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【短編】 廃校と少女と、午後の音楽

 とくに何もすることのない午後、僕は真っ白なCDから流れる音楽を日が暮れるまで聴く。
 真っ白なCDは、広い体育館の中にディスク剥き出しのままで無数に積みあがっており、どれも題名や音楽家の名前は書かれていない。
 体育館は、廃校になった学校の校舎とセットになっているものをゼロ円で買った。
 周辺に誰も住んでいないから不動産としての価値が低く、無数にあるCDという廃棄物の処理に困ってゼロ円という価格になったようだ。
 
 学校を買ってから三年後、校内を歩いていると、廊下に髪がボサボサの少女が立っていて、幽霊が出たかと思った。
 気を取り直して少女に話を聞くと、彼女は理科室に棲んでいるのだという。
「いい感じの広い机がベッドになるから」
「この学校は僕が買った不動産だから、悪いけど、出て行ってくれないかな」
「いくらで買ったの?」
「ゼロ円だけど」
「じゃあ一円あげるから学校売ってよ」
 まあ、タダで手に入れた学校だから、幽霊のようなものが付いていても仕方ないかと思って、僕は少女が理科室に棲むのを仕方なく承諾した。
 
 髪がボサボサの少女とは、学校の中で三日に一回ぐらい顔を合わせるのだが、いつも素っ気なく挨拶をするだけだ。
 家庭科室で料理を作っていると、たまに髪がボサボサの少女がやってきて物欲しそうにしているので、料理を分けてやることがある。
 でも、料理をガツガツ食べたあとそのまま床で眠ってしまうので、まるで動物みたいなやつだなと僕は思った。
 
 そんなふうに、僕は髪がボサボサの少女とたまに交流したりしていたが、基本的には何もすることがないので、体育館にある真っ白なCDを毎日聴きつづけた。
 しかしあるとき、CDの山の中に文字が書かれたCDを見つけた。
「ボサノバ イパネマの娘」
 言葉の意味は「の娘」しか分からなかったが、文字の書かれたCDを初めて見つけたことに興奮した僕は、放送室まで走り、息を切らしながらプレーヤーにCDを差し込んだ。
 
「と・えんぎぇーな・いえーがらーぶり・だ・ぎゃーふろーいーぱねーま・ごすうぉーきん」
 
 放送室の窓から外を見ると、髪がボサボサの少女が校庭で変な踊りをしている。
 普段は放送室の中だけでCDを聴いていたのだが、なぜかスイッチが全校放送モードに切り替わっていた。
 ときおり歌に合わせて、「あーい!」と声を上げながら踊り続ける少女。
 そんな馬鹿げた風景を、僕は日が暮れるまで眺めていた。

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