もう一人の私を探して 第4章
もうすっかりさびれてしまったような田舎にある小さな教会。周りには茫々とと雑草が生い茂り、もう元にあった道すらも見えなくなっている。ときどきカラスだけがやってくるが、エサになるものがないと気づくや否や、腹立だしく鳴きながら飛び去っていく。
ここへはもう誰も来ない。かつては誰かから必要されていたはずなのに、いつの間にか誰からも必要とされない場所になったのだ。
私はスクリーンの中の世界をあちこちと探し回った末に、美しい場所や珍しい場所にもうすっかり飽きて、結局このもの寂しい空虚な教会に訪れるようになった。
ここには何もない。私の心を惹きつけてやまないもの、刺激に満ちて夢中にさせるもの。そんなものが何一つ存在していないのだ。あるものといえば、私が毎日塔の中でそうしているのと同じように「祈りを捧げる」場所があるだけだ。けれども、それがなぜか今の私を落ち着かせてくれる。
私は教会の周りに無造作に生い茂る雑草を摘み取って、それから教会の中をすみずみまで掃除する。そしてすっかりきれいになった後で、静かに神に祈りを捧げる。
「神よ、どうか私にこ加護を。」
私はそれまであらゆる方法を使って塔から脱出する情報を探し求めていた。そしてようやくスクリーンの中の世界に現実の世界へ通じるドアがあることを突きとめた。だが、スクリーンの中の世界をいくら探してみてもドアはいっこうに見つからなかった。そればかりか、ドアに関する情報はほとんど得ることができなかった。
唯一ドアの情報を知っていたのは、塔の中でもっとも長生きしている老女だった。彼女はこの塔に入れられた子供たちに、古い伝説やら民話を語って聞かせる役だった。私やテレシアも小さい頃はよく彼女の語る古い物語に熱心に耳を傾けたものだった。
老女はあたかも自分の目の前でその物語の出来事が起こっているかのように語った。おどろおどろしい太古の時代にこの大地が創造され、そしていつくもの島々が作り上げられたときの話だ。子供たちはその壮大な話を聞きながら、この世界が生まれた歴史を学ぶのだった。
私は仕事が終わった後でこっそりと老女の部屋を訪ねた。老女は私のことをまだ覚えていたらしく、私を招き入れて話を聞いてくれた。だが、スクリーンの中にあるという「ドア」について訪ねると、老女は急に顔をしかめて、なかなか話をしてくれなかった。
私は老女にどうしてもそのドアについて知りたいと言った。
老女は最初首を振って黙っていたが、私がいつかこの塔から抜け出すつもりであることも伝えると、しぶしぶドアのことを話し始めた。
老女の話によれば、これまで何人もの人がそのドアのことを尋ねてきたという。そして、そのドアを見つけて再びこの塔に戻ってきた人は一人もいないと語った。
「気をつけなさい。十分に気をつけるんだよ。」もうすっかり大人になった私に老女は言った。
「もし、あんたがそのドアを本当に探したいんだったら、もう二度とここへは戻ってこないつもりでいることだね。あんたにその勇気が本当にあるのかい?」
別れ際に老女は私にそう言った。
塔の中での暮らしは私にとって必要なものだった。いつもたわいのない悩みに耳を傾けてくれるテレシア。そして仕事でヘマをしでかしてもそっとフォローしてくれる先輩たち。ちょっと口うるさいけれども、私たちがちゃんと成長できるように見守ってくれるシルビアさん。
それから毎日みんなといっしょに捧げる祈りの時間。慌ただしく過ぎ去っていく仕事の時間。そして仕事の後でゆっくりと時間をとってとる夕食の時間。
毎日が同じようなことの繰り返しだけれど、それがなくなってしまうなんて想像することができない。それはもう私の一部であって切り離すことができないものになっている。
だから、本当はこの塔での暮らしがなくなってしまうのが怖い。私の中にあるものが全部消えてしまうのがとても恐ろしくてたまらない。
けれども、その一方で私はどうしてもあの塔の中から抜け出したいと思う。自由になりたいとか、何かやりたいことがあるとか、そんなことじゃない。私の心の中で、もう一人の私がここが自分のいるべき場所ではないと言っているような気がするのだ。
私はその声をどうしても無視することはできない。これは決して理屈で説明することはできないけれども、私が唯一心の底から感じる何かであると思う。私自身が生きるためにどうしても必要なもの。そういう本能的な何かである以上、私はそれに従っていくことしかできない。たとえそれがどんなに大切なものを失うことになろうとも。
教会の中で、そんなことをとりとめもなく考えていたら、外から誰かの話し声が聞こえてきた。私は驚いて外へ向かった。誰も来ない場所のはずのこの場所にいったい誰がやって来たのだろうか。
しかし、外には誰もいなかった。私はおかしいなと思いながら、再び教会の中に入った。すると、再び誰かの声が聞こえ出した。
私よりも年下の男の子の声だ。何て言っているのかは分からないけれども、どうやら一方的に話しかけているようで、相手の声は聞こえない。少年は勢いよく、何かについて語り続けている。
私は最初、彼が何を語っているのかを知りたいと思ったが、途中からそんなことはもうどうでもいいように思い始めた。
温かみがあって、やわらかく、どこか懐かしい感じがする声。その声を聞いていると、私の空虚な心は不思議と満たされていくのだった。
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