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青春小説「STAR LIGHT DASH!!」1-11

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連載小説「STAR LIGHT DASH!!」

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第1レース 第10組 Yours

第1レース 第11組 Beside you


 これは、井の中の蛙が大海を知った瞬間の話だ。
 勉強もできて、運動もできる。顔立ちも綺麗で、温厚な性格。色々なことに気が付ける視野の広さ。フォローしようと思えば、ある程度のことはそれなりに立ち回れる世渡り上手。小学生低学年にして、鼻持ちならないクソガキ。それが細原和斗だった。
 あの頃、和斗は自分ができる側の人間であることをよく理解していた。齢8才にして同学年との勝負では負けなしなのだから、仕方のないことだろう。
 小学3年に上がった4月、そんな和斗の前に彼が現れた。落ち着きのない立ち居振る舞い。人懐っこい笑顔とともに、谷川俊平は和斗の身近にやってきた。
 ちょっと変わったところのある少年だったが、クラスにも1カ月ほどで馴染んだ。
 そして、迎えた体力テスト。
 ――全種目で谷川俊平が1番を取った――。
 周囲の誰も気になどしていない。
『しゅんぺーくん、すごいね』
 ただそれだけのことだった。
 けれど、周囲からすればただそれだけの出来事が、和斗にとっては、人生で初めての屈辱となった。
『かずとくん、足早いんだね。オレについてこれたの、きみがはじめて』
 屈託のない笑顔で幼き日の俊平が言う。和斗はどうにか口角の高さを保つ。
『しゅんぺーくん、運動すごくできるんだね。ぼく、ひとつも勝てなかったの、はじめてだよ』
『オレ、動くのは好きだから』
 どこまでも屈託のない笑顔で彼は言う。
『……次は負けないよ』
 ぼそっと和斗がこぼすと、それを聞いた俊平は嬉しそうに笑った。
『うん。また勝負しようね!』
 後に俊平は和斗にこう語った。
『オレに張り合ってきたの、カズが初めてだったから、嬉しかったんだよ』
と。

::::::::::::::::::::::::

「そこ、間違ってる」
 夏休み初日。
 俊平の部屋に上がり込み、ベッドに寝転がって赤本を読みながら、時々、俊平のノートを確認して、その都度ぼそっとツッコミを入れる。
 学習机とベッド、黒のカラーボックス。壁には陸上選手のポスター。床にはトレーニングチューブにヨガマット、ダンベルが転がっている。カラーボックスに並んでいる本もトレーニングや陸上関連の雑誌や本ばかり。俊平の頭の中は陸上競技のことしか入っていない。それを体現するかのような部屋。
「どこ」
 俊平がわからないようにこちらに視線を寄越すので、和斗は起き上がって、参考書の該当部分を指差した。
「そこはこの解き方と同じだから」
「あー……なるほど。サンキュ」
 難しい顔をしながらも、なんとか理解したのか、消しゴムで指摘した部分を消していく。
 スポーツをやっているだけに、集中力だけは確かなところは羨ましい部分だ。俊平にとっては陸上がすべてで、陸上に繋がることであれば、その努力が苦にならない。陸上の推薦がなくても、俊平のことだからどうにか志望大学にも滑り込むだろう。なんとなく、そんな信頼を寄せてしまう自分がいる。そんな贔屓目もあって、文化祭でなにかやりたいといきなり言い出した幼馴染のことを止めはしなかった。
「悪いな、お前だって忙しいのにさ」
「別にいいよ。今日は親戚が来るって話だったから、家にもいたくなかったし」
「いい子ちゃんでいるのも疲れるもんなぁ」
 知った口でそんなことを言う俊平。和斗はくすりと笑いをこぼして、俊平の頭を小突いた。
「ばぁか、ちげーよ。おれは正真正銘”いい子”だからな」
「自分で言うのかよ。薄ら寒い」
「うっせ」
 俊平の返しに苦笑交じりで返し、またベッドに寝転がる。小学生の頃から遊びに来ている部屋だからか、俊平の部屋は自分の部屋並みに落ち着く気がする。
「お前さぁ」
「ん?」
「なんで、急に文化祭なんて言い出したんだ?」
 和斗の中の”谷川俊平”は陸上競技に繋がることしかしない人間だ。
 高校進学だって、数ある陸上の強豪校からのスカウトを断って、彼が1番尊敬していた顧問のいる県立の藤波高校を選んだ。結局、その決断が彼を追い込むことになってしまったのだが、それでも、和斗の俊平に対する印象は、絶対に間違っていないはずなのだ。
 急に文化祭の催しに参加したい、などと俊平が言い出して、困惑したのは他でもない和斗だった。
「えー、今更、それ訊く? まぁいいやって言ってたじゃん」
 面倒くさそうな俊平の返し。和斗は赤本を開いたまま、胸元に置いた。
「しゅんぺーが下界のことに興味持つなんて珍しくて、ちょっと嬉しかったんだよ」
「下界」
 和斗の表現がツボに入ったのか、俊平がそこだけオウム返しして笑った。
「文化祭の催しなんて、お前にとっては意味のないものだと思ってたから」
「あー、うん。たぶん、それはその通りだと思うよ」
「じゃ、なんで?」
「舞先生に言われたんだよ。やってみたら結構楽しいよって」
「それだけ?」
「……まぁ、オレの中ではいろいろあるけど、簡単に言うと、それだけかな」
「ふーん」
 そんな言葉で動かされるようなタイプとは思えないのに。
「楽しいことあったかなって」
「え?」
「部活やってる時以外で楽しいことあったかなって」
 あっけらかんと話す俊平の言葉に、和斗は何も返せなかった。
「むしろ、部活やってる時だって、楽しかったかなって」
 俊平は問題を解きながら、吐き捨てるようにそう言い、黙り込んだ。
 真面目な眼差しでノートに視線を落としている俊平。和斗は染みのついた天井を見上げ、俊平が文字を書く音だけを聴く。
「……おれは、楽しかったよ?」
「え?」
「お前やゆーかちゃんと馬鹿やるの」
「ばーか。お前らは別腹じゃねーか」
「別腹かー」
「恥ずいから、この話題終わり。カズ、ここわかんね。教えて」
 和斗の言葉に俊平が照れ臭そうにそう返し、ガシガシと頭を掻いた。

::::::::::::::::::::::::

「ゆーかちゃん」
 母親から帰りに茄子を買ってくるように連絡が来たので、俊平の家から帰る途中、椎名青果店に立ち寄った。
 ちょうど邑香が店番をしていたので、いつも通りの笑顔で声を掛ける。
 頭にタオルを巻き、ポロシャツにキュロットパンツという、至ってラフな服装の邑香。高校の連中が見たら驚くのではないだろうか。
 和斗の顔を見た途端、苦々しそうな顔をする。さっきまで、めちゃくちゃ笑顔で接客していたのに。
「傷つく傷つく」
「いらっしゃい」
 邑香は和斗と視線を合わせることなく、素っ気なくそう言ってくる。言葉と態度が死ぬほど合っていない。
「ゆーかちゃんさー」
「今日は何を?」
「……ふぅ。茄子を1カゴお願いします」
 埒が明かないので仕方なく譲る。邑香はすぐに茄子をビニール袋に詰めてくれる。
「今日、いいトマトが入っているんですけど、ついでにいかがですか?」
「トマトか」
 その場で母親にメールを打ち、返事が来るまで、と気を取り直して、邑香に話しかける。
「さっさと帰れオーラ出してるのに、律儀だなぁ」
「別に。客商売ですから」
 邑香は冷めた声でそう返し、電卓をキュロットパンツのポケットから取り出す。
「しゅんぺーと仲直りした?」
「喧嘩はしてない」
「そうなの?」
 邑香が窺うように和斗を見上げてくる。
「……文化祭の催しって、カズくんも一緒にやるの?」
「ああ、うん。そうだね」
「なんで、突然。カズくんが無理やり巻き込んだとか?」
「ゆーかちゃんはおれをどういう風に見ているのかね」
 どこまでも怪訝な顔で言葉を口にする邑香に、さすがに和斗も吹き出した。ひとしきり笑った後に、気を取り直して言葉を発する。
「アイツなりに向き合ってるんじゃない? いろんなことに」
「そう」
「ゆーかちゃんもやらない?」
 邑香の顔を覗き込むように膝を折る。が、邑香はそれに対して首を横に振った。
「向いてないし」
「しゅんぺーだって絶対向いてないよ」
「それは否定しないけど」
「しないんだ」
 苦笑交じりの和斗に、邑香は落ち着かないようにポロシャツを擦り、ぽそりと言葉をこぼす。
「あたしが入ると、余計な波風が立つこともあるだろうから」
「そうかなぁ」
「シュンがちゃんと前に歩いてるなら、別にいいよ」
 邑香の言葉に、和斗はきゅっと唇を噛み、むず痒くなって首筋を掻く。
「あー、もう。早く仲直りしなよ」
「喧嘩はしてない」
「じゃ、なんで、こんな状態がずっと続いて……」
 どうにも煮え切らない返しにやや声を荒げそうになったところで、ブルッとスマホが震え、メールの通知が表示された。
「……はぁ。トマトください」
「3つで大丈夫?」
「うん」
「ありがとうございます。754円になります」
 電卓の液晶をこちらに向けて静かに言い、トマトを取りに奥へと下がっていく邑香。
 和斗は財布から千円札を取り出しながら、ため息を吐く。
 ああ、そうか。喧嘩じゃねーから、めんどくせーことになってんのか。心の中でつぶやいた。

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第1レース 第12組 きみがいる夏


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もしよければ、俊平にスポドリ奢ってあげてください(^-^)