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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」8-2

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第8レース 第1組 不協和音の先に

第8レース 第2組 かげふみおに

『つっまんない演奏』
 留学先で出会った二ノ宮賢吾は、拓海より年上だったが、彼の性格が性格なので、拓海はすぐに遠慮なく接するようになった。
 国際コンクールに一切出場しない「無冠の帝王」。彼は高校の時そう呼ばれていたらしい。
 はじめ、どんなピアニストだろうと期待したものだが、出会ってみたら何のことはなかった。彼の演奏は、拓海にとってはつまらない。
 練習を終えて休憩をしているところに、拓海が声を掛けたのが先程の言葉だ。
『はっきり言うねぇ』
『だって、つまらないし』
『そらー、神童とか呼ばれてるお嬢さんと同列で考えられちゃー、無理があるよなぁ』
『あなただってそうだったんじゃないの?』
 笑いながら返してくる賢吾に、若干苛立ちながらそう問いかける。
 神童。嫌な言葉だ。
『オレはそんなに洒落たもんじゃねーよ。高校の時、調子に乗ってたのは確かだが』
 手をプラプラさせ、首をグルグル回してから、立っている拓海を切れ長な目が見上げてくる。
『お前とオレじゃ、曲想の仕方から全然違う。解釈だって違うんだから。お前はオレの演奏をつまんなく感じても、オレは当時の作曲家たちの作り出したかった世界を突き詰めるほうが好きなんだよ』
『正しいと思うわ。コンクールの審査員は、そういうのが好きだもの』
『ふはっ』
『なに?』
『天才に言われると、えらく鼻につくなぁって思っただけ』
 賢吾は額の汗を拭うと、座り位置を正した。
 続きをやるつもりだと察して、『邪魔したわね』とだけ告げて、その場を後にした。

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「はい、これは週末さやかが作り置きしていってくれたお惣菜」
 冷蔵、冷凍していたものを必要に応じて温めて皿に出し、テーブルの上に並べてゆく舞。拓海はさすがに失笑した。
「舞の手料理は……?」
「お味噌汁は今目の前で作ったでしょ?」
 それは確かにそうだ。
「合宿あるって伝え忘れてさ。たくさん作ってってくれたけど、あたし1人じゃ処分できないかもしれないって焦ってたから助かるわぁ」
「冷凍してもたかが知れてるものね」
「今週末も来るって言ってたから食べ終わってないとヤバいんだよね」
「毎週来てるの?」
「あたしが夏休みの間なら多少融通利くからわざわざ来てくれてる」
「ああ、なるほど」
 そう言いながら、満更でもない表情だ。
「ほんとは東京のほうが出掛けたりできていいんだと思うんだけどね」
 炊飯器の蓋を開けて、ご飯をよそいながら穏やかにそう言うと、コトリと拓海の左手の前にご飯を置く舞。
 自分の分もよそって茶碗を置くと、ゆっくりと椅子に腰かけた。
「いただきまーす」
 手を合わせて朗らかに言う舞に合わせて、拓海もそっと両手を合わせた。
 ご飯を口に含んだ後、豚肉の味噌だれ炒めを口に運んだ。香ばしい香りが鼻を抜け、表情が緩んだ。
「美味しい?」
「遠野さん、料理上手なのね」
「へへー。そうなのー」
 完全にデレデレ顔で答えてくる舞に、拓海は失笑する。
「甘やかされ放題ね」
「あー、それはそうかも」
 モグモグしながらうんうんと頷く舞。夏祭りの時も甲斐甲斐しく酔っ払いの介抱もしていた。むしろ、さやかがいるから、舞も普段はあまり飲まないアルコールに口を付けたとも言えるのかもしれない。自分にもそういう人間がいたならば、今こんなところに居なければならない状況には、ならなかったのだろうか。
「拓海さ」
「ん?」
「今楽しい?」
 舞は問いかけてすぐに味噌汁に口をつける。拓海はその問いの意味がよくわからず、箸を持ったまま止まった。
 今の自分は意味のない人生をただ耳を塞いで歩いているだけだ。それの何が楽しいと言うのだろう。
 無言のままの拓海に、舞は寂しそうに目を細めた。
「ごめん、無粋な問いだったかもね」
「なんで、今わたしにそれを訊いたの?」
「……昼の拓海の言葉を借りるなら、”色々巻き込んだ”側だからかな」
「まぁ、学生のバンド演奏の手伝いとか、正直面倒くさいなっては今でも思ってるけど」
「思ってるんかぃ」
「稀少なプライベートの時間が減るからそりゃね。でも、ナオちゃんみたいな子に出会えたから、マイナスばかりではないよ」
「あの子、そんなにすごい?」
「荒削りな才能。指導者に恵まれてない。それがもったいない」
 そこまで答えて、いんげんの胡麻和えを口に含む。それもやっぱり美味しかった。
「舞はさ」
「ん?」
「わたしのこと、どこまで知ってるの?」
「え?」
 わざとらしくすっとぼける舞。その表情があまりにも作られすぎていて、拓海はふーとため息を吐いた。
「……知ってるでしょ」
「そうだね。だから、拓海なら俊平のこと、わかってあげられるんじゃないか、とは思ってるよ」
 肯定の言葉以上のことは語らなかった。舞は本人以外から聞いた言葉を真実だとは捉えない。なので、何らかの形で聞き知っている話をここでべらべら喋るような無神経なことはしないのだろう。
「あくまでも、赴任する前の話を、あたしがあのクラスの副担任を仰せつかった時に、他の先生方からお聞きした。第三者から見た事実だけ話すね」
「ええ」
 舞は気持ちを落ち着かせるためか、ご飯をひと通りモグモグたいらげてから話し始めた。
 陸上部の顧問の先生を慕って藤波高校に進学したが、高校1年の終わりの春休みで顧問が転任になったこと。
 その後、顧問になった先生は運動部の活動には積極的でない、陸上門外漢の先生であったこと。
 指導者を失った俊平はオーバーワークを重ね、高校2年の3月上旬に右膝を怪我したこと。
 企業側から状態を問う連絡が学校側にあったが、その際焦った顧問は俊平にそのことを、企業側の意図とは逸れた内容で伝えてしまったこと。
 結果的に彼の膝の状態は悪化し、リハビリに専念するため、陸上部から離れたこと。
「あたしが知ってるのは、そのくらい」
 拓海は舞の話を聴いている間、胸が苦しくなって箸を置いてしまっていた。
「メンタルケアできる存在がもしいたら、練習量調整できる存在がもしいたら、避けられたかもしれない」
「…………」
「これは、邑香が言ってた言葉」
 舞はそっと目元を拭い、ふーと息を吐いた。
「……だから、あの子とも仲良く?」
「はじめはそうだったけど。んー、なんというか、ほっとけないんだよなぁ、あの2人。なんか似てるんだ」
「似てる?」
「あたしの高校時代の親友カップルに。全然性格は違うんだけどさ」
「……それって」
「親友のカレシは修吾だよ」
 穏やかな柴犬のような笑顔の修吾が脳裏を掠めた。
「全然谷川くんとは似てなくない?」
「あっはっは! 俊平が似てるのは、あたしの親友のほうだよ」
「へぇ……」
「絵のことしか考えてません! わたしには絵しかありません!!! 絵が描けなきゃ死んじゃう!!!!!!!! みたいな子でさ」
「あー」
「そういう意味では、拓海も似てるね。柚子に」
 親友の話を楽しげに話した後、舞は味噌汁をすする。
「冷めちゃうから食べて食べて」
「あ、うん」
 置いていた箸を握り直して、拓海も味噌汁をすすった。
「描けなくなったらどうするんだろうって思ったことがあるんだよ」
 ご飯を咀嚼している拓海を見つめて、優しい目で舞が言った。
「でも、それを乗り越えるのは本人だからさ。じゃ、あたしにできることってなんだろうって考えた。考えた先に、あたしのやりたいことができたんだよね」
「その親友さんは、舞の人生の導き手なのね」
「拓海ってさ、ホント詩人だよね」
 拓海の表現に感心したように言い、舞は沢庵をポリポリと音を立てて食べ始めた。

:::::::::::::::::::

『絶好調じゃん』
 学生国際コンクールを連続優勝した拓海に、留学先の大学構内で賢吾が声を掛けてきた。
 彼もコンクールには出場していたはずだが、痛くも痒くもないという顔をしている。拓海は相好を崩すことなく、しれっとした声で返した。
『運が良かっただけ』
『謙虚なことで』
『楽しい演奏をしようと思ったけど、コンクールだとどうしてもブレーキがかかる』
『ほぅ?』
『みんなには綺麗な世界が見えたの? わたしは思い描いた世界にならなかったのだけど』
 残念そうな拓海の声に、賢吾は苦笑いをした。
『あれだけの技術差を見せつけられたのに、そう言われちまうと、どう返したらいいかわからんな』
『わたしが見たいのは、わたしの思い描いた世界だから。それを具現化できなかった。残念の一言よ』
『……お前さんの演奏が良いって言われた。それは相対評価なんだから、今はその事実を真っ直ぐ受け止めたらいいんじゃねーのか? 人生は長いんだから』
『そうね』
 賢吾が気遣うように言ってくれたが、あの時の拓海の心には、その言葉は全く届かなかった。

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