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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」8-1

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第7レース 第16組 やり直し青春クリームソーダ

第8レース 第1組 不協和音の先に

 何度も何度も、譜面を輝き続ける粒子を追って、指を動かす。
 光が指し示す世界をなぞれば、そこには綺麗な世界が広がった。
 拓海の目には音がみえる。この綺麗な世界を見るために、自分にはこの手が、この指が、この目が、この耳が与えられたのだ。
 光と共に歩く世界は楽しかった。いつでもそこには青空があった。……あの日までは。

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「今日も手伝ってくれてありがとう」
 荷物を積み込み終え、体育館入口のところで腰を下ろしてひと息ついている俊平に、お昼休憩の時に買ってきてクーラーボックスに入れておいたスポーツドリンクを手渡す。
 ゆっくりと俊平の隣に腰を下ろし、自分の分のスポーツドリンクの栓を開けた。
 体育館の中から、先程俊平が持ってきてくれたタルトやクッキーを分け合いながら食べている奈緒子たちの声がする。
「えー、これ、めっちゃ美味しい! やば」
「このクッキーも! 練習来てよかったー」
「クッキーもタルトも別にそういうのじゃないじゃん。でも美味しいねー」
 賑やかなその様子に拓海はくすっと笑った。俊平がタオルで首の汗を拭いながら、一緒に笑う。
「賑やかっすね」
「ほんと。なんだか、今だけ10代に戻った気がする」
 そんな思い出なんてひとつもないはずなのに、そんな心地になる。
「あんなにたくさんもらっちゃってよかったの?」
「あー、なんか、作りすぎちゃったって言ってたんで、大丈夫だと思います」
「ふーん。受験勉強してると思ってたのに、まさか女の子とお菓子を作ってたなんてねぇ」
「言い方、トゲありません?」
「え? そんなつもりはなかったよ?」
「ならいいすけど。文化祭でゴーストカフェやるんですよ。それでメニューの模索してるみたいだったんで。1人じゃ行き詰まるんじゃないかなって思って」
「ゴーストカフェ?」
「はい」
「大丈夫なの……?」
 夏祭りのことを思い出して、わざと大仰に尋ねる。すると、俊平も言われると思っていたのか、失笑混じりで拓海の腕を肘で小突いてきた。
「もういいっすよ、そういうのー。扮装する側がビビってどうするんだよって話なんで」
 朗らかにそう言う俊平。後ろから杖をつく音が近づいてきたので、拓海はゆっくりと振り返る。
「2人で青春してるー。私も混ぜてください☆」
 奈緒子がいつもの天真爛漫な笑顔でそう言って、手に持っていたラッピング済みのチョコレートタルトを拓海に差し出してきた。
「月代さんの分です」
「あら、ありがとう。へぇ、よくできてる」
「美味しかったですよ☆」
「じゃ、あとで作業しながら食べようかな」
「この後、作曲作業ですか……?」
「ええ」
「月代さんってずっと音楽のことやってて疲れないんですか?」
 奈緒子にとっては素朴な疑問だったろうけれど、少し含みもあるように感じて、拓海は相好は崩さずに校庭に視線を移した。
「むしろ、音楽だけやってたいんだ、わたし」
「だから、あんなにすごい曲が作れるんですね。すごいな……」
「……すごくはないよ。有名でもないし、売れてもない。インディーズで活動してるだけだから」
 真っ直ぐな奈緒子の言葉に、自分の中ではただの事実を挙げ連ねて回答し、スポーツドリンクを飲む。
「ナオコちゃん、ここ座る?」
 俊平が拓海から距離を取るように移動して、奈緒子が座れるスペースを作った。
「あ、ありがとうございます♪」
 拓海の隣に嬉しそうに腰を下ろし、杖を肩で支えるように持つ奈緒子。
「2人で何の話してたんですか?」
「文化祭の催しの話」
「あ、確か、カフェやるんですよね♪」
「そう。このお菓子とかもそれ用」
 俊平が白い歯を見せて二へッと笑う。
「美味しかったですよ! 大繁盛間違いなしです!!」
「だよなー。オレもそう思う。水谷さん、まじすげーわ」
「水谷さんって方なんですか? これ作ったの」
「そう」
「美味しかったです、とお伝えください」
「ははっ。うん。きっと喜ぶよ」
 奈緒子の無邪気な表情に楽しそうに笑う俊平。拓海はその様子を眺めながら、もうひと口スポーツドリンクを飲む。
「あ、そうだ」
「ん?」
「お昼過ぎ、陸上部の方たちが楽しそうに何かやってました」
 奈緒子のその言葉に、俊平の表情が曇る。
 俊平が奈緒子に何か返答したけれど、ノイズが強すぎて拓海の耳には入ってこなかった。

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「3日間合宿付き添いはしんどかったー」
 学生たちのバンド練習最終日。3日間たまたま体育館が空くから使っていいよと声を掛けてくれた舞がようやく合宿を終えて戻ってきた。
 バドミントン部の部員たちが体育館に入ってきたので、一旦演奏を止める。
「うお、なんかやってる。なにそれ、かっけー」
 薫と親しいらしい男子がステージの上を見上げて朗らかに声を掛けている。
「拓海、ごめんね。解散式やったらすぐ撤収するから」
「了解」
 舞が拓海に声を掛けてから、「集合ー」と部員たちを体育館の片隅に集めた。引率の先生がもう1人遅れて体育館に入ってきた。目が合って、ペコリと会釈を返す。
 今日は俊平が手伝いに来なかったので、色々な力仕事もバンドメンバーたちでやらないといけなかった。
 杖をついている奈緒子は戦力外。比較的重たい楽器を担当している薫と千宙が上手く分担して作業を進めてくれていた。
 あの時の彼は普通じゃなかった。大丈夫だろうか。
 ステージ上で談笑している中学生組に視線を向ける。奈緒子は変わりなくいつも通りだ。あの時、彼の様子に違和感を覚えたのは自分だけなのだろうか。
「夏休みも残り3日。課題が終わってないと各教科担任の先生たちから部に話が来るようなことのないように、きちんと終わらせること」
 なんとも微笑ましい話が聞こえてきて、拓海は我に返った。
 すぐに解散となったのか、わらわらと部員たちが体育館から出てゆく。用具を片付けに奥に行ったのはおそらく1年生だろう。
 舞が伸びをしながらこちらに歩み寄ってきて、にーっと笑った。
「お疲れ。そっちも引率教師の気分味わえた?」
「みんなしっかりしてるから別にそこまで大変じゃなかったよ」
「そう? ならよかったけど」
「演奏はじゃじゃ馬になってきたからここからどうしようか考えてるけど」
「あはは」
「なに?」
「表現が面白かっただけ♪」
「そう。あ、舞、今日谷川くん来なかったから、片付け手伝ってもらっていい?」
「ん? まぁ、構わないけど。来なかったの?」
「ええ」
「そう。連絡、はナオちゃんとしてる感じかな?」
「そうだけど、昨夜”明日急用ができたから手伝えない”ってだけ来たみたいで」
「ふーん。まぁ、アイツも色々抱えてるし、何より受験生だしね」
「色々って、膝の怪我のこと?」
「色々は色々だよ。……なに? 俊平のこと気になるの?」
 拓海が珍しく他人に関心を示しているのが面白かったのか、舞が少しだけ意地悪な口調で訊いてきた。
「……そうね」
 陸上部の話が出ただけで、出会った時のひび割れた声なんて凌駕するレベルのノイズを発されたら、気になるに決まっている。
 その返しは予想していなかったのか、舞がパチクリと目を丸くした。きっと「……別に」という返しを期待していたことだろう。
「昨日、陸上部で何かやっていたみたい。ナオちゃんたちが昼休みの間見学してて」
「……ああ、送別レースやるとか言ってたかも」
「それが終わった後、休憩でナオちゃんたちがまた部活の様子を眺めてたんだけど。なんか口論してるのを見かけたみたいで」
「口論……?」
「ほら、この前舞が恋愛相談にわたしのことを巻き込んだでしょ。彼女と、部員が」
「邑香?」
「ええ」
 拓海が頷くと、さすがに舞も慌てたように眉を動かした。
「大丈夫だった?」
「少しだけ言い争ってたけど、男子のほうが頭下げてそのままいなくなったよ。わたしはそこしか見なかったからよくわからないけど」
「その話、俊平には?」
 拓海の腕を軽く掴んで詰め寄ってくる舞。拓海は利き腕を触られるのを嫌って、すぐに距離を取る。舞も察したのかすぐに手を引っ込めた。
「してないよ」
「そう」
「ナオちゃん、そんな空気読めない子じゃないし」
 むしろ、空気を読みすぎて自分を雁字搦めにしてしまう優しい子だ。
「怪我と、カノジョと別れたことだけじゃないんじゃないの? 舞の言う色々って」
 拓海が真面目な声で言い放つと、舞もそっと目を逸らし、んーむと唸り声をあげた。
「守秘義務がですねぇ……」
「……はー、なんだかんだ色々巻き込まれてる気がするんだけど、今更守秘義務かぁ」
 さすがにそこでその言葉が出てきて、拓海はらしくもなく大仰にため息を吐いた。
「月代さーん! そろそろ再開していいですかー?」
 壇上から奈緒子が朗らかにこちらに声を掛けてくる。なので、OKと伝えるために右手の親指と人差し指で丸を作った。
「さすがにここでは話せないので」
「じゃ、今日は舞の手作りの夕飯でもご馳走になろうかなぁ」
「……あー……わかりました」
 綺麗な音を奏でられなくなった楽器があったなら調音したい。拓海の興味は、たぶん、それに似ている。

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第8レース 第2組 かげふみおに

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