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【短編】 レッスン

 私は三歳からレッスンを受けている。
 レッスンのときは裸で、幼い頃はそれが当たり前だと思っていた。
 でも十歳になった頃、私は裸じゃ少し恥ずかしいと感じ始めて先生に相談をした。
「そうですか……。あなたもそんな年頃になったのですね」
 
 次のレッスンの日、先生はレオタードというものを私に手渡した。
「まだ裸のほうがよいのですが、あなたの成長に合わせてこの衣装を用意しました」
 初めは体に密着するレオタードに縛られているような違和感があったが、レッスンを続けていくうちにそれが普通になっていった。
 
 しかし十五歳のとき、私は体のラインが見えてしまうレオタードも恥ずかしいと感じるようになった。
「そうですか……。でしたら次のレッスンは、あなたの恥ずかしくないと思う服装でいらっしゃい。恥ずかしいと思う気持ちは、人間らしいことなのですよ」
 
 その後、私は私服でレッスンを受けることになり、最初はなんとなくレオタードに近いだろうという理由でTシャツと短パンを着た。
 でも冬の寒さを感じて、長袖のジャージを着てもいいですかと先生に相談すると、あなたがいいと思う服装でいいのですよと先生は、軽く微笑みながらもどこか遠くを見るような眼差しで私に言った。
 
「なぜできないのですか? あなたは馬鹿ですか? もう十年以上もレッスンを……」
 先生のレッスンはとても厳しいが、服装のことを相談するとなぜか緊張がとける。
「そのチェック柄のジャケットは素敵ですね。カジュアルで親しみやすく、モダンでクールな雰囲気もあって」
 二十歳を過ぎる頃になると、私はTシャツやジャージではなく、普通の外出着でレッスンを受けるようになっていた。
「それはパンクファッションというものかしら。素敵だけれど、あなたの年齢では少し浮いた印象になってしまうかもね……」
 
 ある日、私はお酒に酔った勢いで昔みたいに裸でレッスンに行ったら、先生が卒倒してそのまま死んでしまった。
 
 私は殺人の罪で逮捕され、五年間の刑務所暮らしをした。
 でもいま、私は春風に吹かれながら先生のお墓の前に立っている。
「あなたのレッスンはこれで終わりです。よく頑張りましたね」
 先生の墓石には、明朝体の文字でそう刻まれている。
「いつかあなたがわたしを殺しに来ることは分かっていました。人間でないあなたを人間にするために、ずいぶん悩んだのですよ。三歳のころのあなたはまだ羽が生えていて、緑色で……」

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