとき水面下で「サイズにまつわる大変化」が起こっていたことは、あまり知られていないかもしれない。 そもそも90年代半ばに、70年代ファッションがリバイバルしたことでベルボトムとかブーツカットが流行り、その影響もあって股上が徐々に短くなっていくんだけれど、その前は『アジアの純真』でおなじみPUFFYが穿いているような、ぶかぶかのメンズライクなデニムが人気。 引用元:ミスターバ

            90年代の「ローライズ」を振り返る。/平成デニム回顧録【01】

            最近の90年代リバイバルのせいか、「メンズのジーンズをそのまま着ちゃいました」みたいな、ゆるいハイウエストのデニムが最近流行中です。 それを見てるとつい思い出すのが「股上がめちゃくちゃ浅いローライズデニムの流行」のこと。 ブームのピークは1998~2000年頃。HIROMIXや蜷川実花の撮る「女子写真」やソフィア・コッポラの映画が注目され「ガールズカルチャー/ガーリーカルチャー」ムーブメントが勃発。 原宿の街は、ソフィアが立ち上げた『MILKFED.』のチビTシャツに『

            東京から横須賀に移住。不安? もちろんありました/ヨソモノ、ヨコスカ。#01

            住み慣れた東京を離れ、2018年の秋から横須賀に移住しました。東京に不満は1ミリもなく、むしろ今も変わらず大好きなのですが、いっぺん“移住”というものをしてみたかったし、都内どっぷりだった生活にどんな変化がもたらされるのか体験してみたかったのです。 引越して間もなく半年。自分が「横須賀市民です」っていう認識もそんなに芽生えていません。まだまだ物見遊山なヨソモノ気分で暮らしながらも、日々着々とヨコスカ愛が強まっているのを感じます。 そんな、「都心で仕事を続けつつ、ちょっと郊

            あきらめないでくれる人

            ずっと数学が苦手でした。 文字ならば息を吸うのと同じ感覚。見ればそのままスッと内側に入るのですが、数字はどうも頭に入ってきません。ボッソボソの固いパンをムリヤリ食べている気分で、何度も何度も噛んで、目を白黒させながらようやく飲みこむ、といった感じ。それでもかろうじて5段階評価では3をもらっていましたが、実際の内訳は「2.6→四捨五入で3」というところでしょうか。 もっと数学ができるようになりたい! という欲もなく、得意な国語で数学の苦手分を補填できるだろう、と(最低な心構え