もう一人の私を探して 第5章
一年に一度、この塔では神への感謝の意を表す盛大な祭りが催される。その日だけは塔のすぐそばの庭で自由にくつろぐことが許可され、私たちは踊ったり歌ったりして過ごせるのだった。
もちろん、ふだんは禁じられている男女の会話も許可されるので、年頃の若者にとっては意中の相手と過ごせる絶好の機会となっていた。
毎年、祭りの前になると、同僚の女性たちはそわそわとし始め、休憩時間には誰と祭りを過ごすのかという話題でもちきりになる。
それまで年頃の男女は仕事中にこっそり手紙のやり取りをして、祭りの前までに共に過ごす約束を取り交わすのが慣例となっていた。
「ねえ、これ、どう思う?」
テレシアは祭りの前になると必ず数着のドレスを試着してどれがいいか私に尋ねる。
「どうって、まあ、ふつう・・・・・・」
祭りにも異性にも興味が持てない私はそっけなく答える。
「もう! マリーったら!」
テレシアは頬を真っ赤にさせて怒りながら、次の衣装にせっせと着替え始める。
テレシアがこんなにも祭りのことで頭がいっぱいになっているのは実はちゃんとした理由がある。
この塔では一定の条件さえ満たせば、男女が結婚し、塔の外で暮らすことがゆるされていた。その条件とは仕事で高い成果を出して上司の全員の賛同を取り付けることだった。
だから皆、せっせと仕事に精を出し、少しでも上司に気に入られるように懸命に働くのだった。
だが、塔の掟によれば、たとえ塔の外で暮らすことができたとしても、自分の子供を差し出すことが条件とされていた。
愛する我が子はようやく物心がついてきた頃に両親と別れ、この塔に連れていかれる。
私はそのことを知ってから「結婚」という手段を使ってこの塔から脱出することをあきらめた。
私自身がこの塔から逃れることができても、同じ苦しみは自分の子に引き継がれる。私にはそれがどうしても納得できなかった。
「だってしょうがないでしょう。昔からずっとそうだったんだから」
私が子供のことで結婚に異を唱えると、テレシアは言った。
「ある程度歳をとったら、誰かと結婚してこの塔から出ていく。それがここでは当たり前なのよ。私だって自分の子と別れるのは辛いけれど、一生ここで暮らすというのも嫌だし・・・・・・」
祭りの当日、私は幼なじみのティムといっしょに過ごしていた。彼はほぼ私と同時期にこの塔に入ってきて以来、私の話し相手になった。仕事をするようになってからは頻繁に話ができなくなったけれど、ときどき手紙のやり取りをして互いの近況を伝え合っていた。
「この間のアドバイス、ありがとな。」
ティムは私に会うなりそう言って、興奮気味に仕事がうまくいったことを話した。
「マリーの言うとおり、スクリーンの下にもう一つスクリーンがあってさ・・・・・・」
ティムは事故で両親と弟を亡くした女性の本を仕上げようとしていた。その本は今までに何人もの人たちが取りかかったが、どうしても核心的な記憶が見つけることができず、しばらく放置されていた。
ティムはその話をどこからか聞きつけて、上司に自分にやらせてほしいと頼み込んだ。上司はどうせ何も進展がないのだからとティムの申し出を受け入れてまかせることにした。しかし、開始早々に何の手がかりもみつけられずにティムは完全に途方に暮れた。
私はそのことをティムからの手紙で知り、いくつか助言を書いて送った。ティムはその通りに行動し、見事に彼女の記憶の核心を見つけたという。
「それで本は仕上がったの?」
私は興奮気味に語り続けるティムを遮って尋ねた。
「ああ、もちろん。上司たちもびっくりしてたよ。絶対に書き上げられないと思っていたから。でも、その後でちょっと変なものを見てしまったんだ・・・・・・」
「何を?」
「その夜、眠れなくなって、ふと窓の外の方を見ていたら、誰かが塔から出て行ったのが見えたんだ。」
「夜中に?」
「ああ、最初は夢かと思ってけれど、たしかに見たんだ。あれは幻なんかじゃない。一人は大人だった。そしてもう一人は子供だった。子供の方は何度もこっちの方を振り向いていたから顔も見えたんだ。」
「それで?」
「信じられないかもしれないけれど」ティムは小声で言った。「その女性だったんだよ。ほら、両親を亡くした女性のことだよ。大人じゃなくて、子供の姿に戻ってた。」
私はそこまで聞くと大きなため息をついた。
「ティム、いったいどうやったら大人が子供になるって言うのよ。あなたやっぱり寝ぼけていたんじゃないの?」
「だからさ・・・・・・」ティムは必死に弁明し始める。「もちろん、オレだって信じられないさ。でも、そういうことだって起こり得るかもしれないだろ。それにオレにはそれが何か大きな意味があるような気がするんだ。」
「大きな意味?」私は半信半疑で尋ねる。
「ああ。例えばさ、あのオレたちがいつも手渡される中身の真っ白な本。あの本は実はこの塔の中にいる誰かのものなんじゃないかな。誰のものなのかは分からないけれど、オレたちはいつもここにいる誰かの記憶を書いているのかも知れないって思うんだ。もちろん、何の確証もないけれど・・・・・・」
ティムはそこまで話すと、あきらめたように芝生の上に寝転がった。私はもっとそのことについて考えたかったが、ぶどう酒を少々飲み過ぎたのだろう。考えるのに疲れて、ティムと同じように寝転がって夜空の星々を眺めた。
「なあ、前に話したこと覚えてる? いつかこの島を出ていく話。あれからもっと具体的に考えてみたんだ。島を出たらまず最初に・・・・・・」
ティムは将来、誰かと結婚し、それから子供達とともにこの島を出て行こうと計画していた。私は最初その話を耳を傾けていたが、途中で周囲から流れてくる音楽に気をとられ、それからその音はいつの間にか、あの小さな教会で聞こえてくる少年の声に変わっていった。
あの不思議と心が和ませるような懐かしい声はいったい誰のものなのだろうか。
私は夜空いっぱいに輝く星々を見つめながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
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