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「紙の教科書必要か?」の中学生の意見について思うこと

新聞の読者からの投稿の欄に
「紙の教科書必要か」という意見があった。

中学生の意見だ。

英語の教科書のデジタル化が
考えられてるが、なぜ英語だけなのか。
紙の教科書は重くて成長の妨げになるし
デジタル化されれば負担が
軽くなるっていうような内容だ。

この子供には罪はないし
責めるつもりもない。

便利になり、楽に生活ができるような
そんな世の中しか知らないのだから
そういう考えになるのは
当然っていえば当然のことかもしれない。

自分はどうだったのかと振り返ってみるが
重いのは普通だったし
苦労だとは思ってなかったんじゃないかな。

ズッシリ感はあるしかさ張るし
重いのは間違いないけど
「負担」だとは少なくとも思ってなかった。

不便さや効率の悪さを知ってるからこそ
「便利になったね」って思うし
そう言えるのだと思う。

現代の、便利しか知らない人たちには
こういうちょっとしたことが
苦、になってしまうんだろうね。

だから、これは投稿した子供は
なんにも悪くない。

ただ、思ったのは
便利になりすぎる世の中ってのは
いかがなものかと。

効率や生産性ばかりを追い求めると
その代償は大きいのではないか。

人間がどんどん退化していく。
そんな気がする。

そんなふうに言ってるオレも
現代の便利なものに
囲まれて暮らしているんだけど
不便さを経験しているからこそ
そのありがたみが解るってのはある。

教科書のデジタル化は
その中学生には申し訳ないが
オレは反対だ。

大人たちは、反省しなきゃならんね。

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