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動画をやめ…なかった

対象と深くかかわり全面的に没入すると同時に、対象を容赦なく突き放し切って捨てること。同化と異化のこのするどい緊張こそ、真に知と呼ぶに値するすぐれてクリティカルな体験の境位(エレメント)であることは、いまさら言うまでもない。簡単に言ってしまえば、シラケつつノリ、ノリつつシラケること、これである。

浅田彰『構造と力』

動画をやめるはずで今年春にデザイン会社に転職しましたが、結局動画を作り続ける1年になりました。

クライアントワークの映像制作をやりつつ、更新が滞っていた自社YouTubeチャンネルの運用を任され、月1−2本ペースで動画を更新。その大半は企画・撮影・編集まで担当しました。

自社はこれまで事例やコラムなど「じっくり読ませる」系の情報発信は多いものの、SNSやnoteなど、速さ重視のライトなコミュニケーションは、発信量が少ない現状がありました。私が1年前に転職エージェントに紹介された際にも、会社の存在を認知していなかったのは、SNSのタイムライン上で目にする機会が少なかった点が考えられます。

そこでYouTubeでは「デザインと資本主義」「デザイナーと評価」「アートとデザイン」など、デザインにまつわる普遍的な話題を中心に、年次も職種も異なる社員同士の対話を企画。

私は「デザイン門外漢」の立場から質問やツッコミを入れ、さらに編集で削ぎ落としたり大胆にアレンジするなど、なるべくマスに向けた動画に仕上げる。その本質が端的に表現されているのが、冒頭の引用部分です。

再生数や認知の部分ではまだまだインパクトは少ないですが、検索順位が上がったり、自社の"ガラパゴス化"に目を向ける動きも増えてきた印象があります。

制作したコンテンツ


一方で課題感もあり、量産に向いていない問題があります。デザインとマーケティングと動画と、コミュニケーションにまつわる全方位のスキルが必要なのですが、そんなフルスタックな人間はなかなかいません。

私はテレビ番組のディレクターでインタビューやリサーチの技術を身につけ、マーケティングやデザインも、スタートアップ企業に在籍していた頃は自らインプットを重ねてきました。

クリエイターになることよりも、クリエイターの魅力を引き出す黒子に徹する。それが多少コンプレックスでもありましたが、緒方さんの「受け手」に光を当てる記事はとても嬉しかったです。

しかし「受け手」のプロに相応しく、任せてみたいと思える人間が、マジで周りにいません。是非興味のある方と繋がっていきたいです。

結局僕らは、AIに見てもらっただけでは喜べません。人に対して影響を与えたい、それがかっこいいんだって思っているのであって、そこにAIを置いても満足できないですね。
だから次にくるのは完全な受信者不足です。読んだり、聞いたりしてくれる純粋な「受信者」に相当の価値が出ると思います。





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