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【短編】 いなり寿司パン

 美術部に誘ってくれたのは、何となく耳が尖っていて、いつも頭にくせ毛が立っている奴だった。
「君、何読んでるの?」
 学校の近くにある本屋で漫画を立ち読みしていると、耳の尖ったそいつが覗き込んできた。
「ああ、ブラック・ジャックか。僕、全巻持ってるから貸してあげるよ」
 いきなり話し掛けられて、私は何と答えていいか分からず、あたふたしながらその場を立ち去ってしまった。
 
 次の日、学校の昼休みに弁当を食べていると、昨日本屋で会ったそいつが教室にやってきて、大きなバッグを私の机の上に置いた。
「昨日約束した、ブラック・ジャックの全二十五巻だ」
 大きなバッグを勢いよく机に置いたせいで、私の弁当は床に散らばってしまった。
「あ、ごめん。焼きそばパン食べる?」
 
 私は三日かけて全巻を読み終え、昼休みにそいつのいる教室に行って、二十五冊の漫画が入った大きなバッグを、そいつの机の上に叩きつけた。
「あーあ、僕の弁当、床に散らばっちゃって」
 焼きそばパンは人気が凄くて手に入らなかったけど、いなり寿司パンなら人気がないし、さっき売店で買ってきたばかりだけど、食べる?
「君のその仕返しの精神や、投げやりなセンスが面白い。それに、いなり寿司パンって何?  パンにいなり寿司を挟むの?」
 私も食べたことなんてない。
「とりあえず、君は美術部に入るべきだし、君の入部手続きも、すでに済ませているから」
 私は放課後、強引に美術部の部室へ連行された。
「あれ、本当に連れて来ちゃったの?」
 部室には数人ほど生徒がいて、みんな私に無関心だったが、一番太った人が絵筆を置いて話し掛けてきた。
「まあ部活と言っても、みんな自由にやってるだけだし、来たいときに来ればいいから」
 
 そんないい加減な部活があるのかと思ったが、放課後に毎日通いながら、私は〈いなり寿司パン〉をモチーフにした油絵を描いてみた。
「ふーん、君、絵が上手いんだね。高校の美術展に出してみたらいいよ」
 こんな馬鹿げた絵を出しても恥をかくだけだと思ったが、実際に出品すると、なぜか県の最優秀作品に選ばれてしまった。
「ほらやっぱり、君には才能があるんだよ」
 耳が尖って、くせ毛が立っているそいつは誇らし気にそう言った。
 私はふと、前から気になっていた疑問をそいつにぶつけてみた。
「まあ僕は宇宙人で、美術部なのに絵は下手糞。でも君は、僕のお気に入りなんだよね。それだけじゃダメなのかい?」

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