青春小説「STAR LIGHT DASH!!」8-12
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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」
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第8レース 第11組 さがしものは青空です。
第8レース 第12組 その背中を追う者は
夏休みが終わってもまだまだ夜の暑さは衰えを見せなかった。
首に巻いたタオルをほどいて、顔の汗を拭き、また結び直す。
腕を力強く振り、腿を高く上げる。前へ。前へ。前へ。
息が上がるが、構わずにペースを早める。
俊平は夜闇にぼんやりと浮かぶ、怪我をする前の自分の背中を見つめた。
綺麗なフォームで躊躇いひとつなく、”彼”は前へ走ってゆく。どんどん離される。ペースを上げても追いつけない。
「ッ……!」
呼吸が乱れ、そこで集中力が途切れた。減速してゆっくりと止まる。
ハァハァと激しく肩で呼吸を繰り返した。
追いつけない。
全力疾走の許可は下りていないから、今ので7、8割くらいの力のつもりだ。
だから、追いつけないのも仕方ない。
言い聞かせるものの、なんとなく肌が感じ取っている。
怪我をする前の自分の8割はこんなものじゃなかった。
たくさんリハビリトレーニングを重ね、夏の間ラントレも欠かさなかった。
それでも、4カ月全力で走ることを制限されていた体は、8割レベルのダッシュにも悲鳴を上げる。
筋肉量は戻したどころか、怪我分の補助のために増したはずだった。それでも、まだ最盛期に戻せない。
怪我で狂った体のバランスはそんな簡単には戻せないということなのだろう。
”彼”の走っていった先を見据える。もうそこには何もいなかった。
:::::::::::::::::::
「俊平さん、受験勉強の調子はどうですか?」
リハビリの帰り道、奈緒子がにこやかに尋ねてきた。
「ボチボチ」
「いいなー。私も月代さんに英語習いたいです~」
歩くリズムに合わせて、彼女のツインテールもぴょいぴょいと跳ねていた。
「ナオコちゃんの頼みなら断らない気がするけどな」
「……そういう意味じゃないです……」
察しの悪い俊平のリアクションに、奈緒子がむーとむくれたが、すぐに笑顔に戻る。
「ナオコちゃん、月代さんのこと、ほんと好きだね」
「! はい♪ 尊敬するお姉さんです。私もいつかあんな風に、好きなものを好きって言えて、きちんと向き合えるようになりたい」
「……今は向き合えてないの?」
奈緒子の言葉に俊平はすぐにそう返した。
事故の影響もあって、ピアノが思ったように弾けないという話は以前もしていたけれど、俊平から見て、奈緒子が音楽と向き合えていないだなんて、思ったことは一度もなかった。
奈緒子は夕日を見つめ、少し沈黙した後、にっこりと笑った。
「にゃは。ここだけの話なんですけど」
「ぅん?」
「私、俊平さんに会えてなかったら、ピアノは中学で終わりにしてたと思います」
「……え?」
「私にとって、俊平さんは恩人で、尊敬するお兄さんですから」
頬を上気させ、朗らかに笑う奈緒子は、今まで見てきた彼女とは少し違った顔をしていた。
俊平は奈緒子の言葉の意図が汲み取れず、戸惑いとともに頭を掻く。
「え? オレ、なんかしたっけ?」
「やった本人は覚えてないし、わからないものなんですよね」
「いやだって、本当に身に覚えがないし」
夏休み前、病院で再会した時も、奈緒子はとても喜んでくれていたが、春先自分のことでいっぱいいっぱいになってしまい、彼女の存在をすっかり忘れていた自分自身にとてつもない罪悪感を覚えた。そんな自分が、恩人扱いされ、尊敬される要素など、どこにあるだろうか。
「まだまだ下手ですけど」
「え、そんなことないでしょ。この前超カッコよかったよ」
「ありがとうございます! でも、全然上手なんかじゃないんです。私にも私の理想とする演奏があるので」
「……そっか」
「挫けそうな時は俊平さんからまたパワーチャージしてもらいます♪」
奈緒子の言葉に俊平は目をパチクリさせる。少ししてから笑い返し、親指で鼻の頭をこすった。
「オレなんかでいいなら、いくらでもどーぞ」
照れながらそう返すと、奈緒子はふふと笑った。
のんびり歩いて駅前に着き、奈緒子に手を振って別れようとしたが、改札から出てきた拓海が視界に入ったので、手を止めた。
「月代さん♪」
奈緒子がすぐに声を掛ける。
「あら、ナオちゃんに谷川くん」
「月代さん、今日は早いんすね」
「ええ。予約のレッスンがキャンセルになっちゃって」
「そういう時って飛び入りの対応とかないんですか?」
「ある日もあるけど、わたしはそういうのはできないって話してあるから」
「そうなんすね」
奈緒子が2人のやり取りをキョロキョロ見守っていたが、少し間が空いたのを見計らって口を開いた。
「今日は車じゃないんですか?」
「ええ。昨日付き合いでお酒飲んじゃって置いてきたから」
「そっかぁ。あ、そうだ。月代さん、今日は私もお2人の勉強会に混ざってもいいですか?」
「それは構わないけど、時間平気?」
「リハビリの日は少し遅くなることもあるので♪」
「だったら、いいんじゃないかな。谷川くんも問題ないよね?」
「うす」
「わぁい♪ 良い子にしてまーす」
俊平が頷くと、奈緒子は嬉しそうに肩を弾ませた後、茶目っ気たっぷりにそう言った。
拓海を見ると、彼女もおかしそうに目を細めて笑っていた。
:::::::::::::::::::
奈緒子は言葉通り、2人の勉強会の邪魔はせず、俊平の隣で出された宿題を黙々と解いていた。
拓海が手持無沙汰になった頃合いを見計らって、英語の宿題の質問をする程度。
ドキドキの採点タイム中、ようやく話しかけても大丈夫と判断したのか、奈緒子がこちらに顔を向けた。
「手ごたえのほどは?」
「ビミョー」
「えー? がんばってくださいよー」
俊平が肩を落として答えると、奈緒子がお茶目な素振りでそう言って、俊平の肩をポンポンと撫でた。
「勘所は掴めて来たんじゃない?」
相変わらず機械のようなスピードで採点を終えて、拓海が俊平に採点結果を戻してきた。
「70点」
「まぁまぁってことで」
「月代さん、易しめにしてたり……」
「するわけないでしょ。きみのためにならない。ただ、その様子だと自信なく解答したところがあると思うから、重点的に見直しましょう」
「はい」
拓海の先生のような口調に、俊平が素直に頷くと、奈緒子がクスクスと笑った。
「赤ペン先生みたい」
「ずっとこんな調子だよ? スパルタ先生」
「谷川くん?」
「あはは。なんだか、お2人が仲良くなってて嬉しいです」
「「え」」
奈緒子の言葉に、俊平も拓海も思ってもいないことを言われたので、声がハモった。
拓海のほうをチラリと見ると、彼女はそんなつもりはやっぱりなかったのか、少し不服そうに目を細めている。
残っているアイスティーを飲み干そうと、ストローに口を付け、飲み干した後、ため息を漏らした。
「ナオちゃんはすぐ大人をからかう」
「えー、そんなつもりは」
拓海が奈緒子のおでこを指先で小突き、腕時計を確認した。
「ナオちゃんもいるし、今日は早めに終わりにしようか。ナオちゃん、帰り送ってくね」
2人は最寄り駅が一緒らしい。
「わーい。たくさんお話できますね?」
「……あなたはどこでそういう言葉を覚えてくるの……」
「え……? 私、何か不味いこと言ってます?」
人懐っこい子に接されること自体への耐性が薄いのか、拓海が少しだけ照れくさそうにそう言った。
そのやり取りが面白くて、俊平は声は出さずに微笑ましく笑った。
カフェを出て、駅に向かう。
2人が楽しそうに話しているのを、俊平は後ろから見守るようについて歩く。
拓海は奈緒子が言ったことで、おかしそうに笑って柔和な表情で何か言葉を返していた。
その様子に俊平は眉をへの字にして笑うだけ。ほんと、自分と奈緒子とでは、やり取りの温度が違う。
それでも、一昨日話した時は、自分が少し踏み込んだ話をしたからか、少しだけ彼女も歩み寄ってくれたように感じた。
怪我をしてから。いや、怪我をする前も。あんな話、誰にもしてこなかった。
自分にとっては感傷的でくだらない話だったから。
彼女が校外の人で、自分のこれまでの活動なんて何も知らない人だったから、話しやすかったんだと思う。
奈緒子が先程言っていた言葉を反芻する。
好きなものを好きって言えて。好きなものと向き合えるように。
そう在りたいからずっとそういう自分でいようとした。
人間は思ったとおりの人間になる。
昔、何かの本で読んだ。その言葉は異様に俊平の胸に刺さったので、ずっとそうしてきた。
自身の理想と現実の間に、どんなに誤差があっても、理想を追い求める姿勢だけは絶対に忘れたくなかった。
瀬能に先週”理想論”と揶揄された。
それでも、それがなかったら、ここまで頑張れていないのだ。
自分のその理想論で、追い詰めた相手だっている。そんなことは分かっている。
それでも、自分にはこの生き方しか選べない。
「俊平さん」
居心地悪そうに後ろをついてくる俊平を気遣ってか、奈緒子がゆっくり振り向いて笑った。
気がつけばもう駅だった。
「秋祭り、月代さん、バンド参加するそうですよ!」
「え? そうなんすか?」
週3で会っていたのに何も聞いていなかった。奈緒子のヒアリング能力の高さ恐るべし。
「市内の希望者が参加できるものだから、大層なものじゃないけどね」
「私たちの相手をしながら、それもできているのがすごいんです! お仕事だってあるのに」
「わたしはやりたいことをやってるだけだから」
奈緒子の言葉を涼しい顔で受け止め、優しく笑い返す拓海。
俊平も2人に追いついて、彼女を見下ろす。
「Rei!」
駅前広場に大きな声が響き渡った。
人もそれなりに多くてざわざわとやかましいのに、その声はすんなりと通った。
俊平は気にせず、拓海に声を掛けようとしたが、拓海はその声が聞き知ったものだったのか、ゆっくりと声のしたほうに視線を向けた。
少し顔色が悪い。
声の主らしき人物が駆け寄ってくる。
銀髪に優しそうな眼差しが印象的な海外の方。
背は俊平くらい。体つきはそんなにしっかりしていなく、ひょろりとしていた。
「――――!」
拓海に何か話しかけてくるが、俊平と奈緒子は言語の壁でぽつんと取り残される。顔を見合わせるしかない。
英語……じゃなかった。何語……?
「――――」
拓海も顔色が悪いながら、どうにか言葉を返したようだった。
困っている……?
「ナオコちゃん、このまま、月代さん連れて改札通ってくれる?」
「え?」
奈緒子の傍に寄って小声でそう言うと、奈緒子はビックリしたようだったが、拓海の表情で察していたのか、すぐにコクリと頷いた。
「おまかせください。私のナイト」
「ナオコちゃん、それ好きだね」
失笑しつつ、俊平は拓海と銀髪の青年の間にヘラッと笑いながら、体を滑り込ませる。
突然邪魔をされて、彼のほうが困惑したように目をパチクリさせた。
「ごめんね。アンタに悪意がないのは、顔見てれば分かるんだけどさ」
俊平は日本語でそう言い、すぐに続ける。
「先生が困ってるから、そのへんにしてもらえます?」
後ろで、奈緒子の杖の音が忙しなくしている。
たぶん、拓海の手を取って歩いて行ったところだろう。
「な、ナオちゃん」
「電車来ちゃうので」
「でも」
2人の声はそこまでしか聞こえなかった。
追いかけようと彼が身を乗り出したが、俊平はフットワーク軽く妨害する。
「――――!」
優しそうな人だけど、さすがにその行為には苛立ったのか、少し強めの口調で何か言ってきた。
たぶん、”なんなんだ、お前は!”とかかな。心の中でそんなことを考えていると、また誰かが駆け寄ってきた。
背が高く、スラッとしていて筋肉質。気取った感じのサングラス。夏祭りで会った二ノ宮賢吾だった。
「――――」
彼に話しかけてなだめるように肩をポンポンと叩いている。
やれやれとため息を吐き、男が落ち着いてから俊平に視線を寄越した。
「月代は?」
「帰らせました。困ってるみたいだったんで」
「はー。了解。感謝する」
「KEN! ――――」
男が何か言うのを頷いて聞き、また彼の胸をポンポンとなだめるように叩いた。
「ったく、勝手なことしないって約束だったでしょうが」
さすがに、賢吾も苛立っているのか、日本語でそう言ってから、また謎の言語で話し始めた。
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第8レース 第13組 翼なんてなくたって
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