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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」7-4

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第7レース 第3組 叶わない約束

第7レース 第4組 星空アマレッティ

 一昨年の俊平の全国大会の日。その日は藤波高校の文化祭の日でもあった。
『俊平があまりにごり押すから買ってきてやったよ。これはゆーかちゃんの分。あと、しゅんぺーの分。せっかくだし、ゆーかちゃんから渡してやってよ』
 後夜祭の片づけを終えて遅い帰宅になったにも関わらず、和斗がわざわざ持ってきてくれたクッキー。
 包みを開けると、色とりどりのメレンゲクッキーが入っていた。
 コロンと丸みを帯びて、変わった口金を使ったのか、星の形をしていた。
 何の気なしに、ひと口ポーンと放り込むと、サクッとした食感の後、アーモンドの風味を残しながらクッキーは口の中で溶けていった。
 あまりの美味しさに止まらなくなり、和斗から渡された2つの包みに入っていたクッキーは、すべて邑香のお腹に納まってしまった。
 勿論、後日、俊平にはぶーたれて怒られたのだが、そんなことはどうでもよくなる程、そのクッキーは美味しかった。

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 部室の鍵と活動記録を返しに職員室に入ると、舞先生がみずたに先輩と話をしていた。
 顧問の山本先生を探すが、いないようだったので、邑香は邪魔にならないところに立って、2人の様子を伺う。
「えー、いいの? もらっちゃって」
「はい。無理を言ってしまったお礼です」
「無理言ったのはひよりじゃなくて綾じゃん。ほーんとあの子は」
「なので、遠慮なくもらってください」
「ふふ。ありがと。懐かしいなぁ……。高校の時、よく友達がお菓子作ってくれたんだよね」
「そうなんですか」
「あたし、甘いものあんまり得意じゃないから。合わせてくれて」
「え、あ、それ、結構甘いです」
「そう? まぁ、クッキーならコーヒーと一緒に食べるから大丈夫だよ。ひよりの愛情たっぷりクッキー、家で大事に食べるね」
 爽やかな笑顔とともに大事そうにデスクに置く。ひとつひとつの所作が相変わらず絵になる先生だ。
 軽妙だけれど真っ直ぐな言葉にみずたに先輩が照れた様子で、横髪を耳に掛け直す。
「……そういえば」
「はい?」
「ひよりは、東京の農学系の大学志望だっけ?」
「あ、はい。そうです。食物学を学びたくて」
「なるほどねぇ」
 ひよりのことをまじまじ見上げ、舞先生は何かを考え込むように、長い睫毛を伏せた。
「清香……あ、夏祭りの時に来てたあたしの友達ね」
「はい」
「今、パティシエとして働いてるんだけど」
「はい……?」
「もし興味あったら、職場体験とか、そういうのお願いできたりするから気軽に言ってちょうだい?」
「あ……はい。ありがとう、ございます」
「ひよりのこれまでの実績見たけど、すごいねぇ。お菓子だけじゃないんだね」
「作ったもので、相手が笑顔になってくれるのが好きで」
「そっか。うん」
 眩しいものを見るように舞先生は目を細め、ニコニコ笑顔でみずたに先輩の腕をポンポンと叩く。
「あー、椎名、すまんな。待っててくれたのか? 置いて帰ってよかったんだぞ?」
 山本先生が、教材片手に慌ただしく職員室に入ってきて、大きな声で邑香に声を掛けてきた。その声で、2人がこちらを見る。
「あ、邑香。お疲れ様。体調大丈夫?」
「大丈夫です」
 舞先生はいつも通りの自然な笑顔でこちらに声を掛けてくる。ペコリと頭を下げ、邑香は山本先生に従って彼のデスクまで歩いてゆく。
 今年の春、酒田先生と交代の形で顧問になってくれた山本先生は、40代前半の英語教師で、陸上のことはほとんどわからない。あの状況で後任を引き受けてくれただけで感謝すべきなのかもしれないが、生徒から見れば、充実した部活動とはいかない歯痒さが続いていた。
「待ってたのは、明日の送別レースの話もあったからで」
「ああ、そうか。明日は顔出すようにする。すまんな。忙しくてあんまり見てやれてなくて」
「大丈夫です」
「先生、そんなに詳しくないし。なんてな?」
「……言ってないです」
「はは。正直、逢沢先生目当てで入ってきた学生たちは不憫だよな。後任になった酒田先生もだったけど」
 邑香はその言葉には何も返答をせず、活動記録を山本先生に手渡す。それを受け取り、開いて今日の内容にざっと目を通してから、こちらに笑いかけてくる。
「いつもまめに書いてくれてありがとう」
「これくらいしかできないので」
「谷川は?」
「え?」
「明日は来るのか?」
 真面目な顔で尋ねてくるので、邑香はただ首を横に振って答えるだけ。
「そっか。区切りつけないといつまでも引きずるから、来てほしかったけどな」
「彼は春で区切りをつけてると思うので」
「……そんなことないと思うけどな」
「え?」
 心配げに山本先生がこちらを見上げてくる。けれど、それ以上は何も言わず、活動記録を掲げて笑った。
「おつかれさん。気を付けて帰れよ」

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 更衣室で制服に着替えて校舎を出ると、みずたに先輩がのんびり歩いているのを見つけた。
「みずたに先輩」
 なんとなく声を掛けると、立ち止まって振り返ってくれた。邑香は少しだけ早足で歩み寄る。
 少々きょどきょどした後、取り繕うように笑顔を浮かべる。邑香から見た彼女はいつも挙動不審だ。
 だから、先程見かけた舞先生との会話は堂々としていて、そちらのほうが意外だった。
「椎名さんも今から帰りですか?」
「はい。本屋に寄って帰ろうと思ってて」
「そっか。わたしはこれから塾で」
「今日は部活で?」
「あ、うん。夏休み中は家庭科室使うつもりなかったんだけど、ちょっと手違いで」
「家庭科室……?」
「あ、料理同好会なんです……一応、会長」
 恥ずかしそうに縮こまりながら、横髪を耳に掛け直すみずたに先輩。
「ああ。だから、クッキー……」
 そこまで言ったところで、クーとお腹の音が鳴った。咄嗟にお腹を押さえるが、聞こえてしまったようで、みずたに先輩がくすくすと笑う。
「まだあるから、よかったらどうぞ」
 ほんやりとした調子で言いながら、バッグからクッキーの包みを3つ取り出して差し出してくる。
「こんなには」
「あ、えっとね。こっちがふつーのプレーンとチョコレートのクッキーで。こっちはメレンゲクッキー。もう1つはスノーボールクッキー」
「たくさん作ったんですね」
「……手伝ってくれてた人が暇そうだったから、つい」
 渡してくれようとしたところまでは楽しげだったのに、みずたに先輩は急にトーンダウンして俯いてしまう。
 その様子を不思議に思いつつも、邑香は差し出されたクッキーを3種類とも受け取って、ペコリと頭を下げる。
「ありがとうございます。お腹空いてるので、全部いただきます」
「あ、うん。どうぞ。今回はねー、特に自信あるのはメレンゲクッキーです」
「へぇ」
「すごい泡立てが早かったから。この暑さだし、自信なかったんだけど」
「泡立ては手伝ってくれてた暇そうだった人が?」
「あ。……そう、です」
 楽しげに話していたかと思えば、突然ぎこちなくなる。その様子が逆に面白くなってきて、邑香はくすりと笑った。
「あ、自転車取ってきます」
 みずたに先輩が思い出したようにそう言って、自転車を取りに早歩きで行ってしまう。
 一緒に帰ろうという話をしたわけではなかったけれど、なんとなく邑香は校門まで歩いてから立ち止まり、彼女を待つことにした。
 みずたに先輩が嬉しそうに差し出してくれたクッキーの包みを眺め、自信作だと言っていたメレンゲクッキーを食べることにして、残りの包みをバッグに入れる。
 テープを外して袋を開けると、コロンとして丸みを帯びた、色とりどりで星型のメレンゲクッキーが10個ほど入っていた。
「……あれ?」
 邑香はそれを見て何かに思い当たり、ただそれを見つめる。
 1つ手に取り、口に含むとサクッとした食感の後、サーッと口の中で溶けてゆく。少しだけアーモンドの風味がした。
「これ……あの時の」
 あの時も1個目を食べてあまりの美味しさに、なんでもっと買ってきてくれなかったのだと、和斗を恨めしく思ったものだった。
 文化祭出店で販売されたクッキーなんて、もう出会えないと思っていたのに、まさか、そのクッキーを作った人は――。
「あ、待っててくれたの?」
 自転車を引いて、彼女が戻ってきた。
 まさか待っているとは思わなかったのか、みずたに先輩は意外そうに目をまん丸にしている。
「これ」
「え? あ、食べたの? どうでした?」
 邑香は包みを右手で握り締めて、彼女に歩み寄り、左手で彼女の腕に触れた。
「先輩だったんですね」
「え? なにが?」
 当然のごとく、状況がよくわからないみずたに先輩はあせあせと表情を動かす。
「一昨年の文化祭で販売されていた奇跡のクッキー……!」
 邑香は力強く声を発し、表情を緩ませる。
「これ……また食べたかったんです、あたし……!」
「え? え?」
「これだけのものを作られた方だから、きっと3年生で、もう藤波には在籍されていないと思ってました。まさか、先輩だったなんて」
 掴んだ手に力が入ってしまい、みずたに先輩が少し顔をしかめたので、慌てて邑香は手を離した。
「ご、ごめんなさい」
「あ、ううん。椎名さん、これ食べたことあったんだね」
「カズくんが買ってきてくれて」
「ああ……そういえば、細原くんは買いに来てくれてた」
 みずたに先輩は歯切れ悪くそう言って、苦しそうに眉根を寄せた。風で乱れた髪を掛け直して、ふーと息を吐き出す。
「あの時はちょっとトラブルがあって。時間がなかったから、急遽メレンゲクッキーにしたの」
「急遽作ったものであれですか」
「メレンゲクッキーなんてそんなに難しいものじゃないから」
 邑香の言い様が面白かったのか、みずたに先輩は眉をハの字にして笑ってみせる。
「作れる人はみんなそう言うんですよねぇ」
 邑香は静かに呟き、苦笑する。お生憎様、邑香は料理が得意ではない。
「嬉しいな」
「え?」
「……なんか、報われた気がする。椎名さん、ありがとう」
 みずたに先輩が急に涙ぐんだので、今度は邑香があせあせする番だった。

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もしよければ、俊平にスポドリ奢ってあげてください(^-^)